沖縄・石垣島の森には、まるでキノコのようなな見た目の、光合成をしない奇妙な寄生植物「リュウキュウツチトリモチ」が生息している。
風のない暗い森の中で、自分では動くことのできないこの植物は、どうやって種子を遠く離れた場所へと運んでいるのだろうか。
神戸大学の研究者が、その答えを求めて森にカメラを仕掛けた結果、意外な生き物の姿がとらえられた。
大きな貝殻を背負って歩くヤドカリの仲間、「オオナキオカヤドカリ」が、リュウキュウツチトリモチの種子の運び屋の役目を担っていたのである。
この研究成果は国際学術誌『Ecology[https://doi.org/10.1002/ecy.70462]』(2026年8月11日付)に掲載された。
キノコのような姿をした光合成をしない寄生植物
沖縄県・石垣島の常緑林の地面には、一見するとキノコのように見える、奇妙な姿をした植物がひっそりと生えている。
その名は「リュウキュウツチトリモチ(学名:Balanophora fungosa)」。見た目は赤っぽいキノコを思わせるが、菌類ではなく、れっきとした被子植物である。
ただし、光合成を行わないため、周囲の植物の根に寄生してすべての栄養を得ている寄生植物(従属栄養植物)なのだ。
普段は地中で生活しており、繁殖期になると小さな花が集まった肉質の花序を地上に伸ばす。その姿は一見するとキノコそっくりだ。
そして花が終わると、わずか約0.3mmほどの非常に小さな果実を大量につける。その数はなんと、一つの株につき最大で100万個とも言われている。
これほど小さな実や種子なら、風に乗って飛んでいきそうだ。しかし、リュウキュウツチトリモチには、植物学者たちを長年悩ませてきた大きな謎があった。
暗く風通しの悪い林床(森の中の地面の上)で、この小さな果実や種子は、いったいどうやって親株から離れた場所へ運ばれているのだろうか。
リュウキュウツチトリモチはどうやって種子を散布しているのか?
この謎に挑んだのが、神戸大学大学院の末次健司教授[https://sites.google.com/site/suetsugujp/profile?authuser=0]である。末次教授は「寄生と共生」「生物多様性」「ナチュラルヒストリー」などをテーマに、植物や菌類、昆虫など、生物同士の関係を研究している研究者だ。
中でも、光合成をやめ、ほかの生物から栄養を得て生きる植物を主要な研究対象としており、これまでにもこうした植物の生きた種子を、カマドウマやゴキブリなどが運ぶ現象を明らかにしてきた。
さて、植物は自分で歩いて移動することができないため、次世代へ命をつなぐには、種子を親株から別の場所へ運んでもらう必要がある。
たとえば、鳥や哺乳類などに果実を食べてもらったり、風や水の力を借りて遠くまで運んでもらったりと、さまざまな方法が確認されている。
だが前述の通り、リュウキュウツチトリモチが生育する林床は、風通しが悪く、風による種子散布には適していない。
そこで末次教授は、リュウキュウツチトリモチは地表を動き回る小動物を、種子の運び屋として利用しているのではないかと考えた。
当初はアリが運び屋としての有力候補だった
当初、有力な候補のひとつとされたのはアリだった。
末次教授は以前の研究[https://esajournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/bes2.70055]で、外来種のアシナガキアリがリュウキュウツチトリモチを頻繁に訪れ、その受粉に重要な役割を果たしていることを明らかにしていた。
そこでこの仮説を確かめるため、教授は石垣島で野外調査を実施。まず、アリだけが通り抜けられる細かい防護ネットで、リュウキュウツチトリモチを覆ってみた。
もしアリが運び屋であるならば、ネットで覆っても果実は消えていくはずだった。しかし、実際には84~90%もの果実が残る結果になった。
さらに、リュウキュウツチトリモチのところにアシナガキアリがやって来る姿は確認されたものの、果実を持ち去る行動は観察されなかった。
つまり、アリは受粉には重要な役割を果たしているものの、今回の調査では主要な「種子の運び屋」ではなかったのだ。
カメラに映っていた意外な訪問者
では、いったい誰が種子を運んでいるのだろうか。その謎を追うため、末次教授はインターバルカメラを設置し、約90時間にわたって記録を続けた。
すると、果実を食べにやって来た意外な生き物がカメラに捉えられた。それが「オオナキオカヤドカリ(学名:Coenobita brevimanus)」だったのである。
オオナキオカヤドカリはオカヤドカリ科オカヤドカリ属の陸生甲殻類で、オカヤドカリ類の中でも大型の種だ。
腹部を巻貝の殻に収め、その貝殻を背負って陸上を移動する生き物であり、比較的海岸から離れた林床にも進出することがある。
末次教授が仕掛けたカメラには、オオナキオカヤドカリがそのハサミを使って、果実や肉質の組織を削り取るように食べる姿がはっきりと記録されていた。
複数の個体が1株に集まることもあり、中には一晩のうちに地上部の大部分が食べられてしまった株まであったという。
ゴキブリも一役買っていた?
