ドラマ『幸せになりたいマサムネ君』(MBS、TBS系)が今夜最終話を迎える。主人公の作家・吉田マサムネ(中沢元紀)の混迷した、20代の恋愛模様を描いた深夜ドラマは(私も含めて)密かにおじさん、おばさんたちが好んで観ていた。
「エモいんだよね(笑)」と言い慣れない表現で皆、少しうれしそうに本作について話していた。

【写真】中沢元紀主演ドラマ『幸せになりたいマサムネ君』の場面カット【4点】

期せずして“中年エモ”が巷で静かに騒がれた『幸せになりたいマサムネ君』。いったい何が魅力的だったのかを振り返ると、まず「リアリティー」が脳内に浮かんでくる。

吉田マサムネは大学生時代に書いたブログを出版社の編集長に見出され、書籍化して以来、印税で細々と暮らしている26歳。一応、作家。高校時代から交際している会社員のモモカ(秋田汐梨)とも、永すぎた春を迎えていた。これ、団塊ジュニア世代にはよくある光景で、責任感と自由を奪われる不安で結婚に踏み切れない男と、結婚至上主義世代の女の気持ちのすれ違いだ。私の周囲でも何組かのカップルが10年以上の時間を交際に費やして、消滅していった。興味深いことに女は全員、交際終了後、ものすごいスピードで他の男と結婚をしていたけれど。まずはここで中年の感情移入だ。

「距離を置きたい」とモモカに言われたマサムネは、相席居酒屋で会った○○子(齊藤なぎさ)とワンナイトラヴ。そのままズルズルとセフレの関係に持ち込んだつもりのマサムネと、本気の恋心を抱いてしまう○○子。
マサムネから本名を認識されていない「○○子」の呼称が、体の関係だけをより濃くさせる。この浮気の様子を「クズ男」と称する若い視聴者もいたけれど、“中年エモ”世代が20代=大学生だった頃は日常茶飯事の光景だった。なんせ今よりも娯楽が圧倒的に少なく、休みの日は恋愛するか、酒を飲むか選択肢がなかった世代である。体の関係を持つことは今よりもずっとたやすかった。もっとも現代の若者もそうなのかもしれないけれど、皆、情事は鍵をかけてきれいに隠している。何かと表現が厳しくなった昨今、ドラマでは早々お目にかかれないリアルなラブシーンは、観ていて少し愛おしくなっていた。

そして○○子が夜中に呼ばれるのは世田谷区・経堂にあるマサムネのアパート。1DKくらいの造りで、少し騒いだら隣人に壁を叩かれそうだ。無骨なインテリアはいかにも独身男性の暮らし、といった雰囲気で「リアリティー」を増幅させていた。ここに住む男の経済状態も女の気持ちもよく分かる。さらにエモさを盛り上げたのは、第5話のマサムネとモモカが出会う高校時代の甘酸っぱい回想シーンだった。今ではまったく使わなくなった辞書の貸し借りと、部活のマネジャーと選手の関係で始まったふたり。
「こんなことあったよなあ」と四半世紀以上前の自分に思いを馳せて、物語を見守っていた。とにもかくにも、おじさん、おばさんたちにとって胸熱の連続だったドラマなのだ。

また主人公を演じた中沢元紀といえば朝ドラ『あんぱん』(NHK総合)で、北村匠海の弟役として出演を果たした、若手俳優随一の実力派のひとり。『時すでにおスシ!?』(TBS系・2026年)の息子役など誠実な印象の役が多かったけれど、本作で少し違った雰囲気を醸し出したよう。昨今の深夜ドラマといえば、不倫、殺人など人間関係がドロ沼化した作品が定番の最中『幸せになりたいマサムネ君』で彼が吹かせた爽やかなミントの風の影響は大きかった。こういうドラマが観たかった。

さて最終話ではタイトルのごとく、マサムネは幸せをつかむことができるのか。実は同僚のモモカと○○子の関係はどうなるのだろうか。視聴者、原作ファン、中年らさまざまな注目を背負ったドラマが、今夜幕を降ろす。

(文/コラムニスト・小林久乃)

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