【増田俊也 口述クロニクル「茶の間を変えたコメディアン 欽ちゃんのぜ~んぶ話しちゃう!」】#32


 作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。


  ◇  ◇  ◇


増田「そのトップダンサーがある日、酔っぱらって、萩本さんの下宿先に『ちょっと酔っぱらっちゃったから眠らせて』と」


萩本「それはもう相当後よ。まだそんな時じゃなくて浅草の修業を終えてから。それからテレビ局に行くようになって、その頃ですね」


増田「テレビ局でまだあんまり相手にされなくて、嫌な思いしてた頃ですか」


萩本「嫌な思いっていっても誰かになんかひどいことされたってのはないですよ。ただ会話してくれる人が1人もいなかったね」


増田「それはやっぱり、お笑いが1つ下に思われて」


萩本「いや、そのときはまだそうとは知らなかった。テレビには有名人しかいないもんだから、有名じゃないの俺しかいないから。スタッフだか、誰だかわかんないから、誰も話することはないもんね」


増田「なるほど」


萩本「あとテレビがよくわかんないから。『はい、休憩』って言われてもいつまで休憩なんだかわかんないから、ずっとセットの裏でじっとしてましたから。そういうことで『きついなあ、自分の居場所がないなあ』って」


増田「それは例えばひとりでいることが多かった高校時代と似た感覚ですかね」


萩本「そうそうそうそう。やっぱりどっかもう同じように弾かれてるって感じ」


増田「居場所がない感じ。そのとき声をかけてくれた方とかはいないんですか」


萩本「左とん平さん*。何やってんだおまえ、そんな暗いところで。ついてこいっつって。

よく飯に連れて行ってくれました」


左とん平(ひだりとんぺい):1937年東京市王子生まれ。コメディアン。俳優。代表的な出演作に『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』『西遊記』『池中玄太80キロ』など。また、1973年に発売され「ヘイ・ユウ!」のフレーズで知られている歌『とん平のヘイ・ユウ・ブルース』も大ヒットした。2018年80歳没。


増田「優しい方なんですか? そういうところに気がついて、萩本さんが1人ぼっちでいるのを気づいた」


萩本「うん、自分がそうだったんじゃないですか」


増田「若いとき」


萩本「うん。だから俺は後に『欽どこ』でドラマやったときにディレクターに言いましたから。仕出しだけは入れないでくださいって」


増田「仕出し?」



エキストラを使わなかった理由

萩本「業界用語でエキストラ。通行人とか喫茶店のお客さんとか。俺、それやってたもんだから」


増田「それを業界用語で仕出しという」


萩本「はい。でも、ドラマでエキストラ入れるなって言われてもきついんだよねって」


増田「萩本さんはそういう自分のような扱いをされる人が出る状況を作りたくなかったと」


萩本「はい。

そういう人を見ると悲しくなって。だから入れないでって頼んだ。それでディレクターが工夫してくれて、エキストラの代わりにスタッフのカメラさんとか照明さんに座ってもらって」


増田「なるほど」


萩本「それで、もうドラマはあんまりやらなくなって」


増田「そういうことがあったんですね」


萩本「そうです。そもそも『欽どこ』の女優さん決めたのも運ですから」


増田「そうなんですか」


萩本「そうですよ。テレビ局って、どうしてもスポンサーの問題があるんですよ。大きな名前の人を入れないとテレビって成り立たないんですよ。スポンサーがつかない」


増田「はい」


萩本「だから、なるべくいまはやりの女優さんを入れたがるんです。でも私はそんなこと当時は知らなかった。番組が始まってからわかったんですよ」


増田「そのスポンサーと番組と出演者の有名無名の関係が」


萩本「はい。そうです」(つづく =火・木曜公開)


▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。

その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。


▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。


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