※本稿は堀田秀吾『疲れ切った人のための勉強法』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。
■「読む」か「聞く」か、理解度はほぼ同じ
忙しくてまとまった時間が取れない。あるいは、疲れて目も手も動かしたくない状態でも、耳はまだかなり自由だったり働けたりします。もし、耳から入る情報だけである程度学習できるなら、やってみるのも手です。
ペンシルヴァニア・ブルームズバーグ大学のロゴウスキーらは、大学生を対象に、ノンフィクション書籍の序文と1章分を「電子書籍で読む」「オーディオブックで聴く」「読みながら同時に聴く」という3つのグループに分けて、すべての参加者に同じ理解テストを受けてもらい、すぐあとの成績と、2週間後の成績を比べました。結果、どの時点でも3つのグループの成績に統計的な有意差は見つかりませんでした。
つまり、きちんと聴けば、読むのと同じくらい内容を理解できていたということです。
この結果は、私たちの日常感覚とも重なります。
たとえば、ラジオのトーク番組やポッドキャストを聴いていて、「さっきの話、けっこう細かいところまで覚えているな」と感じた経験があるのでは? また、道順の説明やレシピの紹介を耳だけで聴いても、案外ちゃんと再現できたりします。ロゴウスキーらの研究は、そうした感覚を学術研究の立場からきちんと確かめたものです。
さらに、ノースダコタ大学のクリントン=リセルは、読む場合と聴く場合の理解度に関するいろいろな研究を比較しました。
46件の研究、合計4000人以上のデータを集めて分析したところ、全体として、読むほうが少しだけ有利という程度で、ほとんど差がないという結果になりました。
■自分のペースでインプットできるかが大事
読みのほうが有利になりやすいのは、読むときは自分のペースで戻ったり止まったりできるのに対して、聴くときは音声のペースに合わせざるをえない場面が多いからだと考えられています。
ここから分かるのは、「文字か音声か」という形式そのものよりも、「どれだけ集中して内容を追えたか」「自分のペースで調整できたか」といった条件のほうが、重要だということです。
逆に言えば、通勤電車の中でポッドキャストを聴く、家事をしながら講義音声を流すといった場面でも、あまり高度なながら作業になりすぎなければ、しっかり学びの時間として機能しうるということでもあります。
■体力がない日は「耳だけモード」で
もちろん、細かい図表を見比べるような学習や、数式を追うような場面では、文字情報のほうが向いていることも多いです。
ただ、「疲れていて、どうしても紙の本を開く気力が出ない日」に限定するなら、オーディオ学習はかなり頼もしい味方になります。ソファで横になったまま目を閉じていても、耳から入った言葉は、きちんと脳の理解システムに届いてくれます。
一日の終わり、スマホを手にだらだらと動画を眺めている時間を少しだけ音声コンテンツに置き換えてみる。
それだけで、「今日は何もできなかった」という自己嫌悪が、「今日は聴くだけ勉強を1コマこなした」に変わります。
この差は、小さく見えて、日々の自己肯定感にはかなり大きく響きます。
完璧な学習環境が整ったときだけ勉強しようとするのではなく、体力がない日のための「耳だけモード」を自分の中の正式なメニューとして認めてしまうのもいいでしょう。読む余力がない日も、耳はちゃんと働いてくれます。
その事実を知っているだけで、学びの扉はずっと開きやすくなります。
■「ながら聞き」でも学習効率は落ちない
朝の満員電車の中で、窓の外の景色も見えないし、本を広げる余裕もない。それでも耳だけは、まだ元気に動いている。通勤、家事、散歩などのながら時間は、実はかなり秀逸な学びの時間になりえます。
ポッドキャスト学習の研究は、医師の世界から一気に広がりました。
ラッシュ大学医療センターのゴットリーブらは、救急医療を学ぶ医師を対象に、通勤中の車の運転をしながらポッドキャストを聴く場合と、静かな部屋で座って聴く場合を比べました。どちらも同じ30分間の教育用ポッドキャストを聴いたあとにテストを受けてもらい、その場での理解度と、1カ月後の覚え具合を調べたのです。
その結果、運転しながら聴いたグループと、座って聴いたグループの間で、知識の獲得や保持に大きな差は見られませんでした。運転中だからといって、学びが極端に薄くなってしまうわけではなかったのです。
また、ゴットリーブらは、今度は「運動しながらポッドキャストを聴く」場合も調べました。有酸素運動マシンで30分間体を動かしながら聴く条件と、イスに座って聴く条件を比較し、聴いたあとすぐと30日後のテスト成績を確認しました。
