【増田俊也 口述クロニクル「茶の間を変えたコメディアン 欽ちゃんのぜ~んぶ話しちゃう!」】#25


 作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。


  ◇  ◇  ◇


増田「二郎さんは欽ちゃんが大好きだったんじゃないですか」


萩本「これ外に出してない後日譚だけど、二郎さんにね、明治座(2004年6月)で公演やるから来てちょうだいって言ったら、事務所がね『ダメだよ。もう二郎さん、奥さんが(表に)出さないって言ってるから、ダメダメ』って言うんだよ。(2003年9月に)脳梗塞で倒れていたから。そしたら奥さんから電話が来た。奥さんがリハビリしようって言っても『もういいんだ。俺は終わったからしねえって言ってるんです』という電話だった」


増田「脳梗塞の後遺症で左半身に麻痺が残ったんですよね」


萩本「うん。そうなの。でもね、奥さんに『欽ちゃんと食事したときあんなに楽しそうに話してたから、もしかしたら欽ちゃんが電話してくれたら、あの人、リハビリするかもしれない。よかったら電話してくれますか』って言われた。『わかったよ』って二郎さんに電話して『飯、食うぞ!』って言ったら、『うえー、本当かよ』『うん、行くよ』って言ってさ。それで飯食って、その帰りに『車椅子でも絶対に明治座に出すからね』って言ったの。そしたら二郎さん、家へ帰るなり『舞台に車椅子で出たらお客さまに失礼だよ、そんなことできねえよ、リハビリ始めんぞ』って言ったんだって。

で、奥さんがまた電話してきて『リハビリ始めたわ、欽ちゃん、すごい乱暴なこと言ってくれてありがとう』って」


増田「それで、やったんですか」


萩本「それで舞台も出た」


増田「それは素晴らしい話です。それがなかったら、もう人生を投げ出してたわけですから」


萩本「でしょう。二郎さんと2回飯食って、2回とも物語ができた」


増田「じゃあ本当に食事をしたのはその2回だけですか?」


萩本「うん、2回だけです」


増田「実はもともとフランス座時代から仲が悪かったけれども」


萩本「あー、俺からするとね」


増田「その奥では大好きだったという大きいオチがありますね」



出番前の真っ暗闇の中で叫んだ二郎さん

萩本「うん。無理やり舞台に引っ張り出した時ね、セリで出ようっていうんで、暗転の中で真っ暗な地下に2人でスタンバイしてた。そこから、ずーっとセリ上がってくると、ライトがパーッと当たって、2人で正月の新年あけましておめでとうっていうところから入るって演出だったんだけどね。紋付き羽織袴で真っ暗の中で二郎さんが『欽ちゃん、笑い、考えつかなくなったんだよ。考えてくれよ』って叫ぶように言ったの。これからもう出番だってときにだよ。俺からすると、頼むよ、二郎さんって」


増田「ええ」


萩本「セリの真っ暗の中で顔は見えないからさ。このヤロー、暗いからって、こんなわがまま言いやがってと思ったけど、でもその時にね、なんかジーンとした。ああ、本当にいいコンビだったなって。最後に俺をアテにしてくれるんだっていう」


増田「いい話ですね。

本当に。まあ、僕よりも若い世代だと『欽どこ』『欽ドン!』ぐらいが欽ちゃんのイメージでしょうけど僕たちの世代だと、本当にコント55号っていうのは素晴らしい」


萩本「だから欽どこの200回の時『番組開始200回になりました、ゲストを入れたいんですが』って番組のプロデューサーに言われたとき、俺、即答した。『それは坂上二郎だ』って。で、電話して『200回だよ。出る?』と聞いたら、そのときも『待ってました!』だもん。もうね、うれしそうに。うん」


増田「欽どこ200回記念ということなら、1980年ごろですね。二郎さんはまだお元気だった」


萩本「元気、元気。仕事をバカバカやってた」


増田「『夜明けの刑事』*とか」


※『夜明けの刑事』:1974年から1977年までTBS系列で放送された坂上二郎主演の刑事ドラマ(全111話)。舞台は警視庁日の出署。人情味あふれる叩き上げのベテラン刑事・鈴木勇(坂上二郎)と若手刑事たちが、さまざまな事件に挑む姿を描いた。派手なアクションよりも人間ドラマを重視し、社会問題や当時の流行文化を題材にしたエピソードを織り交ぜた作風が特徴だった。

石立鉄男石橋正次、鈴木ヒロミツらが出演し、途中から水谷豊もレギュラー参加。山口百恵三浦友和、キャロルなど当時の人気スターもゲスト出演した。番組終了後も『新・夜明けの刑事』『明日の刑事』へと続き、日の出署シリーズとして約5年間親しまれた。


萩本「そうそうそう。俳優さんの仕事をして。お互いの仕事の話は一切してないけどね」


増田「普段、一切お付き合いをしなかったからこそ」


萩本「そうそうそう。そうなんだよね」(つづく =火・木曜公開)


▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。


▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。

小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。


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