中日ドラゴンズの投手を経て、引退後は、芸能界で活躍した板東英二さんの突然の訃報が伝えられ、悲しみの声が広がっている。


 公式ホームページによれば、板東さんは、今月22日、慢性心不全のため永眠。

86歳だった。


 プロ野球選手から芸能人への転身を成功させた先駆者だった。1969年に中日を退団すると、野球解説者を経てタレント活動を本格化。


 全国区の人気を決定づけたのが、司会を務めた日本テレビ系「マジカル頭脳パワー!!」と解答者として長く出演したTBS系「世界ふしぎ発見!」だ。豪快さと親しみやすさを併せ持つ存在として、お茶の間に定着した。


 芸能活動は、バラエティー番組にとどまらず、84年のTBS系ドラマ「金曜日の妻たちへⅡ 男たちよ、元気かい?」で俳優として注目され、映画「あ・うん」では、第13回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。俳優としても評価を得た。NHK連続テレビ小説「ええにょぼ」など、その後も映像作品で存在感を示した。スポーツ紙芸能担当記者はこう語る。


「同時に飲食店経営や不動産投資による17億円の借金報道(92年)、株取引に絡む恐喝疑惑騒動(96年)、そして個人事務所の7500万円申告漏れと5000万円所得隠し報道(2012年)など、お金にまつわる話題が尽きない人でした。しかし、申告漏れの会見では、修正申告と追徴課税は済ませたとした上で、“カツラは経費で落ちると聞いて、20年近く続けていた植毛費を経費として計上してしまった”と説明し、周囲をズッコケさせました」


 しかし、その活躍ぶりと憎めないキャラクターは、長嶋茂雄氏や野村克也氏ら球界の重鎮からも認められていた。本人が日刊ゲンダイにこう語っている。


《長嶋さんが褒めてくれたのは「マジカル頭脳パワー!!」(90~99年)をやっている頃のことです。たまたまお会いした時に「板ちゃん、ありがとうな」というから何のことかと思ったら、「君が頑張ってくれたおかげでユニホームを脱いだ連中が新しい仕事ができるから、助かってるよ」と。選手が野球をやめても、タレントができる道筋をつけてくれたというわけです。うれしかったね。いろんなことやってきてよかったと思いました》(2014年12月8日紙面)


 野村からはこうだ。


《野村監督に会ったら、「あんたのおかげでプロ野球やってる者の仕事が増えたんや。これからも頑張ってもらわな」といわれたことがあって、うれしかったのを覚えてる。(中略)しかし、監督いわく、「本当はあんたのような笑い顔は日本海側にはおらん。だいたいワシのようなのばかりで、どこか陰があるちゅうか、笑うても破顔一笑いうのはないで」》(1998年11月14日紙面)


 2020年には、自宅近くで転倒したことが報じられ、その後、活動休止が続き、事実上の「芸能界引退」と報じられていた。


 球界から芸能界へ転身し、一世を風靡した明るい人気者は、静かにマウンドを降りていった。


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 訃報が出る3カ月前、板東英二の“謎の登場”に世間がザワついていた。関連記事【もっと読む】松本人志の地上波本格復帰を誘発? 消息不明だった板東英二が高須克弥氏のインスタに登場の意味深…では、その意味深ぶりについて伝えている。


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