■トランプの根底にある日米同盟への不満
――米中首脳会談後に、アメリカは台湾への武器輸出を一時停止すると発表するなど、台湾有事へどの程度関与するつもりなのか、かなり心配な情勢です。日本も他人ごとではありません。
【千々和】一言で言えば、日本は安全保障における自主性や主体性を高めていくほかありません。そもそもトランプ大統領は第1次政権で大統領に就任した時から、日米同盟に関する不満を述べていました。「アメリカが戦っている時に、日本はソニーのテレビで観戦しているだけだ」などと言っていましたし、2025年3月にも「アメリカは日本を守らなければならないが、日本はアメリカを守らない」と述べています。トランプ大統領の根底には、日米同盟は片務的なものだという思いがあるのでしょう。
日米同盟に限らず、トランプ大統領は「NATOなど同盟国はいいようにアメリカを利用してきた」と考えています。ロシア・ウクライナ戦争についても「つまるところ、これは欧州の問題だ」と考えている節があり、ロシア寄りとも見えるトランプ大統領の姿勢の背景にも、こうした同盟不信があるのではないでしょうか。
■日本がとるべきスタンス
日米安保に関して言えば、日米は戦後80年にわたり対等性や双務性について議論し、深化してきた歴史があります。しかしトランプ大統領がこうした日米安保の歴史を丁寧に理解しているとは思えません。
近年でも日本は集団的自衛権行使容認を閣議決定し、平和安全法制を制定しています。さらに防衛費もGDPの2%まで引き上げるなど、日本自身の防衛努力も行っている。このことをもっとアピールしなければならないのですが、なかなかうまく伝わっていません。
だからこそトランプ大統領は単純に「アメリカは日本を守るが、日本はアメリカを守らない」、つまり双務性、ひいては互恵性がないと考えているのでしょうし、この認識を変えるのは困難です。
さらにこの理解を進めるためには日米同盟の互恵性やアメリカの対アジア戦略の要であることを主張するとともに、やはり日本の自主性、主体性を発揮するほかありません。
それがあって初めてアメリカも「日本がここまで努力しているなら支援しよう」となるわけですから、2026年中と言われている安保3文書の改訂でも、さらにこうした方向性の見直しが必要になるのではないでしょうか。
■国際法と国際政治に挟まれた高市首相
――高市・トランプの日米関係をどうご覧になっていますか。
【千々和】トランプ大統領は特異なキャラクターですから、付き合うのは大変です。高市総理の訪米はイラン攻撃直後でしたが、アメリカが国際法違反を疑われる攻撃を行ったことに対しては最大限慎重な立場を取りながら、一方でトランプ大統領とは正面から対決せずに日米関係を良好な状態に保つというミッションをこなした点は評価できるのではないかと思います。
国際法を順守すべき立場からすれば、「なぜロシアは非難して、アメリカにはだんまりなのか。ダブルスタンダードではないのか」という声が上がるのも無理はないとは思います。
確かにそうなのですが、もう一方には国際政治の現実もあり、日本の安全保障をアメリカに頼っている面がある以上、不必要にアメリカを刺激して日本の側から摩擦を引き起こすのが得策かどうかは考える必要があるでしょう。
頭ごなしに国際法違反を指摘してトランプ大統領を怒らせるよりも、日本にとって望ましい状況に誘導することの方が重要なのではないかと思います。
■良好な日韓関係の背景
――日韓関係も劇的に変わっています。
【千々和】『日米同盟の地政学』(新潮選書)にも書きましたが、日米同盟と米韓同盟は別々に存在しているのではなく、極東地域の安定を図るという一つの機能の中に位置づけられるものです。アメリカが極東に影響力を行使している状態が大前提となりますが、その体制を補完するためには日韓の協力が必要不可欠です。
李在明大統領は革新政権であり、もともとはかなり強烈な反日姿勢を取ってきました。一方の高市政権は保守政権で、本来であれば相性の悪い組み合わせなのですが、2026年1月の李大統領の奈良訪問、そして5月の高市総理の訪韓時には、非常に良い関係性をアピールしています。
