【スージー鈴木のゼロからぜんぶ聴くビートルズ】#119


 特別編「その後のビートルズ~ジョージ・ハリスン」


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 これまで見てきたように、ビートルズの歴史とは、言葉を選ばずに言えば、ジョンとポールが、ジョージを圧迫してきた歴史だったといえる。


 と書くと、ジョンとポールが悪者のように聞こえてしまうか。

でも正直言えば、ビートルズ時代の音楽的才能、能力について、ジョージはさすがに物足りないのだからしょうがない。だって相手が天下のジョンとポールなのだから。


 圧迫され続けた分、ジョージの「自分探し」が加速する。その結果が、インドへの傾倒であり、またソロ活動への執念である。


 実験的な作品とはいえ『不思議の壁』(1968年)、『電子音楽の世界』(69年)と、ビートルズ在籍中に2枚のソロアルバムをリリースしているのだからかなり早い。


 そして解散直後、ついにあの大ヒットアルバム『オール・シングス・マスト・パス』(70年)を世に問うのだ。


 オールキャリアを代表する『マイ・スウィート・ロード』を含むLP3枚組の大作。【オリジナル記事で試聴する


 さらに翌71年には、ロック界初の大規模なチャリティーコンサートといっていい「バングラデシュ難民救済コンサート」をプロデュース。こちらも3枚組LPにまとめられヒットする。


「堰を切ったように」とはまさにこのこと。「ジョージ・ハリスン、ここにあり」という高らかな宣言だ。


 私のリアルタイム体験でいえば、けっこうヒットしたアルバム『クラウド・ナイン』(87年)の印象が強かった。


 特に『セット・オン・ユー』(同年)は大ヒットし、ラジオやテレビでよく流れていたものだ。


 バブルに向かっていく80年代後半の日本で、ジョージの声が流れてくるのを聴くのは、何とも不思議な気分がしたものだ。


 また91年には、エリック・クラプトンとの東京ドーム公演のため来日。私も見たが、パティ・ボイドの「前夫」と「後夫」の共演を見るのも、まさに不思議な感じだった。


 そんなジョージのソロ作品で、1曲選べと言われたら、この連載的には、80年のジョンの死に捧げられた『過ぎ去りし日々』(81年)を推す。


 ビートルズ時代の『グラス・オニオン』(68年)同様、ジョンの曲を丁寧に織り込みながら、彼ヘの思いを切々と歌う1曲。特にMV(ミュージックビデオ)は必見。


 2001年11月29日死去。享年58はいかにも若い。でもオール・シングス・マスト・パス──すべては過ぎ去っていく。


▽スージー鈴木(音楽評論家) 1966年、大阪府東大阪市生まれ。昭和歌謡から最新ヒット曲まで幅広いジャンルの楽曲を、社会的な視点からも読み解く。

主な著者に「中森明菜の音楽1982-1991」「大人のブルーハーツ」「日本ポップス史 1966‐2023」など。半自伝的小説「弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者たたきよる」も話題に。日刊ゲンダイの好評連載をまとめた「沢田研二の音楽を聴く1980-1985」、最新刊「日本の新しい音楽1975~」は大好評。ラジオDJとしても活躍。


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