こんにちは。江端智一です。

 6月28日付当サイト記事『性同一性障害の「絶望的な苦しみ」 同性愛や精神疾患と無関係、本人の努力で治癒できず』では、性同一性障害の苦しみと発生プロセスについて、また7月15日付記事『性同一性障害、「性を変える」具体的プロセスとリスク ホルモン療法、手術、法律…』では、性同一性障害の全体像の把握と、戸籍の性別を変更するための法律についてお話ししました。

 今回は、多くの人が意識することなく過ごしている日常が、性同一性障害と共に生きている人にとっては、困難な非日常的生活の連続になっている、というお話をさせていただきたいと思います。

 まずは、男性から女性への性別適合手術による治療(以下、手術治療という)をされた、マミさん(仮名)へのインタビューから始めたいと思います。マミさんは私に、このシリーズを始めるきっかけとなるメールを送ってくれた人です。

●性同一性障害の苦しみと性別適合手術

--マミさんがいわゆる「性の不一致」を感じ始めたのはいつですか? またどういうきっかけですか?

マミさん 学校のプールの時です。はじめは、「自分はプールが嫌いだから、仮病を使っているのだ」と、自分自身で思い込んでいました。でも裸を見られるのが一番嫌だったのです。そのとき自分で「何かがおかしい」と自覚しました。

--「性の不一致」を感じてから、「性同一性障害」と自覚するまでの間、どのようなことが苦しかったですか?

マミさん 私は私立中学に通っており、その中学はプールがなく、性別を意識させない校風だったので、今から思えば救われた気がします。家庭においては、「長男なのだから」などと言われる家風だったので、それがかなりしんどかったです。

--ご自分が「性同一性障害」であることを、どのようにして知ったのですか?

マミさん インターネットで、性同一性障害の診察を受けられるという記述を読んでからです。


--そのことを知って、どのような気持ちになりましたか?

マミさん 「やっぱり」という感じでした。

そして、同じような人が世の中にいることに、かなり安心感を覚えました。

--海外で手術治療をされたそうですが、その前には何かされていましたか?

マミさん 国内でまず、ホルモン療法などを受けていました。戸籍変更には医師の診断書も必要になるからです。

--マミさんが、手術治療を決意されるに至るまでの経緯を教えてください。

マミさん 最も気になっていたことは、きょうだいがこれから結婚する時に問題になるか心配になりました。しかし漠然と、このことが影響することはないだろうと思い、まず親に報告しました。親に言えた時点で、ほんとにすっきりしました。あとはどうなってもいいと思いました。完全に言いたいことが言えるか自信がなかったので、手紙にも書いておきました。その後、会社の人にも報告しました。

--手術治療の概要を教えてください。

マミさん 手術治療はタイの病院で、全身麻酔をかけて行われました。
「目が覚めたら、すべて終わっているよ」と言われた通り、実際に、手術中のことは何も覚えていません。手術室には、医師1人と看護師2人がいたような気がします。手術治療後の入院は1週間ぐらいで、あとは近所のホテルに滞在していました。3週間後、仕事に復帰する予定でしたので、リハビリとか、栄養補給など必死に取り組みました。費用は前金60万、後金60万円くらいでした。手術治療は1回で済みました。

--手術治療後に注意していることはありますか?

マミさん 手術治療後にもホルモン投与を続ける必要があると聞いていたのですが、現在、ホルモン治療はしておりません。しかし、ホルモンの影響かわかりませんが貧血の症状が出てきたので、鉄分を服用しております。

--手術治療前と手術治療後で、何か大きく変わったと感じられたことはありましたか?

マミさん かわいい女性になろうと思っていましたが、今はたくましく生きております。

--マミさんの現在のお気持ちについて教えてください。

マミさん 本当に、手術治療してよかったと思います。ちょうど、渡航直前にタイの情勢が変わったり、医師2人の紹介がないと性別適合手術を受けられなくなるなどの制度変更があったりと、ばたばたしましたが、手術を後悔したことは一度もありません。
今は本当に幸せです。「逆に、あの時、手術を受けていなかったら」と考えると怖いです。

--性同一性障害で苦しんでいる人に、アドバイスをお願いします。

マミさん 現時点において、手術治療が性同一性障害治療の最後の手段となります。もし手術治療を考えているのであれば、ホルモン治療は、そのパイプライン的なものになるのだろうと考えております。しかし、ホルモン治療と異なり、手術治療に対する周りの理解は得られにくいのが実情です。精神的にも苦しい状態なのに、家族に罵倒されました。その苦境に負けないように、自分自身で、手術治療までのタイムラインを考えておかれるのもいいと思います。

--子どもは欲しいと考えていますか?

