『東京漂流』『メメントモリ』などの作品で知られる、写真家で作家としても著名な藤原新也さん(82)。長年、日本の写真界を牽引してきた藤原さんが、日本芸術院賞を受賞したのは今年3月のこと。

そして7月6日、天皇皇后両陛下は、皇居・宮殿で受賞者らを招いての茶会を開催された。藤原さんは茶会で懇談した愛子さまの佇まいに衝撃を受けたというが、その理由と皇室典範改正への危惧を本誌に寄せた。(以下は藤原さんの寄稿)

今回たまたま本年度の日本芸術院賞という皇室の関わる賞をいただいたことによって皇居・宮殿でのお茶会に招かれました。そのお茶会の席で皇室の方々とどのような会話がなされたのかそのことをよく尋ねられます。しかしそれはあまり大きな意味のあることだとは思っていません。あのような場所での会話は儀礼的なものも含まれていますから、会話そのものによって互いの人格を推し測ることは難しい。

それよりひとりの写真家の眼に皇室の方々はどのように映ったかということ。ここですね肝は。

愛子さまは私の左斜め前に座られていた。

写真家というものは、特に女性を前にすると撮りたいか撮りたくないかという眼の欲求や判断が生じるものです。特に私の場合はよほど自分の感性にかなった人でないとシャッターを押さない。

ところが愛子さまには久しぶりにこの女性を撮ってみたいという衝動に駆られたんです。

7年前にパリコレのバックヤードで、他のたくさんのモデルとは異なった雰囲気を醸して隅っこの方に座っていた一人の女性を撮って以来のことです。遠くは引退後の三浦百恵さんですかね。撮り心を誘われたのは。

昨今の日本の若い女性は綺麗な人はずいぶん増えました。メイクも上手になったし、個性は出しているが、その皮膚の下はみな同じです。これは生まれた時から皆同じ膨大な情報の中で生きて来たわけですから致し方のないことです。

ただ愛子さまの場合は同じ二十代でありながら何かが違う。昨今の一般的な綺麗さの基準とは異なり、自然の一部というのですか、ちょうど卓の上にクチナシの白い花が生けられていましたが、それと同じような雰囲気を醸しておられた。

だいたい人は花の佇まいには負けますが、それと同じような佇まいでいるというのは大変なことなんです。その綺麗さに奥行きがあるんですね。

昔はそういう女性は居たように思いますが昨今はとんとお目にかかれなくなった。当然撮りたい衝動に駆られましたが撮影が叶わないことに、大切なものを撮り逃しているような残念な思いが生じたまま、後ろ髪を引かれるような思いで宮殿をあとにしました。

ところがその直後にあることが起こった。

夕刻の皇居を西門に向かって車がゆっくりと走っている時、その左手の車窓に一瞬よぎった風景に私の眼は釘付けになりました。

それは広大な皇居のあちこちにあるお濠のひとつでした。鬱蒼とした原始の森に抱かれた、そこには太古の山椒魚が住んでいるかのような静けさが漂っていました。のちにグーグルアースで見ると対岸まで200メートルくらいのようでしたが、私の目には何キロもあるように見えました。そのお濠が目の前をよぎったとき、なぜか今しがたお目にかかった愛子さまのあの顔(かんばせ)がそれと重なり合ったんです。

それと同時に10年ほど前、福岡県の玄界灘に浮かぶ沖ノ島に上陸した時のことを思い出しました。沖ノ島は一般の方は入島禁止の島であり、世界遺産にもなっているわけですが、私はこの沖ノ島で禁足の森という、人が入ってはならない森にはじめて入らせていただきました。

その原始の森が発散している空気感と、この東京のど真ん中にある森に囲まれたお濠が、全く同じような雰囲気を醸していることにたいへん驚いたわけです。

人というものはその置かれた環境を鏡のように映す動物です。10代から20代にかけての女性の場合は特にそうです。

つまり皆その環境を自分の身に刻一刻映しつつ生きている。

そこで車窓の向こうに過った皇居のお濠を見た時、30分前のお茶会での謎が一瞬にして解けたという思いが生じたんですね。

あの愛子さまのクチナシの花に似た奥深さというものは、この太古から続くようなお濠と森を擁した皇居の中で暮らされているからこそ、自ずと身についたものであるということです。ただしすべての人がそうとは限りません。愛子さまの場合、環境を我が身に映しとる才能がおありになるということです。そいう意味において巫女的と言えるかも知れません。

