「ABEMA NEWSチャンネル」にて放送されているニュース番組『ABEMAエンタメ』。今回、番組内の独自企画『Re:MAKE ~拝啓、あの頃の君へ~』に、プロフィギュアスケーター・安藤美姫が出演した。


【写真】「先生の笑顔に救われて」スケート人生の原点を明かした安藤美姫【4点】

『Re:MAKE ~拝啓、あの頃の君へ~』は出演者が人生のターニングポイントとなった過去の写真と向き合い、"あの頃の自分"へ言葉を贈るセルフドキュメント企画。今回はプロフィギュアスケーター・安藤美姫が出演。9歳で父と突然の別れを経験した幼少期や、14歳で女子史上初となる4回転ジャンプを成功させた後、過熱する周囲の視線に苦しんだ日々、そして13歳の娘・ひまわりさんとの現在について赤裸々に語った。

9歳の頃、友人に誘われたことをきっかけにフィギュアスケートを始めた安藤。当時は絵画や水泳、そろばん、ピアノなどさまざまな習い事をしていたが、「(9歳の時)交通事故での父との別れというのが、フィギュアスケートに絞った理由の一つ」と振り返る。当時について安藤は、「(ショックで)あまり記憶がないんですけど、母から聞いた話だと、全ての習い事に行けなくなっていたらしくて」と明かし、スケートに誘ってくれた友人が頻繁に自宅を訪れ、「もう一回一緒に行こう」と声をかけてくれたことで、再びリンクへ足を運ぶようになったと語る。

そして、「そこの教室の先生が選手を育てるアシスタントコーチの方で、その先生に習い始めてから、すごく先生の笑顔に救われた」と回顧。「最初はスケートが好きというよりも、"その先生の笑顔に毎日会いたいな"と思ったのがリンクに毎日通うきっかけになって、そのまま続いた」と、フィギュアスケートと歩み始めた原点を明かした。

2002年、14歳で女子史上初となる4回転ジャンプを成功させ、一躍注目を浴びる存在となった安藤だったが、世間からの関心が高まるにつれて日常生活は激変。当時の状況について安藤は「仕事で視聴率を取ったり雑誌を売ったりしないといけないので、今ならわかるけど…」と前置きした上で、「家の前や学校の前、スケートリンクの前に24時間体制でパパラッチの方が隠れていて…」と明かした。

さらに、「男性の成人雑誌にも載せられて、外に出るのが怖くなって、一回引きこもった時期もあって。家族にも顔を合わせられなくなったのは覚えています」と告白。
「タンスをドアの前に置いて、誰も入ってこられないように。怖かったので」と振り返った。また、自身のもとへ届いた手紙についても「ほぼ誹謗中傷でしたね」と語り、精神的なストレスから摂食障害を患うほど追い詰められていた当時を振り返った。

激動の競技生活を経て、2013年に長女・ひまわりさんを出産した安藤。現在13歳となった娘の性格について、自身とは「真逆ですね」「"コミュ力おばけ"です」と穏やかな表情で語る。自身については「壁を作って生きてきた」「自分の人生の中で信じて全てを話す人とそうでない人に分かれていて、親友は3人くらいしかいない」と語る一方、娘は幼い頃から周囲の人々に可愛がられ、人見知りをすることもなかったという。

安藤自身がほかの保護者と積極的に交流することが苦手な中でも、「そこの道を娘がいつも開いてくれていて、小学校でも1~2人ですけど助けてくれるお母さんに出会えた」「それは娘の力で今の自分が成り立っていると実感します」と娘への感謝を口にした。また、親子ゲンカをすることもあるものの、「どれだけケンカをしても、怒ったとしても、その日の夜は絶対にハグしてキスして寝るというのを毎日繰り返している」と告白。「今は13歳ですけど、今でもくっついてきますし、それが自分と娘の愛の形じゃないですけど…」「姉妹というか親友のような関係でいられている」と母娘の関係性を明かした。

番組ではほかにも、7歳からフィギュアスケートを始めた娘について「私は(スケートを)やってほしくない。それは今でも変わらないです」と明かしたほか、娘から「きょうだいが欲しい」と言われていることもあり、「いい出会いがあればポジティブに考えています」と現在の恋愛観についても語った。

安藤が"あの頃の自分"へ贈った言葉と、母として、フィギュアスケーターとして描く未来とは? そのすべては現在もABEMAにて無料配信中だ。


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