マミさん 現在、恋愛中の人はいませんが、自分の子どもが欲しいという思いはずっと持っています。最近は、シングルマザーでもいいかな、という気持ちになっています。

●学校での取り組み

 次に、性同一性障害の子どもに対する、学校での取り組みについてお話しします。

 性同一性障害に悩む子どもへの対応は、とてもデリケートな問題です。

学校は、児童や生徒たちを、「男」と「女」の2種類で管理していると思いますが、私自身、このシリーズの執筆を開始するまで、このような分け方に問題があるなど、思い至ったこともありませんでした。

 それでは、まず、簡単な事例で「学校での問題」をイメージしてみましょう。

 前述のマミさんのように、プールで上半身裸体を強要される「女の子」をはじめ、
・男子更衣室の中で着替えを強いられる「女の子」
・制服のスカートを毎日着せられる「男の子」
なども、いじめ、または虐待に値します。

 しかし、それを周りに気づいてもらうのは難しいと思います。しかも、本人が「苦しい」と勇気を出して告白しても、最も近くにいる親ですら理解してくれないのであれば、それは社会から「生きるのをやめろ」と言われ続けているような苦しい日々でしょう。

 学校側は、この問題に対して対応を行ってきたようです。

 文部科学省の発表の「学校における性同一性障害に係る対応に関する状況調査について」によれば、2013年4~12月の調査期間において、学校側に悩みを相談したのは約600人で、約6割の学校で戸籍上の性と異なる制服着用やトイレの使用を認めるなど、なんらかの配慮をしたそうです。

・制服のある学校の場合……自認する性別の制服着用や、体操着(ジャージ等)での登校を認めている
・制服のない学校の場合……男子生徒のスカート登校を認めている
・髪型……男子生徒の長髪(一定の範囲)を認めている
・学用品……男女の色分けシールの利用を避ける、自認する性別の色スリッパの使用を認めている
・トイレ……職員トイレや多目的トイレの使用を認めている
・通称の使用……文面の記載や公式行事などでは、「○○君」ではなく、「○○さん」で統一している
・体育、保健体育などの授業……男女混合チームを作り、発言しやすい環境を作っている
・部活動……自認する性別の活動に参加することを認めている
・修学旅行等の宿泊……一人部屋の使用を認め、入浴時間をずらしている
・他の生徒、PTAへの説明……本人、または全校生徒、PTAに対して説明している。または本人の希望で説明しないこともある。

「私が児童または生徒だった時、こういう対応は、まったくなかったな」と思いながらレポートを読んでいました。レポートの後半には、教育現場での対応の難しさや、課題も記載されているので、ぜひ御一読ください。

 ただ「学校側に悩みを相談したのは約600人」というのは、自分で「性に対する違和感」をカミングアウトすることができた児童または生徒だけです。
悩んでいる子どもは、もっと多いと見るのが妥当です。

●日常生活上の問題

 続いて、児童や生徒だけでなく、大人も含んで、性同一性障害の人が、日々直面している問題についてお話ししたいと思います。ネットや書籍で調べた結果、日常生活の中で、特に問題となることとしては、「トイレ」と「入浴」が大きいようです。

 まず、「トイレ」の問題については、「女性トイレ、男性トイレのどちらに入ったらよいのかわからない」という悩みがあるそうです。自分の意識しているジェンダーと異なるトイレに入るのはすごく抵抗があるけれど、周りの人に奇異な目で見られたり、騒ぎになったりするのは困るし、怖いという気持ちがあるようです。

 しかし、ホルモン治療などを行い、男らしい、または女らしい体型を獲得できていれば、トイレに入ること自体は問題とならないようです。また、個室に入ってしまえば安心できるそうです。