昨今渋谷や原宿の雑踏を歩いて無数の女性とすれ違っても、そういう雰囲気を醸している女性はほぼ皆無です。だからいささかショックを受けました。

■旧宮家の男系男子が皇室の一員になり得ない理由

そして今回たまたま皇室の方々とお会いする機会に恵まれたそれと軌を一にして、皇室典範改正の国民的な論議が巻き起こりました。

出会うことが本分の写真家にはよくこういうことが起こります。そして高市早苗首相は選挙後、国旗損壊罪や皇室典範改正といきなり右旋回のアクセルをいっぱいに踏みはじめました。特にこの4月に武道館で行った右派の集会とも言える昭和100年記念式典では臨席された天皇陛下のお言葉を一切封じ、自分のみが延々と演説を打つという前代未聞の不遜なことが起きました。そしてそのあとの皇室典範改正です。

その結果、愛子さまはお世継ぎの可能性から外された。

私個人は高市政権が今上天皇を排除しようとしているこの流れの先には、右派の悲願である憲法第9条改正があると思っています。その流れはこの戦争の世紀の中で、平和反戦という左派的お題目が空論になりつつあるということも表しています。

昭和天皇以降三代続いた現天皇の系譜はある意味で特異です。

太平洋戦争や原爆被災という大きなダメージは自ずと非戦、反戦、平和を命題とする皇室のお姿を生み出し、期せずして反戦平和を命題とする左派的テーゼと合致してしまった。

つまり戦後の天皇家は政治的発言を一切封じられた象徴天皇という立て付けな訳ですが、逆に非戦、反戦、平和というある意味で極めて大きな政治的発言をしているということになるわけです。

そういう意味で憲法改正を悲願とする自民右派には切り捨てるべき存在であり、その姿が昭和100年記念式典の異様な風景に現れ、そしてついに皇室典範改正によって昭和、平成から続く天皇の系譜を断ち切った、というそういうことだと個人的には思っています。

しかし、依然愛子さま人気というものが世の中にはあり、高市政権の支持率急落の原因のひとつが愛子さま外しにあることも明らかです。

政権はお世継ぎはタレントの人気投票ではないという極めて俗っぽい言い方で世の中の動向を揶揄(やゆ)しています。ただ民衆という大きな塊(マッス)となっている感覚を侮ってはいけない。

人々は実際の愛子さまを間近に見たわけではありませんが、日々メディアを通して接する愛子さまのお姿に何かを感じ取っており、それが愛子さまをお慕いする感性の塊になっているのです。

仏教用語に顔で施す、つまり「顔施(がんせ)」という言葉があります。

優れた仏像はその顔の施しを持っており、そのお顔を見ることで怒りや哀しみや荒んだ心がおさまる。

愛子さまはたまたまそのお育ちの環境によって顔施の力を自然と身につけられた方であり、それがこの戦争ばかりの荒んだ世の中でギスギスしている人の心を救い、それがお慕いする気持ちを誘発しているということであり、決してタレント人気のようなものではないということです。皇室のもうひとつの存在理由はここにあると思っています。

そんな中、旧宮家の人々を皇室に迎えるという案がありますが、仮に10億円の麻布台ヒルズのマンションで育ったからといって、あの皇居の悠久の自然が作り出す人の姿とは程遠く、おそらく顔施を持つような皇室の一員とはなり得ないことは自明です。

こんな言い方は申し訳ないが、政争に明け暮れる政治家の多くは写真家の眼から見ると人相が荒んでいる。私は戦後の80年を生き、その戦後の全ての政治家の顔を見てきていますが、悪貨が良貨を駆逐するかのように昨今ますます政治家の人相が悪くなっており、それは国民の最大の不幸のひとつです。

そんな顔施とは程遠い顔をした政治家たちが、太古の空気を身につけられた愛子さまを一刀両断に切り捨てる、その情景は笑うに笑えない滑稽な芝居を見ているようです。

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