■「外国のために使うなんてクソだ」
「日本に石油を売るな!」いま米国のソーシャルメディア上にはそんな論調に流れかねない投稿が増えている。
中西部インディアナ州在住を名乗るあるXのアカウントは、「放出された米原油備蓄の大半はアジアと欧州の原油市場を安定化するために使われている。米国のためじゃないんだよ」と疑問を呈している。
また、「米政府が備蓄原油を外国に売っているのは問題だ。そもそも備蓄はわれわれ納税者の納めた税金を原資に米国の緊急事態のために創設されたのに、外国のために使うなんてクソだ」と不満をぶちまけるアカウントもある。
別のアカウントは、「もっと備蓄を放出するだって? (米国第一主義を唱える)トランプが米国人のために何をしてくれたって言うんだ?」と手厳しい。
不満をぶつけているのは、SNSユーザーにとどまらない。有権者の声を反映する形で、米議会でも似たような動きが見られる。
■「石油輸出禁止法案」すら提出
民主党左派のロー・カンナ下院議員は、米国第一主義的な観点から、「米国民がガソリン価格高騰で苦しんでいるのに、なぜ石油を海外へ送る必要があるのか」と指摘。
同議員はこの4月に、「ガソリン価格が7日連続で1ガロン当たり3ドル12セントを超えた場合に輸出を禁止する法案」すら提出している。
カンナ氏の米備蓄放出に対する批判は、イランとの和平交渉に関して米国で噴出する「トランプ非難」の論調を踏まえたものだろう。イランに対する戦争でエネルギー価格が高騰し米国民の生活がさらに苦しくなっているにもかかわらず、交渉上手の敵国イランは、総額3000億ドル(約48兆円)もの「イラン復興基金」を受け取ることになった。
米国民は戦争で得るものが何もないどころか、大損したという見方だ。
米国がこんな状況の中、他国に石油を売ってやる必要などないというわけだ。
この他、民主党のジョン・フェターマン上院議員やエリサ・スロトキン上院議員、共和党のテッド・クルーズ上院議員などが超党派で「中国・ロシア・イラン・北朝鮮などが、米国が放出した備蓄を市場で入手することを防止」する法案を提出している。トランプ氏の「政敵」民主党議員にとどまらず、身内のはずの共和党からも批判が起こっている点が、この動きの根深さを物語っている。
■米国世論が怒った「ガソリン価格高騰」
こうした批判の根底にあるのが、イラン戦争開始後に起こった米国内におけるガソリン価格高騰問題だ。
イラン戦争開始後に発生したホルムズ海峡封鎖の影響で石油供給が逼迫した影響は、石油輸出国である米国にも直撃した。
米国ではガソリン価格が高騰しており、5月初めには全米平均価格が4ドル50セントと、開戦前の1.5倍の水準を突破してしまった。
その後も高止まりを続けており、イランとの和平交渉合意報道が出た6月中旬になりようやく4ドルを割ってきたものの、まだまだ高値圏にとどまっている。
日本ではガソリン価格抑制策として、補助金の支出によって強制的に価格を下げるという方法がとられたが、トランプ政権は戦略石油備蓄の放出によってガソリン価格を抑えようとしてきた。
ただ、3月16日以降、米戦略石油備蓄を大量に放出したものの、ガソリン価格を下げるには至らなかった。
■米国の戦略石油備蓄は半分以下に
一方、備蓄の大量放出によって、戦略石油備蓄の在庫は大きく減少。6月12日には3億4025万バレルと、1983年以来22年ぶりの低い水準まで低下した。
トランプ政権は現在も週900万バレルのペースで備蓄を放出している。備蓄の残りは全体の47.7%と、半分を切ってしまった。総計1億3300万バレルを段階的に放出する計画の下、120日間の予定で開始された取り崩しは、7月も継続する見込みだ。
欧州の調査企業ケプラーが米税関統計を基にまとめた推計では、放出された米備蓄のおよそ4割が輸出に回されたという。
ケプラーで上席石油アナリストを務めるマット・スミス氏は、「米国は、世界に対する原油の『最後の売り手』(supplier of last resort)になった」と評する。
この米国の役割を、「スイングプロデューサー(swing producer、供給安定をもたらす産油国)」と言い替えることもできるだろう。
世界で巻き起るイラン戦争への批判を抑え込むため、石油備蓄を海外に輸出せざるを得ないという面もあるのかもしれない。4月には米戦略石油備蓄の主な輸出先は欧州同盟国や友好国であることが明らかになっているし、原油不足が深刻であったフィリピンなどアジア諸国にも輸出されていることが5月に判明している。
