【増田俊也 口述クロニクル「茶の間を変えたコメディアン 欽ちゃんのぜ~んぶ話しちゃう!」】#34


 作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。


  ◇  ◇  ◇


増田「真屋順子さんが運を連れてきて欽どこが当たったんですね」


萩本「そう。順子さんのお母さんの幸せだよ。あと順子さん自身もそれまでじっと耐えてた悲しい物語を何も言わずに、あのペロンとした顔でさ。それで順子さんは最後まで笑いに染まらなかった。それが視聴者からしたら面白かったんです」


増田「そうなんですか」


萩本「ひとつだけ順子さんに言ったことがあるんですよ。『順子さん、笑い顔を客席に見せないでね』って。テレビって今、出演者がみんな平気で笑ってるでしょ、ステージでアハハって。私の浅草の修行時代はね、笑ったら怒られた。『笑うのは客席で、舞台にいるおまえが笑うバカいるか』って怒鳴られたの。笑うと怒られるんで、後ろ向いて肩だけ揺らしてたの。実はね、肩だけ揺らす方がね、お客さんってね、余計笑えるんですよ。お客さんより先に笑っちゃうとお客さん笑わないんですよ。

なるほどなって。そういう修行をしてきたから。順子さんがまたいいんですよ。俺が面白いこと言ってると肩揺らしてるの。それがね、順子さんの品の良さを出してくれた。ありがたい方です。私はだから、欽どこはもう順子さんあっての番組」


増田「欽どこが始まる前に順子さんに、そう言われたんですね」


萩本「はい。笑うのは客席や視聴者で、舞台にいる我々が笑っちゃいけないよって。私は浅草で修行してきたことをなるべく守りたいんで、そういうアドバイスした。そしたらそれが当たった。中身は大したことなかったと思うけど、笑い顔を見せない順子さん、後ろ向いてこうやってクックククってやるからね。あの笑いっていうのは欽どこだけでしょ。

これも含めて他にはないっていうのがいくつも生まれてくればそれは視聴率30%いきますよ。それは私がやったことではない」


増田「そういう萩本さんから見て、今のテレビっていうのはどういうふうにご覧になられてますか? 例えばバラエティー番組とか」


萩本「今のテレビって、バラエティーとかね、見てるっていう言葉は通用しないと思うんです。ときどきのぞきます、ぐらいですね」


増田「なるほど」



大谷結婚の一報に「ダメだよダメダメ」

萩本「大谷翔平はよく見ます。この人だけね、運じゃないなって思った。私の長い〝運論〟の歴史をね、ぶっ潰すやつが出てきたんですよ。運じゃない。努力の仕方だな。でもね、一方で、大谷は〝絶対にコケる、絶対にコケる〟って思って見てた。あんなにお金もらっちゃったらね。俺、大谷にね、金銭的な事件が起きるんじゃないかって心配してた。うまくいきすぎだもん。おしたらね、事件が起きた。

でも、そこに運が出たんですよ。自分は何でもないのに、通訳の水原一平くんがね、お金を持ってっちゃった。だから俺ね『一平は偉い!』っつったの。あれがなかったらね、大谷は3割打ってないね。ちゃんとね、一平がチャラにしてくれたから打てた。自分の野球にね、不運を一つも寄せてないってとこが、これが彼の人間の大きさだね」


増田「一平さんサマサマですね」


萩本「私は大谷に金銭的なトラブルがやってくる。これはまずいぞ、怖いな。それが野球の命取りにならなければいいなと思ったら、水谷一平が出てきて『よくやった!』。これで大谷翔平チャラだよ。世間の前では絶対に言えないような話ですけどね。俺からすると大谷ってすごい。自分の野球に一切関係ないとこで水原一平がやってくれたから。

不運が何も起きない」


増田「世間が考える軸とは全く違いますね」


萩本「はい。私には世間では言えない意見が多いんですよ。小さな声で、水原一平頑張れって。やったことはひどいんだけど、大谷の野球を邪魔しないでくれてありがとう、と心の中で言いました」


増田「まさに不運を持っていってくれた」


萩本「そうしたら大谷がね、今度は結婚するっていうんだよ。これはダメだ、もうダメだよ、ダメだよ、ダメダメって思った。幸せすぎるもん。運が逃げちゃうと思った。そしたら、そこに動物を入れたんだよ」


増田「犬ですね、デコピン」


※デコピン:大谷翔平夫妻が飼っているコーイケルホンディエ種の犬。2023年9月から飼い始め、12月のドジャース入団会見で「デコピン」という名前が公にされた。大谷自身はさらに縮めて「デコ」と呼んでいる。


萩本「そうなんですよ」


増田「あまりに幸せすぎるから家族に何か起こると」


萩本「そう。そうなの」(つづく =火・木曜公開)


▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。

高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。


▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。


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