50歳以降の人生を穏やかに過ごすにはどうすれば良いのか。元外務省主任分析官で作家の佐藤優さんは「人間関係を整理することは冷酷ではない。
自分の時間や精神状態を安定させるための、極めて合理的な『防御の戦略』だ」という――。
※本稿は、佐藤優『五十歳からの知的撤退戦』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。
■「人間関係を切る」ことに罪悪感はいらない
人生後半において、私が最も重要だと考えている技術の一つは、「人との関係を切る技術」です。これは冷酷さではありません。むしろ、生き延びるための必須条件です。現役時代、私は多くの人間と関係を持たざるを得ませんでした。
上司、部下、政治家、記者。そこでは「好き嫌い」は許されず、関係維持そのものが仕事になります。しかし、この構造は定年とともに消滅します。それにもかかわらず、多くの人は同じ関係を維持し続けようとする。
ここに問題があります。人生後半では、「関係を維持する理由」そのものが消えているのです。
私は「反(そ)りの合わない人は絶対にオミットすべきだ」と考えます。この言葉は一見過激に思えるかもしれませんが、極めて合理的です。
なぜなら、人生後半において最も貴重な資源は「時間」と「精神力」だからです。嫌な人と過ごす時間は、そのまま資源の損失になります。若い頃であれば、その損失は回収可能です。しかし後半では回収できません。したがって、関係は意識的に選別する必要があります。
ここで重要なのは基準です。それは単純で構いません。「一度会って不快なら、二度目は会わない」。私はこの原則で人間関係を整理しています。このルールを徹底するだけで、人生は驚くほど軽くなります。
多くの人は「人間関係を切ること」に罪悪感を抱きますが、その罪悪感は社会的に作られた幻想にすぎません。
■会話・気遣いはすべて労働と同等の負荷
そもそも、すべての人と良好な関係を維持することなど不可能です。それよりも重要なのは、「誰と時間を使うか」を自分で決めることです。人生後半は、「加える」より「削る」方が価値を持ちます。そして、人間関係こそが、最も削減効果の大きい領域なのです。
この表現は乱暴に思えるかもしれません。しかし、私はあえてこの言い方を選びます。なぜなら、実態として極めて正確だからです。人と会うという行為は、必ずエネルギーを消費します。会話、表情、相手への気遣い。これらはすべて無意識の労働です。しかも厄介なのは、自分ではそれを労働だと認識していない点にあります。

現役時代であれば、この負荷は「仕事」として処理されます。しかし人生後半においては、この前提が崩れます。不要な対人関係は、単なる消耗に変わるのです。コロナ禍で多くの人が気づいたのは、この事実でした。リモートワークが広がり、人と会う頻度が減ったとき、意外にも「楽になった」と感じる人が少なくなかった。これは偶然ではありません。
それまでの人間関係が、必要以上に膨張していたことを意味しています。言い換えれば、多くの人は「会わなくてもよい人」に時間とエネルギーを費やしていたのです。ここで私は一つの仮説を提示したいと思います。人間関係のかなりの部分は、「慣習」によって維持されているにすぎないのではないか。飲み会、会食、義理の付き合い。
■「会うこと=善」という当たり前を疑うべき
これらは本当に必要だから続いていたのではなく、やめる理由がなかったから続いていただけです。
コロナ禍はその慣習を強制的に断ち切りました。
その結果、私たちは初めて気づいたのです。「なくても困らない関係」がいかに多かったかということに。したがって重要なのは、「会うこと=善」という前提を疑うことです。私はここをはっきりさせておきたい。会うこと自体に価値はありません。価値があるのは、「誰と会うか」です。
この基準を導入すると、行動は劇的に変わります。無意味な会食は減り、形式的な付き合いは消え、本当に必要な関係だけが残る。その結果、精神的な負担は驚くほど軽減されます。さらに言えば、「会う」という行為は時間を占有します。移動時間も含めれば、数時間単位で奪われる。
人生後半において、このコストは決して軽視できません。
限られた時間を誰に渡すのか。この意識を持たなければ、時間は簡単に他者に収奪されます。人生後半において、対人関係は「量」ではなく「精度」です。人と会うことはコストである。この前提を持つことが、余計な消耗を防ぎ、自分の時間と精神を守るための最も確実な方法なのです。
■コロナ禍が変えた人間関係の常識
コロナ禍は多くのものを破壊しました。しかし同時に、見えなかった構造を可視化しました。その一つが人間関係です。パンデミック以前、私たちは当然のように会い、集まり、交流していました。しかしその多くは、本当に必要なものではなかったのです。それが一斉に停止したとき、多くの人が気づきました。