 では、次に「入浴」の問題です。私は、手術療法を終えた人は、別段問題もなく入浴できるだろう、と思っていたのですが、かなり甘かったことがわかりました。

 例えば、MTF(男性から女性への変換)の手術をした後でも、背が高くて筋肉質の体型の人が、女湯へ入浴することは、心理的に難しいそうです。体型に問題がなくても、事前にすね毛や胸毛等の処理を行い、耐水タイプのファンデーションやマニュキュアをして、派手な下着は着用せず、かつらをしている場合は完璧に固定をして、歩き方など立ち振る舞いにも十分に注意するそうです。

 性を変えるということは、単に「体を変えれば済む」というものではなく、日々自分自身で、「新しい性を創り上げていく」ということなのです。



 すべての性同一性障害の人が、手術療法を選択するわけではありません。ホルモン療法で、服を着た状態で、男らしい、または女らしい外観を得られれば、それで十分という人も、多くいるようです。そういう人たちは、大衆浴場に行かないようにしているのだろう、と安易に考えていたのですが、本人が望まなくても入浴しなければならないケース(会社の慰安旅行など)もあるようで、色々な対応を迫られているそうです。

 男性の体を持ちペニスや睾丸が残った状態で、女湯に入るのは不可能のようにも思えますが、ホルモン療法で乳房の形状が完成していれば、女性の友人にアシストしてもらいながら、前をタオルで隠しながら(ペニスや睾丸があることがバレないように)女湯に入るという方法があるそうです。

 逆に、女性の体であっても乳房がそれほど目立たない場合は、タオルは腰に巻き付け、股間の部分に手を添えて(ペニスや睾丸がないことがバレないように)、男湯に入るという技もあるそうです。

 また、エピテーゼを利用するという方法もあるそうです。エピテーゼとは、義足、義手や、あるいは顔の一部が欠損している場合などに体の表面に取り付ける人工物のことです。この場合、ペニスと睾丸のエピテーゼになります。オーダーメードでは20万円以上もするそうです。

●日常の生活が、性同一性障害で悩む人には非日常的な生活

 今回のインタビューや調査で、多くの人にとってまったく問題のない日常の生活が、性同一性障害の人にとっては、とても難しい非日常的な生活の連続であることがわかりました。

その一方、今の教育現場でも、具体的な対応が始まっており、性同一性障害の子どもを助けるためだけではなく、子どもたちが、「性の多様性」を理解する良い機会になってほしいと願っています。

 さて、そのような機会を得ることがなく大人になってしまった私については、まず「女湯(男湯)に入っている人は、全部女(男)だ。女同士(男同士)、細かいことは気にしないで、お互いのんびりと入浴を楽しみましょう」という雰囲気をつくることから、少しずつ始めていきたいと考えています。

 では今回の内容をまとめます。

(1)性同一性障害で男性から女性への性適合手術を行った人のインタビューを通じて、「性の不一致」の自覚から、手術、そして現在に至るまでの日々を紹介いたしました。
(2)性同一性障害の児童または生徒に対する、教育現場での対応の概況を紹介しました。
(3)性同一性障害の人の「トイレ」と「入浴」を例として、困難な問題と、その対応に迫られる日々を紹介しました。

次回は、性同一性障害の人の日常が裁判にまで至った事件として、「性同一性障害の男性の子どもは、嫡出子となれるか否か」に対する最高裁判所の判断と、さらに、未来に向けて、MTFの人の出産の可能性についての検討と提言を行います。
(文=江端智一)

※なお、図、表、グラフを含んだ完全版は、こちら(http://biz-journal.jp/2014/08/post_5706.html)から、ご覧いただけます。
※本記事へのコメントは、筆者・江端氏HP上の専用コーナー(http://www.kobore.net/gid.html)へお寄せください。


<付録>「性に違和感を持つ」人の数を推定してみる

 今回、参照した、文部科学省のレポート「学校における性同一性障害に係る対応に関する状況調査について」によれば、「学校側に悩みを相談したのは約600人」となっておりますが、このレポートの中でも「実数を反映しているものとはいえないと考えている」と記載しています。

 全国3万6740校、児童生徒合計約1000万人。これに対して、600人というのは、1万6000人に1人となります。 かなり古い文献で、最も少ない性同一性障害の推定人口は、MTFが3万人に1人、FTMが10万人に1人でした。このほか、2800人に1人とも、1000人に1人などの記述も見られます。