その結果も、運動しながら聴いた場合と座って聴いた場合で、成績に目立った違いはほとんど見られませんでした。
■運転と学習を上手に両立させる脳
マクマスター大学のジャッバリらは、さらに一歩進めて、運転シミュレーターを使った実験を行いました。
大学生と医師が、街なかのように注意を取られやすいコースと、郊外のように単調なコースを運転しながらポッドキャストを聴き、そのあとで内容をどれくらい覚えているかを調べました。
その結果、静かな部屋で聴いた場合と比べても、知識の獲得に大きな差は見られませんでした。むしろ単調な道を走っているときは、若干成績がいい場面もあったと報告されています。運転のように、自動化された動作と音声学習の組み合わせなら、脳は意外と上手に両立してくれるようです。
■頭の中の余白を活用する
ただ、大事なのは、学習とともに行うのが「どんなタスクか」という点です。
メールの返信や資料作成のように、頭をフル回転させる作業と同時にポッドキャストを聴こうとしても、どちらも中途半端になりやすいですし、注意が細切れになります。
一方で、毎日同じ道の通勤、食器洗い、洗濯物をたたむ、ゆっくり歩く、といった動きは、ほとんど自動運転に近い行動です。体は動いていても、頭の中には余白が残っています。その余白に、音声の情報がうまく入り込んでくれるのです。
読者の方の中にも、通勤中にニュース番組や教養番組を聴いていて、「あ、これ前に聴いた話だ」とふと気づく経験があるのではないでしょうか。
その瞬間、私たちは「学んだつもりはなかったのに、ちゃんと残っていた」自分の脳の働きに気づきます。ながら学習の強みは、この「つもりはなかったが、積もっていた」というところにあります。特に平日の夜は、新しく机に向かうエネルギーをひねり出すのが難しいからこそ、すでにやっている行動に、耳からの学びをそっと重ねるのが向いています。
■考えなくてもできる行動と組み合わせる
もちろん、どんな状況でもながら学習が万能というわけではありません。交通量の多い交差点に差しかかったときや、慣れない道を運転するときは、まず安全が最優先です。難しい交渉のメールを書いているときや、細かい数字を扱う作業をしているときも、音声は一度止めたほうがよい場面が多いでしょう。
ポイントは、体の動きや作業の難しさが、ほとんど自動的なレベルかどうかという点です。考えなくてもできる行動と組み合わせるとき、ポッドキャスト学習は最も力を発揮します。
ながら時間をうまく使うと、学びの総量そのものが大きく変わります。家から駅まで歩く10分、電車に揺られる20分、夕食後の片づけにかける15分。単体ではあっという間の時間ですが、1週間積み重ねると数時間になります。
■毎日の小さな積み重ねが大きな差に
しかも、その時間は、何か新しい予定をねじ込む必要のない「すでに存在している時間」です。
疲れ切っていて机に向かう気力がない日も、通勤の耳だけは元気かもしれません。そんな日は、難しい専門書ではなく、少しやわらかい教養系のポッドキャストや、言語学習の入門レベルの音声、興味のある分野の解説番組を流してみるのがおすすめです。
理解できない部分があっても気にせず、なんとなく意味が追えるくらいのものを選ぶと、インプットが心地よくできます。自分の体験と重ねながら聴いているうちに、知らない間に知識の層が厚くなっていきます。
新しく何かを始める余力がない日こそ、すでにしている行動に耳からの学びを少しだけ足してみる。そんな小さな工夫が、数カ月後、数年後の自分の知識や視野を大きく変えてくれます。ながら時間をゴールデンタイムに変えるポッドキャスト学習は、その代表格なのです。
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堀田 秀吾(ほった・しゅうご)
明治大学教授
シカゴ大学大学院言語学部博士課程修了、オズグッドホール・ロースクール修士課程修了・博士課程単位取得退学。心理言語学、法言語学、コミュニケーション論を専門とし、学術的な知見を「今日から使える知恵」に翻訳することをライフワークとし、著書は70冊を超える。56万部を突破した『科学的に証明された「すごい習慣」大百科』(SBクリエイティブ)のほか、『科学的に元気になる方法集めました』『最先端研究で導きだされた「考えすぎない」人の考え方』など、科学の力で日常を変えるシリーズは累計137万部を突破。
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(明治大学教授 堀田 秀吾)

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