■石油備蓄はあくまで「米国のため」
ただ、戦略石油備蓄はガソリン価格抑制のためにあるわけではなく、米国外の批判を抑え込むためでもない。あくまで米国のエネルギー供給の安定化のためにある。
米議会が定めた米戦略石油備蓄の本来の目的には、「エネルギー供給の重大な中断による米国の脆弱性を最小化すること」とある。
備蓄制度が創設されたのは第1次オイルショック後の1975年だが、当初、米議会は連邦政府に対して最大10億バレルの備蓄を義務付けていたが、維持コストが高すぎたため、1979年に7億5000万バレルへ減らされた。
にもかかわらず、トランプ政権は、本来の目的ではない「物価抑制」、および「外国のエネルギー安全保障」のために、備蓄石油を放出している。
そうした対応への批判もこめて、「日本を含む諸外国に石油を輸出するな」という論調が巻き起こっているというわけだ。
■「石油危機第二幕」の可能性がくすぶる
米戦略石油備蓄が歴史的な低レベルまで落ち込んでいる中、米国産石油が今後も安定して輸出され続けるかどうか保証はない。
石油危機はさまざまな理由で起こりうる。ハリケーンなどの自然災害による精製所の操業停止やパイプラインの故障といったことでも、石油の供給量は大きな影響を受ける。
また、イラン戦争の再燃リスクは依然として高い。その場合、ホルムズ海峡の再封鎖や、イエメンのフーシ派によるバブ・エル・マンデブ海峡の封鎖により紅海でも航行の安全が妨げられる可能性もある。
さらに今後も中東情勢の不安定化が続けば、スエズ運河の航行制限、産油国リビアやナイジェリアにおける内戦など、紛争のさらなる拡大もあり得る。
また、こうした要因が単独ではなく、複数重なってくる可能性も否定できない。
そうした場合、米石油備蓄をさらに取り崩そうにも、十分な石油備蓄が残っていない、というシナリオもあり得るわけだ。その場合、「石油を輸出するな」という米国世論に沿って、米国産石油の輸出制限、あるいは禁輸措置がとられる可能性がある。
■「米国産石油の輸出制限」はあり得る
実際、多くの専門家からそうした見方が提示されている。
備蓄が最低水準まで低下したため、近未来に緊急時の放出をする余裕が失われ、クッションの役目を果たせなくなると見るのは、米コンサルティング会社ラピダンエナジーのボブ・マクナリー社長だ。
マクナリー氏は、「ホルムズ海峡で失われた供給分は、需要を減らして補うしかない」と語る。
ダラス連銀のロリー・ローガン総裁も、「世界は石油・天然ガスの消費を抑える方法を見つける必要に迫られる可能性がある」との見方を示している。
米投資ニュースサイトのマーケットウォッチは、「(輸出などで引き起こされた)米原油備蓄の急減が投資家やエコノミストの懸念を高めている」と報じた。
また米CNNも「米原油備蓄が輸出目的で取り崩され、市場でも米国産原油の輸出が急増する中、米政府はインフレ制御のために原油の輸出制限あるいは禁輸という最終手段をとる可能性がある」と分析している。
■米国産石油への依存は危険
ホルムズ海峡封鎖の影響で中東からの石油輸入が大きく減少した日本は、中東以外の国からの代替調達を進めてはいるが、やはり米国産石油に頼らざるを得ないのが現実だ。
先述のケプラーによれば、日本の米国産原油の調達量は、開戦前は輸入全体の約2%の日量23万バレル未満だったが、5月には過去最高の日量80万バレルへと急増。輸入全体の2割強を占める規模に達しているという。
ちなみに、日本が輸入しているのは米国の戦略石油備蓄そのものではない。ENEOS、出光、コスモ石油などが米国産原油を輸入しているが、その買い付け先は米備蓄ではなく、一般の市場からだ。
たとえば、4月下旬に京葉シーバースに到着したマーシャル諸島船籍のタンカー「オーティス号」の積み荷は、コスモ石油の千葉製油所向けのテキサス産原油およそ91万バレルで、スポット市場で調達されたものだ。
中東産原油の供給がいつ不安定化しても不思議ではなくなった現在、米国産原油は日本にとって大変ありがたい代替調達先だ。しかし、ホルムズ海峡の再封鎖や紛争再燃のほか、さまざまな理由で「石油危機第二幕」が発生した場合、米国産石油の調達ができなくなることも想定しておくべきだ。