これは2023年8月の岸田総理、尹錫悦大統領、そしてバイデン大統領という日韓米の首脳が揃って3カ国の連携強化で合意した「キャンプ・デービッド原則」の精神を、ある意味では引き継いでいると言えるでしょう。
李政権の支持層には反日的な人たちも多いはずですが、それを抑えてでも日本との関係を深める姿勢を取っています。一方の高市政権の支持層にも嫌韓的な人がいるかもしれませんが、それでもあえて韓国と手を組む。台湾有事にしても、日本は台湾と中国との関係で見ていますが、韓国にとっても大きな影響がある。こうした状況下では、日韓も協力せざるを得ないという地政学的な現実が、非常にはっきりしてきているのだと思います。
■日本が対中国の最前線になる
――戦前の日本は、台湾や朝鮮半島が地政学的な要衝地であるとしてグリップを効かせる必要があると考えました。
【千々和】戦後のアジアの冷戦にしてもここが発火点でした。戦後まもなくは、アメリカは日本とフィリピンを内側とするいわゆる「アチソンライン」を引き、この内側について防衛責任を負うとしていました。そのため、韓国と台湾はその外側にあったのですが、朝鮮戦争が起きたために最前線が38度線に移り、さらにアメリカが台湾海峡に第7艦隊を派遣したことで、朝鮮半島と台湾がアメリカの防衛ラインの内側に入ることになりました。
これは冷戦終結後も変わることなく、いわば朝鮮半島と台湾が、アメリカが影響力を行使する範囲の最前線になっていたのです。韓国は在韓米軍基地を持ち、台湾には台湾関係法を制定して武器を供与する。その背後に在日米軍基地があり、最前線を支えているという格好になっていました。
もしアメリカが台湾を守らないということになれば、アメリカの防衛責任はアチソンラインまで後退する可能性があります。韓国についても後退するかは分かりませんが、少なくとも中国正面に関して、仮に台湾がアメリカの防衛責任の外側になるということであれば、今度は日本自身が最前線になる。このことを重々考えなければなりません。
■「アメリカの戦争に巻き込まれる」の誤り
――日本でも台湾有事への関心は高まっていますが、有事を抑止するための備えの必要性が「中国を挑発している」と捉えられたり、「アメリカの戦争に巻き込まれたくないから戦争の準備などやめるべきだ」という理由で反発を受けてもいます。
【千々和】あるいは「日本が軍国主義化する、日本が戦争を起こすのを止める」という議論ですよね。
また、日米関係における「アメリカの戦争に巻き込まれる」ことへの危惧は以前からありますが、現在のアメリカはむしろ「台湾は日本のご近所で、有事が起きたらまずは日本の問題なのだから、自分たちで何とか出来るようにしておくべきだ」と言いかねない状況です。そのため、ヨーロッパでもアジアでもアメリカの同盟国が気を揉んでいるのはアメリカが地域から退いていくのではないか、という点です。
また、現状変更を企図しているのは明らかに中国やロシアです。イランに対してはアメリカも攻撃的な姿勢を取りましたが、少なくともアジアにおいてアメリカが中国相手に先制攻撃を加えることはあり得ない。アメリカと日本が取っているのはあくまでも防御的な姿勢であり、いわば抑止を行っているわけです。
■台湾危機を見過ごすことが平和主義なのか
このあたりの理解も進んでいない面がありますが、振り返れば30年前に自衛隊がPKOで海外に派遣されるとなった際にも「日本が軍国主義化する」「地球の裏側まで戦争をしに行く」という反対の声がありました。
1997年に日米ガイドラインを改定した際も、1999年に周辺事態法が、2015年に安保法制ができたときも、同様に「日本が軍国主義化する」と言われていました。で、現状はどうなっているか。
何か新しい動きがあるたびに反対派は「軍国主義化」を持ち出して来ましたが、結局日本は軍国主義になったのでしょうか。
――高市総理の存立危機事態発言以降、中国は日本を「ネオ軍国主義」などと名指ししています。
【千々和】現状変更を企図しているのは明らかに中国の方で、硫黄島の東まで空母を派遣し、領空侵犯も繰り返しています。さらには台湾という、国ではないかもしれないけれども民主主義を確立して総統を選挙で選んでいる共同体に対し、武力による侵攻をも辞さないと公言しているのが中国です。これを見過ごすことが平和主義なのでしょうか。
■「戦争反対」が戦争を助長する皮肉
