※本稿は、和田秀樹『老人は「キレる」くらいでちょうどいい』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
■前頭葉活性化には「アウトプット」も重要
さまざまな形で新しい情報を脳にインプットするのは、前頭葉の活性化につながります。一方、前頭葉は私たちが情報を「アウトプット」する上でも重要な役割を担っていると考えられています。だとすれば、インプットだけでは前頭葉を鍛えることができません。
「物忘れ」はいちばんわかりやすい老化現象ですが、もうひとつ、「同じ話を繰り返す」のも年老いた人がしばしば見せる典型的なパターンです。さっき話したばかりのことを忘れているという意味では「物忘れ」の一端ともいえるでしょう。
しかし前頭葉の萎縮によってアウトプット機能が衰えていることも、何度も同じ話をしてしまう理由のひとつ。逆にいえば、アウトプットの機会が減ると前頭葉が老化しやすいということになります。
■仕事を辞めるとアウトプット機能衰退
また定年退職後の話になりますが、会社に行かなくなると、一気にアウトプットの機会が減る人も多いのではないでしょうか。
会社に勤めているあいだは、毎日のように取引先や同僚などに自分の考えていることを伝えなければいけません。会議でも発言を求められます。
ところが定年退職すると、そもそも人づきあいが急に減ります。家で奥さんと話す内容も、決まりきったルーティンな会話ばかり。「この相手に、いま何を話すべきか」「これをうまく伝えるにはメールにどう書けばいいだろう」など、頭を使って情報をアウトプットすることが少なくなります。
そんな日々が長く続けば、前頭葉がどんどん萎縮したとしても不思議ではありません。ですから、前頭葉に新しい情報をインプットして刺激するだけでなく、自ら外に向かって積極的に情報発信することを心がけるのが大事です。
■簡単にできる情報発信の習慣「雑談」
情報発信などというと、立派な意見を世間に向かって伝えるようなイメージを持たれるかもしれませんが、そんなに大げさに考えて身構える必要はありません。人と会話する機会を増やせば、自然とアウトプットも増えるはずです。
それこそ、相手は家族でもかまいません。ただし決まりきった言葉を交わすだけでなく、何らかのテーマについて「語り合う」ような会話をするのがいいでしょう。
テレビのワイドショーで取り上げていた社会問題でもいいですし、あるいは芸能人の不倫騒動でもいいから、「これはどうなんだろうね」「自分はこう思うんだよ」などと雑談をしてみるのです。
雑談であっても、相手の発言の意図を推測し、文脈を理解しようとしなければ、そういう会話は成り立ちません。
また、地域のボランティア活動や趣味のサークルなどへの参加も、間違いなくアウトプットの機会を増やします。そういう場所での会話は、家族相手の雑談とは違って目的がはっきりしているので、アウトプットの質も高まるでしょう。
たとえば「組織の運営をどうするか」とか「次はどんなイベントをやるべきか」など、会社でやっていた仕事上のコミュニケーションほど真面目なものではないにしても、仲間とのそういった相談事には、それなりにきめ細かい気配りが必要です。前頭葉をしっかり使った情報発信をしないと、話し合いはうまくいきません。
■人とのゆるいつながりで脳活性
アウトプットによって前頭葉が鍛えられるのに加えて、そうした集まりに参加すると、生活する中での「意欲」を高めることもできると思います。目的を持って行動するのですから、やる気が出るのも当然です。
しかも、そこでは仲間から何らかの「役割」を期待されます。「この人はこれをやってくれるだろう」という周囲からの期待が人の意欲を高めることは、いうまでもありません。
誰からも期待されない状態で物事に熱心に取り組める人は、それほど多くないでしょう。期待に応えたいと思うから、私たちは「頑張ってやろう」と思えるのです。
すでに述べましたように、前頭葉が萎縮すると意欲は衰えます。ならば、意欲が高まるような集まりに参加することで、前頭葉が活性化する面もあるでしょう。そこで活発なアウトプットを試みれば、ますます前頭葉を鍛えることができるのです。
もちろん、こうして積極的に新しい物事に挑戦することは、身体を動かすことにもつながっていきます。「情報のアウトプット」の機会を増やすことは単に認知や意欲だけでなく、運動能力の維持にもつながっていくのですから、いいことだらけだといっても大袈裟ではないのです。
■文章を書くと「自己認識力」が高まる
また、人と会話するだけが、情報のアウトプットではありません。人と直接会わなくても、頭の中にあるものをアウトプットすることはできます。それは「文章を書く」ことです。
