米動画配信大手、ネットフリックスの韓国ドラマ「鉄槌教師」(全10話、原題「真の教育)」)が、テレビ非英語部門で6月末まで4週連続で視聴数1位を記録するなど世界各国で大きな人気を得ている。単にドラマとしての人気だけでなく、台湾では教師の権益を保護する特別法制定の声が上がるなど教育の在り方をめぐる論議にもなり、話題を集めている。

 ドラマは架空の政府機関「教権保護局」から派遣された元特殊部隊出身の監督官たちが、教育現場の様々な問題を次々に解決していく勧善懲悪の痛快物語だ。

 ドラマでは、残虐ないじめ、学校内暴力組織、政治家子弟の権勢、高校生インフルエンサー、ネット賭博、モンスター保護者の横暴など、学校教育が抱えている問題が次々に登場し、スーパーマンのような監督官がそれに鉄槌を下して解決していくというストーリーだ。

 一貫したテーマは「崩壊した教権の復活」だ。「教権」という言葉は、日本ではあまりなじみがないが、韓国ではよく使われる。「教権」とは「教師が教育活動を行う権利」というような意味のようだ。

 このドラマを見ながら思い出したのはクォン・サンウ主演で2004年に公開された映画「マルチュク青春通り」だ。軍事政権時代の1978年の高校の現実を描いたものだ。この映画が人気を得たのは1970年代から80年代初めまでの学園の現実をリアルに描いていたためだ。当時は国家に服従する人間をつくるために軍隊式の教育が容認された時代で、「教権」は確立していた。しかし、教師による体罰で、生徒の被害が後を絶たなかった時代だ。映画の原題が「マルチュク通り残酷史」であるゆえんだ。映画に登場する不良学生も教師の体罰に耐えるしかなかった時代だ。

 だが、韓国社会の民主化の流れの中で、体罰は禁止され、児童虐待行為に心理的な虐待も含まれるようになった。

 韓国の教育現場は、「マルチュク青春通り」の時代には教師は絶対的な存在であり、教権は国家により保護を受け、むしろ弊害が目立った。だが、歳月を経て、ドラマ「鉄槌教師」では、教師はモンスター化した保護者や生徒に存在を脅かされている。さらにSNSなど教育を取り巻く複雑な環境の中で教権は危機にあるという正反対の状況にあると言ってよい。

 「鉄槌教師」の原題が「真の教育」ということも興味深い。

 韓国で「真の教育」という言葉は、1989年にスタートした全国教職員労働組合(全教組)が掲げたスローガンだった。全教組は教師の労働運動を組織しながら、入試中心の競争主義に反対し、生徒を人間として尊重する「真の教育」を主張した。

 しかし、ドラマ「鉄槌教師」の原題の「真の教育」の意味はこれとは異なる。教師の教育活動を妨げる保護者や生徒、社会環境を排除することで「真の教育」を作りだそうというものだ。

 「鉄槌教師」の大ヒットの理由は、教育現場の問題点をリアルに描き出しながら、スーパーマンのような監督官の非現実的な鉄槌で問題を解決するという痛快感にあるようだ。だが、現実の教育現場の問題解決はそうはいかない。現実の「真の教育」の実現への道は遠く、険しい。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.27からの転載】

平井久志(ひらい・ひさし) 共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞、朝鮮問題報道でボーン・上田賞を受賞。著書に「ソウル打令 反日と嫌韓の谷間で」(徳間文庫)、「北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ」(岩波現代文庫)など。

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