 つまるところ、はっきりとはわからないのです。

 自分の性に違和感を持っても、日常生活に支障のない人もいますし、性同一性障害という認識がないまま苦しんでいる人もいれば、認識があっても社会生活ではそれを表さない人もいますし、自分が同性愛者であると誤認しているケースもあるようです。

 いわゆる「ジェンダークリニック」に通院する人も、しない人もいて、それが遠隔地や経済的な理由であることもあります。さらに海外で手術治療を行う人は、統計データには反映されないでしょう。

 しかし、ここに私に衝撃を与えたデータがあります(一般社団法人gid.jp日本性同一性障害と共に生きる人々の会発表「性同一性障害特例法による性別の取扱いの変更数の推移」)。

 前回ご紹介した、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」によって、性別変更が認められた件数です。2004年から12年までの、わずか9年間で4353件の申請が認められています。この数値だけは、はっきりとわかっているのです。

 かつて、性同一性障害の人数は日本全国で数千人といわれてきましたが、この数は小さすぎると考えます。性別変更の申請をするには、最後の手段である手術療法まで行わなければならず、それが現時点において、すでに4000人を突破しているからです。

 今回、この申請が認められた4353件のみを唯一の事実として、性に違和感を持つ人の数を推定いたしました。

性同一性障害者を苦しめる、“虐待”と困難な日常 性別適合手術の実態を経験者に聞く

 13年は769人も認可されておりますが、一昨年に比べて32名の増加にとどまり、人数としては安定しつつあるように見えます。そこで、年間800件程度の申請数で飽和すると仮定し(仮定2)、さらに手術治療を行う世代は、20~50歳の30年間程度と考えました(仮定1)。

 これらより、将来的には国内での性別変更者は合計2万4000人程度で、安定的に推移すると考えました。

 次に、性に違和感を持つ人の数を推定する上で採用したデータと、江端の仮説を以下に示します。

・性に違和感を持ちながらも、距離的、または金銭的に国内クリニックに通院できない人、または通院を希望しない人が、50%(文献1から導いた江端仮説)
・心療治療後にホルモン治療に至る人が33%(文献2より)
・ホルモン治療後に、手術治療に至る人が18%(文献2より)
・国内クリニックに通院せず、最初から海外で手術治療を行う人は数%であるが、それぞれの治療のフェーズが進んでいくと、海外での手術療法を望む人の割合が増え(江端仮説)、全体として海外の手術療法を選択する人が80%強となる(文献2より)
・手術療法を終えた人の95%が戸籍性別変更の申請を行う(江端仮説)
※文献1 「性別違和をもつ人々の実態調査」
※文献2 「日本における性同一性障害の診療」

 これらの確率(と江端の主観に基づく仮説)を使って、ベイジアンネットワークを構築し、ベイズ推定の計算を行った結果を以下に示します(HPにデータをアップしておきます。なお、正確なデータをお持ちの方がいらっしゃったら是非ご連絡ください。直ちに再計算してご報告致します)。

性同一性障害者を苦しめる、“虐待”と困難な日常 性別適合手術の実態を経験者に聞く

 上記で算出した2万4000人が13%に該当すると考えると、性に違和感を持つ人数は、日本全国に18万5000人程度存在することになります。これを、現在の日本の人口1億2570万3000人で換算すると、680人に1人という結果になりました。

 性に違和感を持つことだけで、直ちに性同一性障害と認定されるわけではありませんが、自分の性に違和感を持っている子どもが、それぞれの学校に1人くらいいるということは、それほど荒唐無稽な話ではないと思います。

私の推定アプローチが正しいとすれば、現時点において自分の性に違和感を持っている子どもが、全国で1万5000人くらい存在することになります。

文部科学省のレポートにある600人という数については、「実数を反映しているものとはいえないと考えている」というコメントがありますし、それは仕方のないことだと思っています。

 しかし、もしかしたら、私たちの見えないところで、その600人の25倍もの子どもたちが苦しんでいるかもしれないということを、覚えておいていただきたいのです。

(謝辞)
今回のベイズ推定の計算には、NTTデータ数理システムのベイジアンネットワーク構築ツール「BAYONET」を使わせていただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

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