Text by 八木皓平
Text by 生田綾
ジャズやエレクトロニカ、現代音楽を融合させたポップスサウンドを生み出す気鋭の音楽家・長谷川白紙が、3rdアルバム『素直な気持ちアルバム』をリリースした。
全曲がノンストップに繋がる構成のアルバムだが、最大の変化は、自身が結成した新バンド「ハハとヘアピンズ」による生演奏を取り入れたことだ。
一方で、長谷川は本作について、声の扱いかたや歌詞の変化、「正統性の時代」への違和感、「反恋愛至上主義」といった言葉でも語っている。サウンド・デザインや「声」へのこだわり、言葉の置きかた、社会への眼差し。それぞれ異なる話に見えるものは、本作のなかでどのように繋がっているのか。長谷川白紙に聞いた。
―『素直な気持ちアルバム』はバンド・サウンドを取り入れたことが大きなトピックですよね。まずバンドをやりたくなった背景には、どんな変化がありましたか?
長谷川:「共同体」としてのバンドを運営したい、という気持ちがそこまで強いわけではないんです。「バンドをやりたいんですか?」と聞かれると、うーん、まあやりたいですね、というくらいで。
どちらかといえば、(前作の)『魔法学校』の制作期間が長く、音の合成に興味が向いていたこともあって、ずっと一人でパソコンに向かってサウンドを調整していたことがとにかくつらかった、ということが大きかったと思います。
バンド・サウンドへの明確なビジョンがあったわけではなくて、まずDAW(※)がつらかった、というのが最初の原動力かもしれません。
漫画家・ジョージ朝倉が描き下ろしたニューアルバム『素直な気持ちアルバム』のジャケットアートワークと長谷川白紙のアーティストビジュアル
―本作を聴いたうえであらためて長谷川さんの過去作を聴くと、生演奏的な要素が強く、そもそもバンド・サウンドを志向している部分があると感じたので、この方向性には納得させられた部分があります。
長谷川:それはすごく正しいと思います。
―では、今作でようやくかたちになった、という感覚はありますか?
長谷川:本来はもっとバンド寄りのアルバムになる想定で作り始めたんです。“荊姫”なんて、パソコンをほとんど使わないようなアルバムを作ろうと思って始めた曲でした。でも、結果的に全然違うものになりましたね。
―なるほど。アルバムの音楽性についてはのちほどじっくり聞かせてください。今回のメンバーはTHE FIRST TAKEでの“草木”のために結成したバンドに、ギターの細井徳太郎さんを追加した、という編成ですよね。
長谷川:そうです。THE FIRST TAKEで演奏する際、まず秋元修さん(ドラム)にお願いして、そこから宮地遼さん(ベース)と相川瞳さん(パーカッション)を紹介してもらい、松丸契さん(サックス)を追加してあのメンバーになったんですよね。今回、バンド・アンサンブルのアルバムを作りたいと思ったときに「あの人たちがいたな」ということになり、さらに細井さんにお願いして「ハハとヘアピンズ」が結成されました。
―バンドの生演奏を取り入れたことで、サウンド・デザインはどう変わりましたか?
長谷川:指向性が変わったというより、技術の手札が増えた感じです。私は以前から、いろんなものを「声」に聴こえるように加工するのが好きで、フォルマント成分(※)を合成したり、ボーカルチューンを転用してフォルマントシフトすることで、ひょんなことから声に聞こえる音をつくったりします。その手札が広がって、『素直な気持ちアルバム』でも結構やっていますね。
すべての音が「声化」されているかというと、そうではないのですが、やはり自分にとって「声」は大きい要素なんですよね。なぜここまでこだわっているのか、自分ではよくわかっていないのですが。
―先ほど「パソコンに向かう時間がとにかくつらかった」という話もありましたが、パソコン作業は減りましたか?
長谷川:これが目論見と一番外れたところですが、『魔法学校』よりパソコン作業が多くなってしまいました(笑)。やはり、スタジオで録ったものをそのまま使えるわけではなく、いろいろ手を入れないといけなかったんです。
―むしろ増えるとは想定していなかった。
長谷川:個々の音のどこを加工して、どこを加工せずに残すのか、という選択の仕方も違いますし、マイクの本数もたぶん格段に多くなっている気がします。マイキング(※)一つとっても悩ましいことが多く、例えばドラムのマイキングをどう扱うかは初めてで、友達に聞きながら調整しました。
今回は、自分の指向性と録音した音のテクスチャーが合わない部分をどうやって解決していくかが大きな課題でした。レコーディング期間は、3~4か月の間に、6~7回録音したと思うのですが、初回のレコーディング後にその課題に気づきましたね。
―最初の録音で「まずい」と思い、2回目以降で工夫したという感じですか?
