「いっぱい愛情をもらっていたのに…ごめんねと伝えたい…」
涙ながらに亡くなった2歳の娘へ、法廷で謝罪を繰り返した30歳の女。
1歳と2歳の年子を育てる女が産後うつや育児ストレスなどから、2歳の娘に手をかけた”ワンオペ育児の果ての事件”
「お願いだから寝て」
子育てをする親なら誰もが経験するありふれた日常で、なぜ事件は起きたのか。
決して他人事として切り捨てることのできない『母の孤独』が裁判で見えた。
(MBS司法担当 柳瀬良太)
『ママどうして、なんで…』なぜ最愛の娘の命を奪ったのか
大阪地裁503号法廷。
白いシャツに、髪を一つ結びにした女は、涙を流しながら何度も謝罪と後悔の言葉を口にした。
「娘は『ママどうして、なんで…』って思ったと思います」
「元気にママのところに来てくれたのに、こんなことになってごめんね」
「自分自身、何もできない母親だなと、何もできない妻だなと」
事件が起きたのは、2025年11月5日の午後5時頃。
大阪府池田市の集合住宅の一室で、女は2歳の長女がおとなしく昼寝に戻らないことなどにいら立ち、毛布で身体を押さえつけるなどの暴行を加え、窒息死させた。
「お願いだから寝て」
なぜ女は、最愛の娘の命を奪うまで追い詰められてしまったのか。
親の介護、借金、年子の育児……逃げ場のない現実
法廷で明かされた女の人生は、子どもへの愛情と家族のための自己犠牲に満ちていた。
高校を卒業した後、女は洋菓子店での勤務を経て、ショッピングモールなどにある「キッズランド」でアルバイトとして働き始めた。
「子どもと関わることが好き」という理由からだった。
しかし、実の母親が脳梗塞で倒れたことで日常は変わっていく。
母の治療費や生活費を支えるため「もう少しお金がないと厳しい」とキッズランドを辞めて転職したのだ。
弁護人:「なぜ転職したんですか?」
女:「キッズランドはアルバイトで勤務が削られることもあった」
「母が働くことがそもそも難しくなったので」
「母の治療費や母が働いていた時の光熱費などを払うことにもなったので」
自分のやりたいことよりも”家族のため”
そんな性格が皮肉にも結婚後の彼女を追い詰めていってしまう。
夫と結婚し、年子の長女と長男に恵まれたものの、待っていたのは息の詰まるような孤独な日々だった。
厳しい家計状況とすれ違う“無理解”の夫
夫の証人尋問で、女の置かれた状況が明らかになった。
夫は200万円ほどの借金を抱えていて、返済のために早朝の新聞配達と昼間の仕事を掛け持ちしていた。
睡眠を削って働く夫に頼ることはできず、1歳と2歳という手のかかる年子の育児は、ほとんど女に任せきりとなっていた。
検察官:「家事や育児の分担は?」
夫:「妻が家事全般をやっていたが、妻が体調悪い時は買い物をしていた」
検察官:「育児の分担は?」
夫:「おおまかな分担はなかったが、新聞配達をしているので」
「日中などは妻に任せっきり」
検察官:「事件前に様々な対策はできなかったのか?」
夫:「経済的な理由や、妻の体調や精神的なことを軽んじていた」
夫は1歳と2歳という手のかかる年子育児になった背景についても、「妻の負担を考えずに年子で子どもが欲しいと考えてしまった。自分自身が歳の離れたきょうだいばかりで、どう接していいかわからなかったから」と法廷で振り返っている。
家計は“火の車” さらに産後うつに生理前のPMSも…
さらに、家計はまさに「火の車」だった。
夫が掛け持ちで働いても経済的な余裕はなく、毎月の返済に追われ、女が自由に使えるお金は月にわずか2万円ほど。
保育園や一時預かりはお金がかかるのでできない。
「おむつとミルク代が一番きつい。でも削れない」
病院での聞き取りなどにはそんな女の本音が残っていた。女は産後うつに加え、生理前の気分の落ち込みや吐き気・腹痛といったPMS(月経前症候群)に苦しみながらも、自分の治療に行くことすらためらい、追い込まれていった。
女:「自分自身、何もできない母親だなと…何もできない妻だなと…」
「お金の問題もあり、月に2万のお小遣いで…なかなか行きたいけど行けない」
「心的にも限界で産婦人科にも行きたいと思った矢先だった」
弁護人:「お小遣いで治療しようとは思っていた?」
女:「子どもたちに買ってあげたいというものや、友人と遊ぶ時のお金も含まれていて、なかなか行こうと判断できなかった」
経済的な困窮、そして夫にも理解してもらえない状況。懸命に「良い母親」であろうとした女から、SOSを出すための「逃げ道」を完全に奪っていく。
事件前にはChatGPTに対し、「1歳 掴み食べなどでポイをしてイライラする」といった書き込みも残されていた。
誰にも助けを求められない”密室の孤独”だったのだ。
終わりのないワンオペ育児 『張り詰めた糸』が切れた瞬間
そして逃げ場のないワンルームで、事件が起きてしまう。
夫を早朝の新聞配達の仕事に送り出すため、午前2時ごろまで起きていた女。
PMSの症状も重なり、極度の睡眠不足に陥っていた。
夫が一度家に戻り、午前11時に再び仕事に出かけ、再びワンオペ育児が始まる。
思い通りに昼寝をしない子どもたち…
女は午後1時ごろには夫へ「イライラが止まらん…」などとメッセージを送信。
午後2時ごろ、ようやく子どもたちが昼寝を始め、女も眠りに落ちた。
しかし、わずか30分後、娘が目を覚まして遊び始めその声で長男も起きてしまう
