藤本貴之[東洋大学・准教授/博士(学術)/メディア学者]

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千葉県・我孫子市で今年1月に実施された市議会議員の補欠選挙で無投票当選した新議員の一人が、「UFOと交信できる市議が千葉・我孫子市に出現」と題して週刊誌(講談社『FRIDAY』2015年2月20日号)に掲載され、物議をかもしている。

「UFOと交信できる市議」(以下、UFO市議)という『FRIDAY』誌のキャッチにも現れているが、「UFOと交信できる74歳の無投票当選の新人議員」というのはマスコミの話題としては面白い。
しかし、当事者である我孫子市民としては、怒りや危機感を含め、様々な声があるようだ。

我孫子市民の中で議論がわき起こってしまう背景と、補欠選挙に無投票当選した2名が本選では落選しているという事実は無関係ではないだろう。有権者が一度「NO判定」を下している候補者が無投票で当選したことは確かに奇妙だ。前回の落選候補が、時期がずれたといえ結果的に「市議」になったのだから、そもそも地方選挙の意味と意義さえも疑わしくなってしまう。

インパクトの強い「UFO市議」にばかり目が向いてしまうが、今年1月の選挙で、我孫子市民の前に露呈させられた「政治不安」はそれだけではない。2015年1月には、市議補欠選挙でだけでなく、我孫子市長選挙も実施されている。
こちらでも奇妙(?)な現象が起きていたというのだ。

有力とされる現職候補が早々と立候補を表明し、現職候補の無投票当選が決まると思いきや、突然の候補者が登場したのだ。

しかし、この候補は、以前「みんなの党」から県議選挙に出馬し、「最下位で落選」した60代の女性。現職市長との一騎打ちとなったが、必ずしもはっきりしない政策と突如の立候補に怒ったり驚いたりした市民も多かったという。一回の市長選挙では、2000万円とも言われる税金が利用されるからだ。結果は、トリプルスコア以上の差で現職候補が圧倒的に当選する一方で、過去最低の投票率となった。


地方選挙にある様々な問題点や課題。地方選挙は、これまで国政のようにメディアからの注目を集めることもなく、多くの盲点があると言われている。もちろん、それは我孫子市だけの問題ではなく、全国のあらゆる地方で抱える問題であろう。

そこで、「UFO市議」で話題になっている千葉県・我孫子市の現役市議である水野ゆうき氏(無所属)に、今回の我孫子市議補欠選挙や市長選挙から、地方選挙の盲点について話を聞いた。水野氏は、これまでメディアゴンやその他多数の媒体で地方議会・地方選挙の問題点について現役市議の立場から鋭い提言を続けてきた。

 水野市議「今回の選挙は到底市民が納得のいく内容ではなかった。
対立軸のない市長選に無投票の市議補欠選。有権者には選ぶ・投票する権利がある。それを経てこそ真の代表者だが、今回は市民が選べていない。更に新議員のこれまでの言動や無投票選挙に対し市民から怒りの問い合わせも多い。無投票補欠選挙とは逆に、市長選に関しては約2000万円の税金を使ってまで行う内容ではないという意見も多くある。その結果が過去最低の投票率に表れているのではないか。」

―市長選挙で言えば、なぜ今回のような「突然の立候補」といった現象がおきるのか?

 水野市議「我孫子市の場合は、特有のスケジュールがあり、うまい具合に大きい選挙が順番に実施される。
1月の市長選に落選したら4月の県議選、4月の県議選に落選したら最後の11月市議選に出馬、ということも可能。もちろん、市議から県議、県議から市長という変化は十分考えられる。しかし、市長選挙に落選した候補が県議や市議に出馬する、という流れは政治家からすればあり得ない。市長と議員とでは職責や役割がまったく異なる。」

―今回の選挙をふまえ、地方選挙の問題点はどう解決していくべきと考えるか?

 水野市議「無投票状態になった場合は、候補者をそれぞれの立場から定数以上出し、市民が投票しに行く形を作ることは最低条件だ。万一、それが叶わず無投票となるのであれば、信任・不信任という制度を考えるべきだ。何より、地方選挙に関しては市長・議員(県議・市議)の役割を有権者にも理解してもらうためにも、自分の生活と密着する地方政治に積極的に関わり、意識を高めていく必要がある。
候補者の裏側を有権者が厳しい目で見抜いていくことも重要。特に我孫子市民は政治の意識も高く、才能ある市民人材は多い。むしろ今回の選挙は議論を巻き起こす良い材料になったのではないか。」

ちなみに、我孫子市の市議会議員は月額44万円だという。税金で賄われているこの報酬は無投票だろうが、激戦を勝ち抜いた議員だろうが、市民のために動き回る議員だろうが、何もせず座っている議員だろうが等しく支給される。市民感情としては、こういった部分にも批判は出そうだ。
<地方選挙の盲点を水野ゆうき市議に聞いた>UFOを呼べる無投...の画像はこちら >>
(写真:千葉県・我孫子市議の水野ゆうき氏)

さて、水野氏の話を聞き、筆者は今回の我孫子市の選挙に象徴されるように、地方選挙の抱える盲点は意外にも深刻であるように感じた。


まず、なぜ、「前回の県議選の落選」した人が、突如として市長選挙に立候補をしたのだろうか? ということだ。我孫子市の関係者に聞く限り、有力現職議員でもなければ、有力対抗馬でもない候補者だ。その候補者が落選を覚悟で市長選挙に出る意味は不可解だ。純粋な売名であれば、国政選挙の方がはるかに効果的だろう。

あくまでも憶測だが、「前回の県議選で落選」ということがポイントであるように思う。我孫子市のスケジュールで考えれば、市長選への立候補自体が、4月の県議選に出馬するための事前プロモーションだったのではないだろうか? とさえ思えてならないのだ。我孫子市では、市長選挙に立候補した対抗馬は、その後に続く議員選挙では有利に進めることができることは多いとは、水野氏からも聞いた。

だとすれば、今回、2000万円の税金が使われた市長選挙の意味とは何だったのか?

大きなお金や多大な得票数、政党間などとの駆け引きや協力・調整、各メディアや市民団体などからの監視など、きわめて高いリスクを持つ国政選挙とは異なる地方選挙だからこそ起こりうる現象であるように思う。

水野市議が指摘するような地方議会の問題や議論が惹起する背景には、地方ということで、メディアからの注目が集まらず、様々な「隠れ蓑」「裏技」が作れてしまうことにあるように思う。

国政・国際といった大きな話題にメディアの関心が集中するのは仕方がない。しかし、近年、地方議員の政務調査費問題などから、地方議員や地方選挙への関心が高まっている。本来、自分たちの生活に密着した事案を取り扱う地方議会こそ、重大な関心事項であるべきはずなのに。

メディアは「号泣県議」や「UFO市議」といったスキャンダラスな話題だけではなく、地方議会や地方選挙が抱える本質的な盲点や問題に焦点を当てるべきであるように思う。

「メディアが地方を大きく扱わない」ということも、地方選挙の大きな「もうひとつの盲点」ではないだろうか。

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