中国から見れば、集団的自衛権行使違憲論や、日本の防衛力強化を軍国主義化と見なすような論調は、まさに「付け入りやすい部分」になります。
中国は日本国内の反米主義や反基地運動を利用して自国に有利な状況を作り出そうとするでしょうし、中国がいざ台湾への侵攻を開始するとなれば、日本からは「台湾のために日本が危険にさらされる必要はない」「すぐに白旗を上げて人命を守るべきだ」との声も上がるでしょう。
こうした声は「戦争反対」の思いから生じているものだとは思いますが、結果的に中国の現状変更に手を貸すことになり、中国を利することになります。自分たちの議論が、中国からどのように見られているかということも意識しなければ、かえって戦争を助長することにもなりかねません。
現状ではアメリカのコミットメントに疑念が生じていること、またアメリカ自身が国際秩序や国際法を軽視していることは事実ですが、だからと言って「もうアメリカとの付き合いはこれまでだ」と言って離反してしまえば、地域の安定をはかるのはより困難になります。何とかアメリカをこの地域に関与させておく必要がありますし、そのために日本自身が主体性と自主性をもって責任を果たす姿勢を見せなければなりません。
■習近平が持ち出した「ツキディデスの罠」
――先の米中首脳会談で、習近平主席は「ツキディデスの罠」を持ち出したと報じられていますが、どういう意図があるのでしょうか。
【千々和】「ツキディデスの罠」は古代のスパルタとアテナイの戦いにおいて、アテナイの台頭をスパルタが恐れたためにペロポネソス戦争が起きたというツキディデスの『戦史』の指摘に基づくものです。
習近平はこの話を何度も引用しているようなのですが、これは中国側から見れば「アメリカが弱ってきて中国が台頭してきた際に、アメリカが覇権交代を恐れると中国との間で戦争を起こしかねない。だから戦争にならないように、アメリカは何もしない方がいいですよ」というメッセージを警告していると見るべきでしょう。
「覇権国と挑戦国の間で戦争にならないようにするためには、挑戦国の現状変更にも目をつぶった方がいい」という形の、中国にとって都合のいいロジックとして利用されかねないことに注意が必要です。
あくまでも日米が求めているのは現状維持であり、力による現状変更は許さないと言っているのだということ。加えて日本は軍国主義化しているのではなく、あくまでも抑止の姿勢を取っているのだということは、繰り返し国内外で説明する必要があります。
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梶原 麻衣子(かじわら・まいこ)
ライター・編集者
1980年埼玉県生まれ、中央大学卒業。IT企業勤務の後、月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経て現在はフリー。雑誌やウェブサイトへの寄稿のほか、書籍編集などを手掛ける。
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千々和 泰明(ちぢわ・やすあき)
日本大学国際関係学部准教授
1978年生まれ、福岡県出身。広島大学法学部卒業。大阪大学大学院国際公共政策研究科博士課程修了。博士(国際公共政策)。防衛省防衛研究所教官、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)付主査、防衛研究所主任研究官、同研究所国際紛争史研究室長などを経て、26年より現職。
専門は防衛政策史、戦争終結論。主な著書に『安全保障と防衛力の戦後史 1971~2010』(千倉書房、猪木正道賞正賞)、『戦争はいかに終結したか』(中公新書、石橋湛山賞)、『戦後日本の安全保障』(中公新書)、『日米同盟の地政学』(新潮選書)、『誰が日本を降伏させたか』(PHP新書)などがある。
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(ライター・編集者 梶原 麻衣子、日本大学国際関係学部准教授 千々和 泰明)

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