「もう少し、寝ていたい」極限の疲労の中、娘は「ママいや」などとぐずり、女の手を叩いた。
「いい加減にしてよ」
『ギャー』という泣き声…娘を押し倒し、毛布で押さえつけた
その瞬間、怒りが爆発し、午後5時ごろ、女は座っていた娘を押し倒し、
全身を覆っていた毛布を両手で押さえつけた。
「当時は寝かせるという一心で、考えられていなかった」
ギャーという泣き声でハッと我に返った女は、逃げるようにキッチンのドアを閉め、耳を塞いだ。
数分後、静かになった部屋に戻ると、娘は仰向けのまま顔を横に向けていた。
仰向けになった娘の異変に気づくことなく、いつものように育児アプリを開いて「寝た」と記録をつけた。
その直後、唇を紫色にした我が子を見てパニックに陥り、119番通報をした。
几帳面に育児記録をつける、どこにでもいる真面目な母親は、壁の薄いワンルームで静かに心を壊し、最愛の我が子の命を奪ってしまった。
「話しても共感してもらえない」密室で深まっていた孤独
弁護人:「今回、このようなことになった原因について?」
女:「私自身、主人や周りに深いところの悩みが話せていなかった」
「育児の悩みや自分自身の身体の悩みを主人や周りに話せていなかった」
「ストレスが発散できていなかったのが原因」
弁護人:「話しているけど、なかなかわかってもらえない?」
女:「話はするけど、なかなか共感してもらえない。私自身 主人にもこんなこと思っていたんだとわかってもらいたかった」
そして法廷で、女は弁護人の問いかけに、涙ながらに答えていく。
女:「今思うと、娘はとても苦しんだと思います…」
弁護人:「大好きなお母さんに苦しめられた」
女:「娘の中で『ママどうして…なんで』ってなったと思います…」
弁護人:「わずか2年間で人生を終えないといけなかった娘に思うことは?」
女:「娘は1歳1カ月でお姉ちゃんになりいろいろ我慢させることもあった」
「ほっぺにチュッとしてくれたり…」
「私が泣いている時によしよししてくれる、すごく優しい子でした」
「そんな娘の命を…奪ってしまう形になって本当に申し訳ない…」
「毎日、娘との時間をつくればよかったなと」
「娘から愛情をいっぱいもらっていたのにこんなことになってしまって…」
「『ごめんね』と伝えたい…」
検察は論告で以下のように厳しく指摘した。
「娘が手を叩いたなどの事情は、イヤイヤ期にあり得るもの、一切落ち度はない」「大好きな母親から暴行を受けた悲しみや絶望感、あまりに短い生涯を終えることとなった無念さは筆舌に尽くしがたい」
「いらだちが我慢できなかったのだとしても、犯行直前に夫に相談するなどの行動を取ることもできたはず」
「そもそも必ず寝かせなければならない事情はなかった」
「一緒に3歳の誕生日を迎えるはずだった」 決して消えない自責の念
最終陳述で、証言台の前に立った女は、娘を思い言葉を詰まらせた。
「あの日、寝不足とPMSによる自分自身の不調で冷静に判断することができませんでした。
娘がこんなことになってしまったこと自体、すごく反省の意思と毎日のように後悔が絶えません。
本来であれば、一緒に3歳の誕生日を迎えるはずだったのに…迎えられなかったこと。
娘の無念を考えるとすごく胸が張り裂けそうで、気持ちがいっぱいです。8か月経った今でも自責の念は消えません…」
「被告ばかり責めるのはためらわれる」裁判長の指摘
大阪地裁(伊藤寛樹裁判長)は7月10日の判決で、女の犯行を次のように断じた。
「娘はわずか2歳で、母親からの仕打ちによって命を奪われた。娘の側に見合う落ち度があるとは考えられず、不憫でならない。その生命が失われた重みを直視し、銘記することが求められる」
一方で、「産後うつの診断を受けていて、育児の悩みを夫や保健師に相談していたが悩みは解消されず、育児に関する孤独感や自責の念を抱えていたとうかがわれる」「ワンルームを拠点とする生活空間にこもりがちで、子育ての息抜きもままならず、世帯の生活音が周囲の迷惑になっていないかと不安に思うこともあった。
本件の経緯には、被告人ばかりを責めるのがためらわれ、むしろ、酌量すべきであると感じるものが多い」とも指摘。
女が治療を始めて、娘の冥福を祈り、夫も自己破産など生活環境の改善を誓っているなどとして、
女に拘禁刑3年・保護観察付き執行猶予5年を言い渡した。
その後、弁護側・検察側の双方が控訴せず、判決は確定した。
取材後記
法廷に現れた女は、決して特別な「身勝手な親」などではなく、スーパーや公園ですれ違うような、どこにでもいる”普通の母親”でした。
「私が泣いていると、よしよししてくれる優しい娘だった」
涙ながらに語られたその言葉は胸に深く突き刺さりました。
大好きだったはずの娘の命を奪うまで、なぜ女は一人で抱え込まなければならなかったのでしょうか。
「被告人ばかりを責めるのはためらわれる」
この司法からの重い言葉は、孤独な親たちを孤立させている私たち「社会全体」に向けられた問いかけでもあります。
現代のワンオペ育児が抱える孤独の深さ。
壁の向こうの泣き声や、助けを求める小さなサインに気づける社会であれるか。
失われた小さな命が、私たちにそう問いかけている気がしてなりません。
(MBS司法担当 柳瀬良太)

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