「なくても困らない関係」が大量に存在していたことに。この気づきは決定的です。なぜなら、それまでの人間関係の大半が「慣習」によって維持されていたことを意味するからです。飲み会、会食、挨拶回り。これらは合理的に選ばれたものではなく、単に惰性で続いていたにすぎません。コロナ禍はそれを強制的にリセットしました。そして残ったのは、本当に必要な関係だけでした。
ここで私は強調したい。この経験をどう扱うかが重要なのです。元に戻すのか、それとも再設計するのか。人生後半においては、迷う余地はありません。後者を選ぶべきです。すべての関係を復活させる必要はありません。むしろ、減らすべきです。関係とは増やすものではなく、選び直すものだからです。
コロナ禍は不幸な出来事でしたが、同時に一つの機会でもありました。人間関係を見直し、不要な結びつきを切り、本当に必要な関係だけを残す機会です。この機会を無視すれば、私たちは再び同じ過剰な関係に引き戻されるだけです。
■立場、権力、利害を失えば関係は消滅する
人生後半に入ると、人間関係のあり方は根本から変わります。ここで問われるのは「総量」ではなく「純度」です。現役時代は人脈を資産と考えがちです。名刺の数、知り合いの数、SNSのフォロワー数。これらは一見すると豊かさの指標のように見えます。
しかし、この基準は人生後半では機能しません。むしろ逆です。人間関係が多すぎること自体がリスクになります。なぜなら、その大半は「条件付きの関係」だからです。立場、権力、利害――これらのいずれかが消えた瞬間に、関係も同時に消滅します。実際、私自身も社会的地位を失ったとき、1000人規模の記者たちとの関係がほぼ消え、最後まで残ったのは数人にすぎませんでした。
これは例外ではありません。むしろ、人間関係の本質を端的に示す事例です。では、何が「本当の友人」なのでしょうか。答えは明確です。不利益な状況でも離れない人間です。この基準は厳しいものですが、現実的です。ロシアやイスラエルでは「友人」という言葉の重みが非常に大きく、軽々しく使われません。
■友人の数は「3人」で十分
その結果、「真の友人は少数でいい」という感覚が自然に成立しています。この視点を導入すると、人間関係の見え方は一変します。数を増やす必要はない。むしろ削る必要がある。人生後半とは、関係を広げる時期ではなく、濾過する時期なので。そう考えると、真に友人と言える存在は3人程度で十分ではないでしょうか。
ここで必要になるのが、繰り返しになりますが、「人を切る技術」です。これは冷酷さではありません。むしろ、生き延びるための必須条件です。現役時代の人間関係には、多くの場合「役割」が介在しています。会社員であれば部署や取引先との関係、地域社会であれば肩書や立場による付き合いが存在し、それを維持すること自体が社会的機能の一部になっています。
つまり、個人として好きか嫌いか以前に、「関係を維持する必要」があったのです。しかし、人生後半になると、この前提は大きく変わります。役職や組織によって結びついていた関係は徐々に薄れ、「なぜその人と会うのか」という理由そのものが問われるようになります。
■不要な気疲れで時間を消耗してはいけない
にもかかわらず、多くの人は現役時代の延長線上で人間関係を抱え込み続けます。その結果、不要な気疲れや義務感に時間を消耗してしまうのです。
人生後半において重要なのは、人脈の量ではありません。むしろ、「自分の精神状態を安定させる関係」をどれだけ残せるかです。会った後に疲弊する相手、無意味な競争心を刺激してくる相手、過去の立場に執着したまま接してくる相手とは、意識的に距離を置いたほうがよい。
限られた時間と体力を、防御的に運用する必要があるからです。ここで必要なのは、「すべての縁を大切にしなければならない」という発想から離れることです。人間関係は本来、固定資産ではありません。時期や環境によって自然に役割を終えるものです。
にもかかわらず、日本社会では「切らないこと」が美徳として語られやすい。しかし実際には、関係を整理しなければ、新しい余白は生まれません。人生後半では、「誰と付き合うか」は、そのまま「どう生きるか」に直結します。人間関係の整理とは冷酷さではなく、残された時間を守るための戦略なのです。

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佐藤 優(さとう・まさる)

作家・元外務省主任分析官

1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で国策捜査の裏側を綴り、第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。

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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)
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