長谷川:レコーディングやマイキングは素人に毛が生えた程度で、「こういうマイキングを試してみたいです」と言っても、いい結果を生まないだろうと思ったので、あとはパソコンでの加工で頑張るしかないな、と半ば最初から思っていました。今回の制作を経て、レコーディング・エンジニアさんへのリスペクトは2倍になりましたね。
Photo by Yukitaka Amemiya
―エンジニアリングといえば、今回はPAS TASTA の phritz さん(※)とのミキシングが面白いと思ったんですが、これまで一緒にやったことはなかったですよね。クレジットが連名になっているので、共同作業だったんでしょうか?
長谷川:そこはちょっと難しいですよね。ミキシングの分業は、そんなにスパッと成立する概念じゃないと思うんです。体感としては 長谷川白紙:phritz=4:6 くらいですかね。最初の2曲くらいは、phritz さんがどうミックスするのかをプロジェクトファイルで返してもらって、それを見て私が細かい調整を加えていく、という流れでした。
長谷川:その後は、どちらが始めるでもなく、自然に進んでいきました。ディスカッションを綿密に行ったということもなく、わりと行き当たりばったりでやったほうが「なるほどな」という瞬間が多かったです。言葉を尽くして「こうしたい」と言っても、結局リアライゼーションとして浮かぶのは各トラックのパラメーターなので。
―phritzさんを選んだ理由を教えてください。
長谷川:何曲か、音が汚すぎてダメだな、という曲があって。
エンジニアによって志向する表現は違うと思うんですけど、phritz さんは、ビフォアー/アフターでガラリと変わるというタイプのエンジニアではありませんが、サウンド・デザインについていろいろ学びましたし、特にプラグインの設定なんかは、本当に勉強になりました。
―前作とサウンドがガラリと変わっているのは、単にバンド・サウンドが入ったというだけではなく、ミックスの違いも大きいと思うんですよね。今回はphritzさんだけじゃなくて、『Low End Theory』の創設者にあたるDaddy Kevさんや 長谷川さんとコラボレーション歴のある『Orange Milk』 のGalen Tiptonさんにもお願いしています。
長谷川:ミックスが与えた影響は確かに大きいと思います。Daddy Kevさんについては生楽器の強い方に入ってもらわないとダメだ、ということで Brainfeeder(※編集部注:長谷川が所属する米LAの名門レーベル)に「誰かいい人いませんか」と聞いたら、Kevを紹介してくれたんですよね。Galen Tiptonさんについては、いわゆる仲良しという感じではないんですけど、それでも「一緒にミックスしたいんですけど」と言ったら受けてくださって。
―本作のバンド・サウンドについてもう少し話を聞かせてください。かなり音を加工したという話でしたが、結果としてはちゃんとバンド・サウンドとして成立しているバランスになっていますよね。
長谷川:再配列はほとんどしていないですが、曲によって細かく切ったり貼ったりはしています。
秋元さんについては、“我々不吉戦士”ですごい気迫で、半泣きの状態でパターンを叩き続けてもらって、その音を私が容赦なくカットしてブレイクビーツとして使っています。その時はバンドメンバーが泣きそうになるのか、という驚きがありました……(笑)。皆さん一流の音楽家としてのプライドはあると思うんですが、だからといって「お任せします」にするのではなく、ちょっと無茶しないと辿り着けないところまで引き出している気がします。
Photo by Yukitaka Amemiya
―次は本作のリリックについて聞かせてください。新作では今までと変化はありますか?
長谷川:『素直な気持ちアルバム』は、今までとは作りかたが違うと思います。何が違うかというと、『素直な気持ちアルバム』の歌詞はどの曲も大別すれば「同じこと」を言っているので、どこかの曲の歌詞を別の曲に入れ替えても成り立ってしまうと思うんです。これはこれまでと全然違うところで。以前は歌詞が別の曲と入れ替わったら絶対にダメだったんですけど。
―なぜそうなったんでしょうか?
