【増田俊也 口述クロニクル「茶の間を変えたコメディアン 欽ちゃんのぜ~んぶ話しちゃう!」】#31


 作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。


  ◇  ◇  ◇


増田「そういう意味では、萩本さんにとって最初のストリップ劇場『東洋劇場』は大学だったわけですよね。ある意味で」


萩本「ある意味で? とんでもない、まったくその通り。成人の性教育大学。だって女性がみんな裸なんですから」


増田「それはそうですね(笑)」


萩本「ですから私ずーっとね、週刊誌とかで裸の写真が載ってても何の興味もないですからね。修業時代に東洋劇場の舞台裏でいろいろ見てると、むしろ女の子たちが〝欽ちゃん可愛いわね〟なんてて冗談で横に椅子持ってきて、その椅子に乗っかっておっぱいを俺の頬んとこつけてきたりするんです。『ちょっ、ちょっと』って俺はでかい声を出して、『お姉さん、やめ、そういうのやめてください』って言ってたからね。向こうのセクハラにおどけながら生きてきたんだもん。そんな世界にいたんだもの。だからテレビの世界でお尻触らないところがよかったんだね」


増田「何が幸いするかわかりませんけど、すべて何かこう用意されたような」



「坊や、坊や」と可愛がられ

萩本「そうでしょ。混浴のことも思い出すね。当時、舞台が終わると、風呂場で洗濯するんです、延々と先輩の着てた服なんかを。そうすると踊り子の女の子が入ってくるわけ。

俺は慌てて風呂場を飛び出すんだけど、『坊や、そんな気にすることはないから入っといで。そこで後ろ向いてりゃいいんだよ。私ら何ら隠すようなもんじゃないから』なんて言われてね。『坊や』だから。誰も俺のこと欽ちゃんなんて呼ばないから。『はい。じゃあ、すいません、時間がないんで』ってね」


増田「混浴」


萩本「はい」


増田「劇場の中にお風呂があったんですか?」


萩本「そうです。普通は男の人が入ってきたりすると『ダメ!』『コラ!』『触ったりしたらダメだよ!』なんてよく叫び声が聞こえたもんだけど」


増田「でも、萩本さんだけは『坊や、坊や』みたいな」


萩本「はい。『坊や、坊や』って冗談やられて。面白がられてたんだね」


増田「可愛がられたんでしょう」


萩本「どうだろう。そんな中で、『みんな、あんな子にそういうバカなことよしな』って言ってたのが、のちのうちの奥さんだよ。トップだったから当時は口も利いたことないもん」


増田「トップというのはトップの踊り子さんということですね」


萩本「そうです。

俺なんか絶対に目線も合わせられないし、そんな中で『そういうことよしなもう』って周りのお姉さん方を窘めてくれた」


増田「そうやって守ってくれたというか」


萩本「うん。俺は恐ろしくて下向いてました」(つづく =火・木曜公開)


▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。


▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。

現在、拓殖大学客員教授。


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