弱冠31歳という若さでサウジアラビアの皇太子に就任したムハンマド・ビン・サルマン氏。「女性の運転」「日本アニメのフィギュア店」を解禁するなど、厳格なイスラム教国家のタブーを破り続ける「改革者」だ。
若き皇太子が実権を握った背景には王族11人を含む大規模な「汚職摘発」があったという。その衝撃の内幕を、ジャーナリストの池上彰さんが上梓した『』より一部抜粋してお届けする――。
※本稿は、池上彰『そうだったのか!中東』(ホーム社)の一部を抜粋・再編集したものです。
■サウジアラビア皇太子とは
皇太子の名前はムハンマド・ビン・サルマン・ビン・アブドゥルアジーズ・アール・サウード。
「サウード家のアブドゥルアジーズの息子のサルマンの息子のムハンマド」という意味です。名前の英語表記の頭文字を取ってMBSとも呼ばれます。サルマン国王の息子で皇太子であると共に、実際にサウジアラビアの政治を動かす首相でもあります。
サウジアラビアといえば、石油の埋蔵量が長らく世界1位でした。現在はベネズエラに次いで2位になりましたが、いまも大量の石油を輸出しています。
サウジアラビアとは「サウード家のアラビア」という意味。国家全体がサウード家のものなのです。サウード家がすべての権力を掌握する絶対王政です。
国王は高齢で実際の執務はできなくなっているため、皇太子が実質的な独裁者です。
サウジアラビアの国王には「2つの聖地の守護者」という敬称があります。イスラム教の聖地は3つあります。神殿があるメッカと預言者ムハンマドの墓があるメディナ、そして岩のドームがあるエルサレムです。エルサレムはユダヤ教の聖地でもあり、現在はイスラエルが統治していますが、これ以外の2つの聖地を守っているのですから、イスラム教徒の間での権威は高くなります。
しかも1938年に大規模な油田が発見されたことで、経済的にも強大な力を持つようになりました。
■「汚職摘発」で権力基盤築く
いまのサウジアラビアを建国したアブドゥルアジーズ国王を第一世代とすると、その後の国王は、いずれもアブドゥルアジーズの息子たち、つまり第二世代でした。ムハンマド皇太子が国王になれば、第三世代の誕生です。
ムハンマド皇太子は、就任時31歳、2024年10月の時点で39歳です。高齢の国王や皇太子が続いていただけに画期的な若返りでした。この皇太子が絶大な権力を掌握したのは、「汚職摘発」でした。
汚職が蔓延する国で権力基盤を確立するためには、ライバルとなる有力者を汚職の容疑で逮捕していくことです。
こうすれば、汚職にウンザリしている国民の支持が得られますし、ライバルを潰すことができます。まさに一石二鳥です。中国の習近平国家主席が権力基盤を確立した手法を、ムハンマド皇太子も採用しました。
2017年11月、サウジアラビアの王族11人を含む政府高官が多数汚職容疑で逮捕されたと報じられました。大粛清です。
■世界トップクラスの大富豪も逮捕された
この報道の数時間前、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子を議長とする汚職対策最高委員会が、国王の命令で設立されています。要はムハンマド皇太子が辣腕を振るえるようにしたということです。
汚職の捜査なら、既存の警察があるわけですから、法律に則って捜査すればいいはずです。それをせずに、専門組織を新設して取り組むのですから、絶対的な権力を行使しようとしたのです。
この一斉逮捕がとりわけ世界から注目されたのは、世界でもトップクラスの大富豪も逮捕されたからです。それがアルワリード・ビン・タラル王子です。
アルワリード王子は大型投資会社だったキングダム・ホールディング・カンパニーのオーナーであり、アメリカの金融機関シティグループやツイッター社(当時)など多数の企業に投資して大株主になっていました。
典型的な「アラブの金持ち」として紹介されるのが常でした。こんな大物投資家ですら逮捕されたのですから、サウジ国内の王族たちは震え上がります。誰もムハンマド皇太子に逆らえなくなります。
■逮捕者が収容された“まさかの場所”
とはいえ、これだけの大物を多数逮捕したとなると、通常の警察の留置場ではふさわしくないということでしょうか、逮捕された王族たちは、なんと最高級ホテルのリッツカールトンに収容されたのです。
このホテルには、この年の5月に訪問したアメリカのドナルド・トランプ大統領も宿泊したほど。ここが、王族逮捕のニュースが流れて以降、一般の宿泊客が締め出され、予約が取れない状況になりました。当時私もこのホテルの予約サイトを見たのですが、予約が取れないようになっていました。
最高級ホテルに宿泊では、逮捕と言わないだろうと突っ込みを入れたくなりますが、さすがサウジアラビア。こんなところまで突出しています。
ムハンマド皇太子に対しては、宗教保守派から反発が出ていました。サウジアラビアでは、これまで女性の自動車の運転が認められていませんでしたが、皇太子が解禁したのです。宗教保守派は、「女性が1人で運転するようになると、家族以外の男性と知り合う機会が生まれるから危険だ」と主張してきました。
その主張が覆されたのです。
またこの年の10月には首都リヤドで開かれた経済フォーラムでムハンマド皇太子が演説し、過激主義のイデオロギーを排し、穏健なイスラムに立ち返るべきだと主張しました。
■影響は「日本のアニメ」にも…
サウジアラビアは厳格なワッハーブ派で、男女が分けられ、女性は家族以外の男性に素顔を見せることはできませんでした。マクドナルドでさえ、席は男性用と家族用に分かれていました。女性席はなく、そもそも女性は男性の家族と一緒でないと外出できないので、家族席だったのです。
これではサウジアラビアの経済発展には限界があると考えたのでしょう。穏健なイスラム政治に転換させ、海外からの投資を呼び込もうとしているのです。その結果、前回、冒頭で紹介したような光景を見ることになったのです。レストランの多くも男性用と家族用という区別がなくなっていました。
皇太子による一連の改革の結果、映画館も誕生しました。それまでは「映画や音楽などの娯楽は天国に行ってから楽しめばいい」とされ、映画館が認められていなかったのですから、大きな変化です。
首都リヤドでは、日本のアニメのフィギュア専門店もオープンしていました。
従来のサウジアラビアの常識では、「アニメのフィギュアは、偶像になる」として禁止されていたのですが、これも解禁されたのです。一説にはムハンマド皇太子が日本のアニメファンだからと言われています。

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池上 彰(いけがみ・あきら)

ジャーナリスト

1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京科学大学特命教授など。6大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』『新聞は考える武器になる  池上流新聞の読み方』『池上彰のこれからの小学生に必要な教養』など著書多数。

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(ジャーナリスト 池上 彰)
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