長谷川:たぶんそれも『魔法学校』の反省というか。今回、私の歌詞がなぜ「散文的」と言われるのか、ということが実感として理解できた気がしてます。大きな目標を達成するために言葉を尽くして、それを音響的な部分と統合しよう、あるいはこの2つの要素がなければ成り立たないような音楽の構造にしよう、と考えるがあまり、歌詞の視点が拡散していくように見えるんだろうな、という実感がありました。
今回のアルバムを作り始める前は「ひとつのことを言うということが大事だ」とはそこまで強く思っていなかったですし、「アルバムのコンセプトとしてこれを言おう」とか、そういうことはまったく思っていなかったんですけど、『魔法学校』の時のように「言っていることが多すぎる」という状態は避けよう、というのは少し意識していました。
―つまり、このアルバムで何かを伝えたかった、ということでしょうか。
長谷川:明らかにそうだと思います。私にとって「伝えたいことがない」なんてことはそもそもないので。
―ライナーノーツで、”窒息日記”について「自作の中でも最も攻撃的な詞」としていますね。そこで今を「正統性の時代」とし、この詞がそれに対するリアクションであるということが書かれていました。この「正統性の時代」というワードについて教えてください。
長谷川:人々には少なからず、安心していたい、こちらを脅かしてくれるものがなるべくない状態にしたい、という欲求があると思うんです。今の時代はそれが強すぎる、という感じがします。例えば、自分とは全然合わない考え方があったとしても、それに正統性が列挙されていれば、「自分を脅かすものではない、正統だから支持していいんだ」というようなかたちで、みんな安心すると思うんです。
そういった「正統性」を求める欲求が、不必要に強すぎるような気がしています。それが倫理の位置に入り込んでしまっているような気がするというか。個々人が安心したいという欲求、もっと意地悪な言い方をすれば、自分が安心したいから他者を強制したい、という欲求のほうが、倫理的な行動のポジションに入り込んでしまっている。
―アートというのはそもそも「正しさ」や「正統性」のためにあるものではなく、それとは違うものを思考するものだ、という想いは、『素直な気持ちアルバム』に限らず、長谷川さんのすべての作品にある気がします。『草木萌動』にも“毒”という曲がありましたが、「毒」というものをずっと込めたい人なんだろうな、という感覚があります。
長谷川:確かにそうかもしれません。ある程度は。自分のこの部分が急に出てきた、というふうには思っていないので。「毒」が好き、というのはあると思います。
―長谷川さんはコンセプトを立ててから曲を作る人、という認識が僕の中にあるんですけど、それはリリックに対しても同じですか。
長谷川:そうだと思います。ただ、リリックのほうが、自分の中での比重は少し軽いかもしれません。
―作詞について影響を受けた作家の方はいますか?
長谷川:そこまで強く影響を受けているという人はいませんが、あえて挙げるとすれば、もしかしたらサカナクションの山口一郎さんが一番かもしれないですね。山口さんが昔のインタビューで、「言葉とは何か」と聞かれて「リズムだ」と即答していたのがあって。私自身は「言葉はリズムだ」とはそこまで言い切れないんですけど、言語的な対象の指向性が音響へと分割されてもいいんだという驚きがあって。そこから、私の作詞というのはスタートしているような気がします。
―これもライナーノーツからの引用ですが、“蜜の主”について「真っ当な反恋愛至上主義の表現として書きました」と説明しています。この意図についても聞かせてください。
なぜ多くの表現が恋愛へと回収されてしまうのか?という長らくの疑問がもっとも保存されている曲であり、真っ当な反恋愛至上主義の表現として書きました。程度の差はあれど人を知らず知らずのうちに権力の行使者にしてきた恋愛の前で、いかに逆上したままで、陰湿で、かわいく、とりとめなく、論理的なふりをしたまま、意味の分からないものに激怒していられるでしょうか?- 『素直な気持ちアルバム』のライナーノーツより
長谷川:まず、最近の論考を追えているわけではないので、これは単なる私見ですが、現在の恋愛至上主義は、過去のそれとは違うような気がしています。かつては、ある種外部化された、煌びやかな欲望の対象を求めるというか。何を犠牲にしても恋愛の真実というものを手に入れたい、あの人の近くに行きたい、というような形で扱われていたと思うんです。
でも現代の恋愛至上主義は、インフラのようになっているような気がします。何か感情があって、それを発動するときの論拠として、恋愛というものが至上化されているような感じがする。つまり「自分は~がしたい、だって君が好きだから」みたいな感じで、個人の論拠として恋愛概念そのものが、透明な形ですべての言動に介入してしまっているようなところがある。この詞はそこに対するアンチです。
―そういう考えを曲に落とし込むというのは面白いですね。
長谷川:ただ、これは難しいところがあって、例えば、何か感情があって、それを発動するときに恋愛を論拠にしている人がいたとして、「それはおかしいんじゃないか」と言ってもいいんですけど、そうすると他者の感情そのものを否定することにつながりかねない。そんなことをしていいわけはないですよね。だからこの問題は難しいと思っています。
ただ、恋愛という重さを持った基盤があって、それを無条件に使っていいというふうに思わない、ということが大事なんじゃないか、というのは少し思っていて。それが『素直な気持ちアルバム』のほとんどの曲に共通している気がします。それが、私が「反恋愛至上主義」という言葉に込めた想いです。そして、『素直な気持ちアルバム』というタイトルが言っていることは、もしかしたら感情の論拠を透明化するな、ということかもしれないですね。つまり、無条件で使用可能な基盤などない、ということだと思います。
―ライナーノーツにこの作品の主題は「無視」でもあり、「自ら解説することは可能な限り控えようと考えていました」と書かれていたのですが、インタビューの質問にはたくさん答えてくれて、安心しました。
長谷川:「無視」と言って黙ることが主題の達成になるのかというと、そうでもないなと気づいたんです(笑)。別のインタビューで「このアルバムは『なぜ説明しないのか』、ということをずっと説明している」と言われて、たしかにそうだなと。


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