更生保護の活動を訴えた法務省とNetflix恋愛リアリティショー『ラヴ上等』とのコラボに続き、今度は厚生労働省が、がん患者や家族への支援制度のPRを目的としたタイアップ企画の中止を発表しました。

 問題となったのは10月2日公開予定の映画『ママがもうこの世界にいなくても』をフィーチャーしたポスターです。
21歳でステージ4の大腸がんと診断された女性が亡くなる10日前まで書き続けた日記をもとにしたストーリーで、15~39歳の『AYA世代』への訴求力を期待してのコラボだったようです。

がん患者が通う病院にも掲示予定だったポスター

厚労省も映画タイアップ中止…法務省『ラヴ上等』に続く炎上。省...の画像はこちら >>
 8月19日に厚労省の公式Xでポスター画像が公開されると、SNSでは非難が殺到。「支援制度を広めるはずなのに亡くなる前提のストーリーとともに打ち出すべきではない」とか、「患者の家族が見たらどう思うかということへのデリカシーがなさすぎる」といった意見に共感が集まっていました。

 しかも、このポスターは都道府県がん診療連携拠点病院など、がん患者が日常的に利用する場所にも掲示される予定でした。

 こうした批判を受け、厚労省はタイアップ発表からわずか5日後にタイアップの中止を発表し、幕引きを図りました。

 さて、身体中にぎっしり刺青を入れた人や小指のない人を前面に押し出して人生のリスタートを訴えた法務省。そして、がんによって亡くなった実話の力を借りて支援制度の広報を試みた厚労省。

 いずれも、官公庁のプレゼンテーションに対して世論が強烈な「NO」を突きつけた格好です。

法務省と厚労省、どちらも見せ方に力が入りすぎた

厚労省も映画タイアップ中止…法務省『ラヴ上等』に続く炎上。省庁の“目立つ広報”が大失敗するワケ
8月21日に中止が発表された法務省と『ラヴ上等』のタイアップ企画のポスター(法務省HPより)
 もちろん、意図したメッセージまでもが否定されたわけではありません。しかしながら、法務省、厚労省、どちらも伝えたい事柄の中身よりも、外側の見せ方に力が入りすぎてしまったことで、このような反感を買ってしまったように感じます。

 まず、法務省の『ラヴ上等2』コラボは、明らかにビジュアルが勝ってしまう。そこが大きな問題でした。

 省庁の宣伝が注目を集めにくい事情はあるにせよ、そこにはある程度の手順を踏んで、言葉を尽くして、更生の意義や保護制度の価値を訴える必要があったのです。

 しかしながら、法務省は、そうした複雑で厄介な説明よりも、即時的なバズりを優先してしまいました。
そこには、言葉は後からついてくるという考えもあったかもしれません。

 それでも、世論は強烈なビジュアルへアレルギーを示したために、肝心のメッセージの本質にまでたどり着くことができませんでした。

 その意味で法務省の『ラヴ上等2』コラボは、拡散に大成功しながら、広報に大失敗したのです。

“わかりやすさ”が、本当に伝えたいことを押し流す

厚労省も映画タイアップ中止…法務省『ラヴ上等』に続く炎上。省庁の“目立つ広報”が大失敗するワケ
8月19日に発表されたポスター(厚労省 公式Xより)※現在は削除
 厚労省の『ママがもうこの世界にいなくても』とのキャンペーンも、これと同様の罠にハマってしまったと言えます。

 21歳でステージ4を宣告され亡くなってしまったという実話は、その世間に与えるインパクトにおいて『ラヴ上等2』の刺青や小指のないビジュアルに負けないほど強烈だからです。もちろん、札付きのワルと、不幸にも若くして重い病に襲われた人が同じだというのではありません。

 ただし、一目でわかりやすく、鮮烈で、瞬間的に人の心に刻み込まれるコンテンツだという点は共通するものがある。

 そして、そうした強さは、ときに受け手がその先にある意味を熟考する猶予を奪ってしまいます。本来、法務省や厚労省が伝えたかったはずのメッセージを、その圧倒的にわかりやすいビジュアルやストーリーが押し流してしまう。

 一連の騒動で、更生や保護制度やがん患者と家族の支援にもたどり着かずに終わってしまった理由です。

 そして、今回の炎上で一度立ち止まる必要も生まれました。

 そもそも省庁の広告って、そんなに面白かったり、美しかったりする必要はないんじゃない? と。


<文/石黒隆之>

【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
編集部おすすめ