【その日その瞬間】


 生島ヒロシさん(パーソナリティ/75歳)


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 文化放送の「生島ヒロシの日曜9時ですよ~」でパーソナリティーを務める生島ヒロシさん。昨年の年明けにハラスメント騒動で番組を降板したが、今春には同番組で復帰し、70代の復活にチャレンジ中だ。

人生の節目の出来事について語ってくれた。


■見えないところからボールが飛んでくるような絶妙な切り返し


 僕にとって大きな出会いは久米宏さんと和田アキ子さんですね。久米さんは1944年、僕は1950年生まれで年齢は6歳違いですが、アメリカに行っていた関係でTBSの入社は僕が10年近く遅いんです。


 当時、久米さんは「永六輔の土曜ワイドラジオTokyo」という番組のリポートをやってブレーク。9時のオープニングに街を歩いている人をインタビューするのですが、それが絶妙でした。



■「ザ・ベストテン」では追っかけマン

 入社1年目の僕がその後釜に名前が同じヒロシだからという理由で起用されたけど、えらい違いでね(笑)。同じことをやってみてあの方のすごさがわかりました。


 例えば、元々落語好きだったこともあって会話のキャッチボールや切り返しのうまさです。子供の頃から斜めから見るとか斜に構える姿勢も身についていたんでしょうね。それから引き出しも豊富。素朴な疑問への一言の返しも野球で言うなら見えないところからボールが飛んでくるような感覚です。物事の捉え方がストレートな僕にはそこがマネできなかったですね。


 久米さんと黒柳徹子さんの「ザ・ベストテン」でも追っかけマンをやって、久米さんがお休みの時には司会も何回か。でも、どんなに頑張っても届かない先輩でした。


 久米さんは考え方もはっきりしていた。一番はこうあるべきだという型にハマらないこと。それから予定調和はやめようということ。例えば、インタビューの時なんかは最初の質問は決めておいてもいいけど、あとはどうなるかわからないし、流れに任せる。僕はその教えを守っていて、今の番組も台本はありますが、ほぼアドリブです。流れに乗ることを大切にしています。


 5月に立川志らくさんに番組に出ていただいたのですが、信じられないくらい見事なキャッチボールになった。ああいうのが理想ですね。



■紅白の司会を務めた大晦日深夜の出来事

 40年以上続いたアッコさんの「アッコにおまかせ!」が今年春に終了しましたが、5年ほどMCとして出演しました。局アナ時代、ダイアナ妃が来日した時、生中継で僕がパレードの様子をリポートしたのですが、それが評判になったのがMC起用のきっかけです。


 あの時は青山一丁目交番の所でパレードを待ちました。近づいた時に「抜けるような白い肌のダイアナ妃が私の目の前にやってきます。10メートル、8メートル、5メートル……それでは声をかけます。『ハーイ、レディー・ダイアナ!』」と叫んだんです。


 ところが、その瞬間にダイアナ妃が逆の方に行っちゃって、「見事にそっぽを向かれました」とリポートしたら爆発的に受けて(笑)。


 当時は梨元勝さんが存命で、ダイアナ妃を追いかけていた。その梨元さんが僕のリポートを「革命的な王室中継」と取り上げてくれて、それを聞いたアッコさんが「面白い」と言ってくれたようです。


 最初にプロデューサーに言われたことがあります。先約があってもアッコさんに誘われたら絶対断るなと。僕はそれをずっと守った(笑)。


 アッコさんが初めて紅白の司会を務めた1987年です。大晦日にアッコさん宅でご主人と紅白を見届けて帰宅しました。

それからしばらくして自宅に電話があり、かみさんが「生島いる? って言ってる」と言う。こんな夜中に誰だろうと思って電話に出たら「どこにいるの?」とアッコさん。「もう寝てます」と言ったら「すぐに来い」と。「えっ!?」と言いながら駆けつけてピンポンしました。


 すると「何しに来たん」とアッコさん。「さっき、すぐ来いと言ったじゃないですか」と言うと、「そうか」だって。ひどいでしょ(笑)。



■昨年のことを笑いに変えてくれた愛のイジリ

──生島は5月31日に浅草演芸ホールで行われたファミリー寄席に2年ぶりに出演した。講談師の神田伯山も出演して話題になった。


 昨年のことも僕にとっては人生の大きな瞬間でしたね。伯山さんは自身のラジオ番組で復帰した僕のことを散々イジっていましてね。浅草演芸ホールに伯山さんも出られるということでお会いするのを楽しみにしていました。


 伯山さんには楽屋でご挨拶をして、たくさんお話をして盛り上がりました。ところが、ステージに立った途端、メチャクチャで。「あの人ね、全然反省してなくって。こんな悪人いるんだ」と。楽屋でちゃんと説明したのに。まさかですよ。意表を突かれましたね。でも、それが受けて僕が「シャバの空気はいいですね」「本当は反省している」と言ったら、それがまた受けちゃって。伯山さんのことは愛のあるイジリと言っています。


 セクハラは友人からLINEで送られてきた画像を他に転送したのがいけなかった。それが一発アウトの対象になることを説明され、今までいろんなことをやってきて、ライフワークだったラジオの番組に明日から来なくていいですと言われて、その瞬間に潔く退こうと決めました。番組はあと5回で7000回になる直前でした。


 その後1年2カ月は何もできませんでした。何もできないのは本当につらかった。後期高齢者に差しかかってだから、このままリタイアしたらと言う古くからの友人もいましたが、その時はこのままフェードアウトするのは……という気持ちになっていました。スタッフも頑張ってくれている、受け入れてくれるラジオ局もある……それはありがたいです。


 7月にジャガー横田さんの旦那さんで医師の木下博勝先生に番組に出ていただきました。木下先生は「生島さんは復活のシンボル」と言ってくださった。これからは一生懸命コツコツやるしかない、そうすれば手を差し伸べてくださる人もいる……。七転び八起きの精神で70代のチャレンジに励んでいきます。 (聞き手=峯田淳)


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