【増田俊也 口述クロニクル「茶の間を変えたコメディアン 欽ちゃんのぜ~んぶ話しちゃう!」】#28


 作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。


  ◇  ◇  ◇


増田「一番の憧れは三木のり平*さんということですが、それは萩本さんがまだ芸人になる前から?」


萩本「コメディアンになって、菊田一夫先生の『雲の上の団五郎一座』*、あれを1日休み取って見に行ったんです。お客さんが波打つ笑いを見てびっくりしました。みんな腹抱えて笑ってるんです。ハッハッハッハッハッハッハッハッ! ハッハッハッハッハッハッハッハッ! 俺、3階で見てたら、客席が波打ってる」


※三木のり平(みきのりへい):コメディアン・演出家。1924年東京日本橋生まれ。日大法文学部演劇学科卒。1950年、『無敵競輪王』で銀幕デビュー。1956年には東宝と専属契約し『のり平の三等亭主』で初主演。傍らで日本劇場の舞台に立ってのコントが認められ、NHKのテレビバラエティー『夢であいましょう』のキャストを務めるなど幅広く活躍した。


※雲の上の団五郎一座(くものうえのだんごろういちざ):1960年に東京宝塚劇場において初上演された菊田一夫原作脚本の舞台劇。その後、1962年には映画化されたりもした。『雲の上団五郎一座 ブロードウェイへ行く』、『雲の上団五郎一座 故郷へ行く』などの続編も上演された。


増田「サッカーファンとか野球ファンが立ち上がってやるあのウエーブじゃなくて」


萩本「上下じゃなくて前後に揺れるんです。腹抱えて前後に揺れながら笑うから。そうすると客席が波打ってるように見える。笑いが止まらない。ウワッハッハッハッ! ウワッハッハッハッ! 波なんですよ。三木のり平さんと八波むと志さんのツッコミで。これはいまだに忘れられない。すげえなー、お客さんたちが波打ってるって。こんなコメディアンになりたいなって」


増田「コント55号では何本くらいコントをやったんですか?」


萩本「二郎さんに聞いたら1800本やったって言ってた」


増田「1800本も!」


萩本「うん。俺が『1000本だと思う』ってインタビューで答えたら、二郎さんが『いや1800本から1900ぐらいやった』って。二郎さん、ああ見えて記憶力がいいんだよ。私より二郎さんのほうが記憶力いいの」


増田「それは同じコントを?」


萩本「いや、同じコントはやんない。

できないの。同じコントを思い出しながらやると、テンポが違うし、ひらめきが違うし」


増田「毎回アドリブのぶつかり合い」


萩本「そうです。同じコントをやっても全然面白くない。知っててやると、次はこれだなってわかって答えるから面白くも何ともない。やっぱり突然言われた言葉で、アドリブで返す。これが55号の間(ま)」


増田「あれ、ぜんぶアドリブなんですか!? すごい」



二朗さんの記憶力はすごいのよ

萩本「そう。お客さんは困った二郎さんを見て笑うのよ。どんな言葉を返すのか、それが55号の間(ま)、55号の笑い。二郎さんが、こう泳ぐようにもがくようにしてるのがおかしいんでね」


増田「たしかにそうですね(笑)」


萩本「そのうちに役を全然忘れてね。例えば客引きやってる二郎さんに『旅館の料理はいくつありますか?』って僕が聞くの。そうすると二郎さんが『うちは20種類あります』なんて言ってね。歩きながら『ええと、まずは何々』って舞台の端からずっとしゃべってても、6種類ぐらい言うとね、思いつかなくて袖ついちゃうわけだよ」


増田「そこでまずお客さんが笑いますよね(笑)」


萩本「それでUターンして帰ってくる。

そこでこっちがなんとかしようと時間を稼いであげるの。そうするとまた6つぐらい言うんだけど、また袖に着いちゃう」


増田「そこでまた笑うと(笑)」


萩本「それでまたUターンして『少ないねえ』なんて言いながら二郎さんにしゃべらせるの」


増田「そこでまた詰まっちゃうと」


萩本「そう。お客さん大爆笑。それで『おまえいつから客呼ぶ人が客連れて歩いてんだよ!』ってはたくの。そこでまた大爆笑。それで二郎さん、汗かきながら『なんとかなんとかなんとか』ってさ。それでも15、16くらいまで行きました。でも、もう同じようなのしか出てこないんだよ。『なんとかの佃煮、なんとかの佃煮、なんとかの佃煮……』って。それで『おたく佃煮しかないのか』ってツッコミ入れてやり直す。そこでまた大爆笑」


増田「なるほど。アドリブでやってるからこそのコントですね」


萩本「でね、二郎さんが何とかやり遂げようとして大汗かくでしょ。

あれがまたなんとも言えないよね。俺がもう帰ろうとすると『ちょっと待って、ちょっと待って』ってまた佃煮の名前を考えるの」


増田「全部違うコントを1800本やったっていうことは、もう名球会入りですよね」


萩本「そうだよなぁ。俺ね、後で楽屋で『何でそんなにはっきり数わかるの?』って聞いたら『全部覚えてる』って言うの。『1800回全部言えるの?』『全部言える』って。そういうところ、二郎さんのすごいところなんだよね」(つづく =火・木曜公開)


▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。


▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。

中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。


編集部おすすめ