かつてテレビ局を退社した女子アナの進路といえば、フリーアナウンサーへの転身が定番だった。しかし近年、その図式は大きく変わりつつある。
アナウンサー職にこだわるのではなく、一般企業や別の専門職、スポーツ業界、国際機関など、まったく異なる分野へ進む元局アナが目立つようになった。

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その象徴的な存在の一人が、元TBS笹川友里さんだ。2026年5月に経済産業省の公式Webマガジン「METI Journal ONLINE」のインタビューに登場し、女性のキャリアにまつわる問題を語ったことで注目を集めた。

TBS時代は制作ADを経てアナウンサーに転身した異色の経歴で話題になったが、退社後はファッション誌『VERY』(光文社)のモデルなどを務める一方、2023年6月にはNewMe株式会社を共同創業。女性向けキャリア支援事業を展開し、女性特化の転職サービスやキャリアイベントなどに携わっている。さらに、女性専用サウナの共同経営にも関わるなど、多方面で活躍している。

テレビ朝日出身の大木優紀さんも、異業種への転身が反響を呼んだ。2003年に同局へ入社し、18年半にわたってアナウンサーとして活動。2021年末に退社後、海外旅行系のスタートアップ企業「令和トラベル」へ転職した。海外旅行予約アプリの広報などを担当し、さらにハワイ子会社のCEOに就任。家族とともにハワイへ移住している。

同じテレビ朝日出身では、大木さんと同期の前田有紀さんのセカンドキャリアも印象的だ。
2003年入社後、サッカー情報番組『やべっちF.C.~日本サッカー応援宣言!~』などで人気を博したが、2013年に退社。その後は「好きなことを仕事にしてみたい」という思いから、フラワースクールでの学習や生花店での修業を経て、フラワーアーティストに転身した。現在は表参道と鎌倉でフラワーショップも営んでいる。

さらに『報道ステーション』のお天気キャスターなどで親しまれた元テレビ朝日の青山愛さんは、2017年に同局を退職し、海外留学などを経て国連職員に転身。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)で報告担当官として働き、国連教育科学文化機関(ユネスコ)でも人道危機や災害時のメディア支援に携わった。人道支援のため、ロシアの軍事侵攻後のウクライナを訪れたことも話題になった。

NHK出身者にも個性的な例がある。『ブラタモリ』や『あさイチ』などで親しまれた近江友里恵さんは、2021年3月にNHKを退局し、同年4月に三井不動産へ転職。まちづくりに関わる仕事に就いた。

また、2026年7月には『サンデースポーツ』のメインキャスターなどで知られた廣瀬智美さんが、プロ野球・巨人の球団職員に転身。転職サイトで巨人のキャリア採用の募集を見て応募したといい、統括部次長としてチーム編成部門を担当する予定だ。

紅白歌合戦』の司会を3年連続で務めた元NHKの久保純子さんは、退局後の2004年よりフリーアナになっていたが、2022年からは移住先の米ニューヨークで幼稚園の教諭に転身。
「言葉で子どもの世界を広げたい」という長年の夢を実現させた。

なぜ女性アナウンサーの異業種転職は増えているのか。元TBSの吉川美代子アナは過去のインタビューで、局アナが定年までアナウンサー職を続けにくくなり、一定の年齢で他部署へ異動になりやすいこと、フリーになっても競争が厳しいことなどが背景にあると指摘している。また、番組の司会やナレーションにタレントを使うなど、テレビの制作側が以前ほどアナウンサーの技術を求めなくなったことも、放送業界にこだわり続ける理由を薄めているようだ。

そのような状況から、自分がもっと輝ける世界を求め、異業種へ飛び込むケースが増えているのではないかと考えられる。さらにメディアが多様化したことで、放送業界が絶対的な憧れの場ではなくなったことも大きい。

局アナは狭き門で知られ、「せっかくアナウンサーになったのにもったいない」と感じる人も少なくないだろう。だが「テレビに残ることが成功」という考え方は、もう過去の遺物なのかもしれない。近年は一般でも会社を辞めることや職種を変えることへの抵抗が薄れ、キャリアアップや自己実現の選択肢として転職する風潮が広がっていることも影響しているだろう。

女子アナのセカンドキャリアの変遷は、テレビ業界の在り方や女性の生き方、転職に対する考え方など、さまざまな「今」を映す鏡となっているのかもしれない。

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