【増田俊也 口述クロニクル「茶の間を変えたコメディアン 欽ちゃんのぜ~んぶ話しちゃう!」】#36


 作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。


  ◇  ◇  ◇


増田「いろんなお弟子さん取る時なんかも、この子は来る、この子は難しいっていうの見えるんですか?」


萩本「見えます。顔ってね、もう8割その人が見える。だから俺、野球やったのも、野球も運じゃないかと思ってやったの。そしたら間違いなく運だったってのがわかったよ」


増田「茨城ゴールデンゴールズ」


※茨城ゴールデンゴールズ:萩本氏が2005年に創設した社会人硬式野球クラブチーム。茨城県稲敷市が本拠地で愛称は「欽ちゃん球団」「茨城GG」など。萩本氏はチーム内で「欽督(きんとく)」と呼ばせた。


萩本「ええ、それが分かってないのが野球人じゃない?」


増田「勝負にこだわるあまり見えない」


萩本「はい。運なんです。俺、野球やってて、4年目か5年目ぐらいに選手が全員、野球は運だっていうのに気づいて、あー、これは優勝するよ、つったの。やっと運だって気づいた。じゃあ優勝するよって。ちゃんと優勝した」


増田「それはどのようにして」


萩本「あのね、全国大会の時にビジネスホテルだけど選手を泊めるわけよ。

で、費用みんなね、私が出すわけ。で球団社長ってのがいたわけよ。そういう管理するのが。それで私が『せっかく全国大会でホテルに泊まってるんだから、こんなときくらいはいいものを食わせてやれよ』って言ったんですよ。それでね、夕食の時間に食堂をのぞいたら、選手たちみんなでカレー食ってんの。で、球団社長に『飯ぐらいそれなりに揃えたら』って言ったじゃないのって言ったら、選手たちがね、『飯で運は使いたくない。カレーにしてくれ』って全員が言ったらしいの。それで俺、『あー、それは優勝だよ』って言ったの。そしたらやっぱり優勝して次の年もカレーお願いしますと勝負どころ以外では運を使わない」


増田「それはもう野球に限らず」


萩本「そうそうそうそう」


増田「すべてが」


萩本「私が野球をやり始めたのは長嶋茂雄さんがきっかけでね。いつだったか、ねんりんピックのゲストに長嶋さんと私が呼ばれたの。長嶋さんがメインで、私がナンバーツー。で、2人で長い時間話した」


増田「ずっと2人で」



「1回、野球をチャラにしないといけない」

萩本「そう。

そのとき長嶋さんが『野球がサッカーに負ける』『子供がみんなサッカーへ行く』って言うの。『これを何とか食い止めなきゃいけない』って、朝から晩まで暇のある間ずっと話してた」


増田「それはあれですかJリーグが始まる?」


萩本「そうそうそう、その頃だと思いますね。その長嶋さんの言葉が頭に残って、野球の視聴率を見るようになったら、あ、これ数字が悪くなると思って。昔は20%いってたんだけど、数字がいかなくなるぞと思った。そしたらグングン落っこってきて、とうとうね、総合ランキングからいなくなったわけ。これは1回ね、野球をチャラにしなきゃいけない。ここで新しい野球ってのをやっとかないと本当にダメになっちゃう。そう思って、私がやりだした。今はもう随分ねえ、独立リーグとか増えてるけど」


増田「そうですね、たくさんできてる」


萩本「でしょう、独立リーグなんてアマチュアだろうって言う人もいるけど、そんなことはないよ。四国独立リーグから今のプロ野球に入った人とかね」


増田「はい、いますよね」


萩本「でも、四国独立リーグなんてもうお客さんがいなくてね。俺、飛んでったもん。お客さんいっぱい来て、そのときに元西武の石毛(宏典)さんがさ、涙流して、欽ちゃん本当にありがとうね。

お客さんいっぱい来てくれたって」


増田「喜んでくれたでしょうね」


萩本「そう。だけどもルールでプロからそういうのへ行っちゃいけねえとかなんかね、あったらしいの。それでもこれからの野球にはこういうもので元気出さなきゃダメだってやったら、人が入らないんだよ。見ててさ、誰も応援する人いねえのかよと思ったからさ、俺、飛んでったの。そしたらお客さん入ってくれてさ。頑張ってねって帰ってきたんだけど、でもずっと続いてるしね。そこからさ、もう今プロに入る選手が出てきてる」(つづく =火・木曜公開)


▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。


▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。

小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。


編集部おすすめ