この調査ではもう1種類、リュウキュウツチトリモチを活発に訪れる生き物が確認された。それが「コワモンゴキブリ[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AF%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%82%AD%E3%83%96%E3%83%AA](学名:Periplaneta australasiae)」である。
コワモンゴキブリはオオナキオカヤドカリよりも頻繁に、しかも主に幼虫の状態で、リュウキュウツチトリモチを訪れていた。
こうして、アリに代わってオオナキオカヤドカリとコワモンゴキブリという、意外な2種類の候補が浮かび上がったのだ。
では、これらの生き物たちは、本当にリュウキュウツチトリモチの種子を運んでいるのだろうか。単に果実を食べているだけ、ということはないだろうか。
2種類の散布方法で種子を運んでいたことが判明
末次教授は、リュウキュウツチトリモチの果実を食べていたオオナキオカヤドカリを捕らえ、今度はその体を詳しく調べてみた。
まず、果実を食べていたオオナキオカヤドカリのハサミや体表、さらに背負っている貝殻を洗浄すると、そこから多数の果実が回収された。
食事中のオオナキオカヤドカリには、平均で86個もの果実が付着していたのだ。
さらに決定的だったのは、リュウキュウツチトリモチの株から5m以上も離れた場所にいたオオナキオカヤドカリからも、果実が見つかったことだ。
食事中にくっついた小さな果実をハサミや体、貝殻に載せたまま森を歩き回ることで、親株から離れた場所まで運んでいたと考えられる。
だが、オオナキオカヤドカリによるリュウキュウツチトリモチの種子の運搬方法は、実はこれだけではなかったのだ。
末次教授が、果実を食べたオオナキオカヤドカリの糞を調べたところ、そこから多数の無傷の種子が発見されたのである。
もちろん、形が残っているだけでは種子の散布に役立つとは限らない。消化管を通る途中で種子が死んでしまえば、次の世代につながることはないからだ。
そこで今回の研究では、「TTC染色」と呼ばれる方法を使って、排出された種子の生存能力を調べてみることに。
これは生きた種子の代謝活性によって赤く染まる性質を利用し、生存能力の有無を判定する方法である。
その結果、オオナキオカヤドカリの消化管を通過した種子でも、約21%が生存能力を保っていることが確認された。
ちなみに植物から直接採取した種子では約45%、オオナキオカヤドカリの体表に付着していた種子では約40%が生存能力を示した。
つまりオオナキオカヤドカリは、果実を体や貝殻にくっつけて運ぶ「付着型」と、果実を食べ、消化されずに残った生きた種子を糞とともに排出する「被食型」という、2つの経路でリュウキュウツチトリモチの種子散布に関わっていたのである。
今回の研究は、オカヤドカリが植物の種子散布者として機能することを、世界で初めて実証したものとなった。
鳥や哺乳類のような目立つ種子散布者だけでなく、暗い森の地面を歩き回る無脊椎動物もまた、植物の世代を次の場所へつなぐ役割を果たしていたのである。
今回の研究では、オオナキオカヤドカリが運んだ種子が実際に発芽し、新しい個体へ成長するところまで確認したわけではない。
日本に生息するオカヤドカリ類は、国の天然記念物として保護されているが、一時はペットとしてブームとなり、その保護や保全活動も重視されている。
彼らの存在は、単に珍しい生き物というだけではない。少なくともオオナキオカヤドカリは、森の中を歩き回りながら植物の種子を運び、その世代をつなぐ役割を担っていたことが明らかになったのだ。
References: オカヤドカリは「光合成をやめた植物」の種子の運び屋さん!?[https://www.kobe-u.ac.jp/ja/news/article/20260811-68188/] / https://www.popsci.com/environment/hermit-crab-poop-spreads-parasitic-plant-seeds/[https://www.popsci.com/environment/hermit-crab-poop-spreads-parasitic-plant-seeds/]