■将来の「ナフサ危機」にも備えるべき
石油危機では意外な物資が不足することも考えておかなければならない。当初、備蓄に余裕があるとされていた日本では「ナフサ危機」に直面することになった。世界最大の産油国のはずの米国でも、エンジンオイルや潤滑油の多くを中東産原油に依存していたせいで、品薄や値上がりに見舞われている。
こうした一部の石油製品が不足した場合、石油供給が完全に途絶していなくとも、米国内の事情で、米国産原油の日本向け輸出に制限がかかるケースもあり得るだろう。
日本はこうしたリスクを前もって想定しておくべきだ。
政府と民間合同で今回のナフサショックの総括を行い、戦争による供給途絶、産油国それぞれの国内政治、日本国内の売り惜しみや買いだめの心理など、あらゆるシナリオを検討し、官民が提携して対応する体制を作っておくのは必須だろう。
一方で、過度のパニックは必要ないと思われる。
イスラエルのレバノン攻撃継続や、イランのホルムズ海峡再封鎖の脅迫にもかかわらず、原油価格は70ドル近辺へ下落し、かなり落ち着きを取り戻している。
ホルムズ海峡封鎖下でも、米軍の護衛の下、最大1億バレルという大量の原油がホルムズ海峡をすり抜けていたとも伝えられている。また、ホルムズ海峡以外の経路を通る「代替ルート」も発達している。
■「石油余り」の可能性もある
今後世界はむしろ「石油余り」に向かうという予測もある。
米エネルギー情報局(EIA)は、世界的な石油需要の減少が、ホルムズ海峡の混乱による原油価格上昇を抑制するとの見通しを示している。
また、国際エネルギー機関(IEA)も、2027年に原油の世界市場が大幅な供給過剰に転じると予測している。
ちなみに、半減した戦略石油備蓄だが、すでに再建がはじまっており、積み増しは今年後半から2027年にかけて加速する見込みだ。
今回の備蓄放出は、南部テキサス州とルイジアナ州のメキシコ湾沿いにある4カ所の政府貯蔵施設から、石油を民間企業に貸し出すという体裁で行われている。
■石油の米国依存はやめるべき
米政府から石油を借りた企業は、借りた1億3300万バレルの原油に、プレミアム、すなわち利息として24%(4000万バレル)を追加した量を返却することが義務付けられている。
この返却により、戦略石油備蓄はかなり早期に元の水準まで戻ることが予想される(借り手の民間企業は、政府から借りた原油を高値で捌くことができ、返却する分は和平後の安値で調達できる)。
米政府の予定では、2029年をめどに、施設キャパシティの7億1400万バレルに近い6億バレルまで回復させるという。
もちろん、短期的には供給される石油が戦略原油備蓄の積み増しに回るため、原油価格が押し上げられる可能性もなくはない。
ただ、米国の戦略石油備蓄が元の水準まで回復すれば、再度石油危機が発生したとしても、日本への輸出制限や禁輸を心配する必要はなくなるだろう。
こうした環境下において、日本が中長期的に米国産の原油を市場で調達する分には、あまり心配は要らないだろう。
米投資銀行パイパーサンドラーのグローバル・エネルギー・ストラテジストであるジャン・スチュアート氏も、「われわれは産油国だ。備蓄を取り崩しても十分な産出量がある」と、楽観的な見通しを述べている。
とはいえ、それはあくまでも現時点での見通しに過ぎない。今後どのような事態が起きるかは分からないため、日本は石油の米国依存を早期に脱するため調達先の多角化に動くべきだ。
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岩田 太郎(いわた・たろう)
在米ジャーナリスト
米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の基礎を学ぶ。米国の経済を広く深く分析した記事を『現代ビジネス』『新潮社フォーサイト』『JBpress』『ビジネス+IT』『週刊エコノミスト』『ダイヤモンド・チェーンストア』などさまざまなメディアに寄稿している。noteでも記事を執筆中。
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(在米ジャーナリスト 岩田 太郎)

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