文章を書くためには、まず「何を書くか」を決めなければなりません。テレビを見ながらなんとなく始める家族との雑談などと違って、それなりの意思や意欲が必要です。その意味では、人との会話より少しハードルは高いかもしれません。でも、だからこそ前頭葉がより活性化するといえるでしょう。
意欲だけでなく、文章を書くには論理的な思考力や、構成を整理する計画性も求められます。自分の感情と向き合いながら書けば、自然と情動のコントロールを行うことにもつながります。さまざまな角度から、前頭葉に刺激を与えてくれるのです。
■「日記」なら気楽に始められる
会話よりハードルが高いといっても、そんなに肩肘を張る必要はありません。とくに他人に読ませるつもりのない日記のような文章なら、気楽に始められるでしょう。日記なら、その日の出来事が材料と決まっているので、「何を書くか」もそんなに迷わずに済みます。
日々の取るに足らない出来事でも、それについて文章にまとめようとすれば、そのとき自分の思考や感情がどのように動いたかを振り返ることになるでしょう。そういう「自己認識」は、まさに前頭葉の役割です。
実際、まだ前頭葉が発達していない時期の幼児は、自分の感情を外側から客観的に認識することができません。だから情動をコントロールすることができず、ひたすら感情に任せて行動します。「キレる年寄り」も同じ。前頭葉の萎縮によって自己認識の能力が弱まっているから、「いま自分は怒りの感情にとらわれている」ことがわからず、したがってそれを抑制することができないのです。
日記を書いている人なら、どこかで不愉快な人間と出会ったとしても「これは書くネタになるな」と思えるかもしれません。すると、家に帰って文章を書き始める前に、その時点で自分の感情を客観視できます。
「いま自分はすごく腹を立てているな。さて、どうしたものか」と、いったん落ち着くことができるので、キレて騒ぎを起こすことはありません。帰宅してから「今日はこんな腹の立つことがあった」とその顚末を文章にまとめると、それでストレスが解消されて気分がスッキリすることもあります。また、文章を書く過程で、怒った自分の側にも落ち度があったかも、などと反省することもあるでしょう。
書くことで自己認識力が高まるだけでなく、「書く」ことを前提に日々を過ごせば、思考や感情のあり方が変わり、人生は多角的で豊かなものになるのです。
■前頭葉をサボらせてしまう日記の書き方
日記といっても、毎日書かなければいけないわけではありません。毎日書くことを自分に強いると、いちいち「何を書こうか」と考えるのが面倒になってしまいます。それこそ「6時起床。朝食はパンとゆで卵、昼食は蕎麦、夜7時に入浴……」といったルーティンの備忘メモみたいなものになりがちです。
これでは前頭葉をサボらせることにしかならないので、むしろ逆効果。
一方で、文章は人に読ませるために書くほうが真剣になれますし、アウトプットの質も高まる(したがって前頭葉がより鍛えられる)ものです。いまはSNSやブログなど、ネット上で誰でも簡単に書いた文章を公開できますから、情報発信力を磨く場には事欠きません。
ただし、(これは高齢者にかぎったことではありませんが)ネットでの情報発信にはいろいろなリスクもあります。同じ考えの人たちばかり集まる場で、いつも同じような話をしていると、思考がパターン化して逆に前頭葉が衰えかねません。また、いわゆる「炎上」騒動に巻き込まれたり、誹謗中傷の被害者(場合によっては加害者)になってしまうこともあります。
ですからネットでのコミュニケーションに不慣れな人は、自分の投稿を見られる人を知り合いだけに限定するなど、慎重に行ったほうがよいでしょう。前頭葉を活性化するためのアウトプットは、そんなに大勢の人を相手にする必要はありません。ほんの数人の「読者」がいるだけでもアウトプットの質は高まりますし、「書く楽しさ」も十分に味わえるはずです。
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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、40年にわたり高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。
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(精神科医 和田 秀樹)

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