中国にとって、2027年は中国軍(人民解放軍)創設100年の節目に当たる。政治ジャーナリストの清水克彦さんは「習近平政権は、台湾統一および尖閣諸島の占拠に向け、詰めの段階にある。
その武器となるのが、7月1日に施行された民族団結法だ」という――。
■「目に見えない戦い」は幕を開けている
「我々は、ゲームに負けているのかどうかわかっていない。実際、我々はゲームが始まっていることさえ知らない」
これは、アメリカを代表する中国研究者で、国防総省の顧問や保守系シンクタンク「ハドソン研究所」のシニアフェローを務めたマイケル・ピルズベリー氏の言葉である。
ピルズベリー氏の話を聞いたのは、2019年12月、日本国際問題研究所が主催した会合が最初だが、中国の習近平国家主席の言動や、日中間で起きている事象を見れば、台湾や尖閣諸島をめぐる「目に見えない戦い」が、とっくに始まっていることを実感させられる。
まず、今年5月、中国・遼寧省の大連で、「国家輸出入禁止貨物密輸罪」の疑いで身柄を拘束されていた富士電機グループの日本人社員2人が、翌月、逮捕されたことだ。
次いで、6月29日、中国商務部が、防衛省防衛研究所や三菱電機子会社など日本の20の事業体を、軍民両用品目の輸出禁止リストに追加し、併せて20の企業・団体を、輸出審査の厳格化に向け監視リストに加えた点である。
■習近平は尖閣諸島もあきらめていない
これらの根底にあるのは、日本の高市早苗政権が、「反省するどころか、誤った道をますます深く進み、『新型軍国主義』の歩みを加速させ、攻撃型兵器を配備している」(中国商務省の声明)ことへの強い怒りと、民生品だけでなく武器にも活用できる「レアアース」(希土類)を「容易には持ち出させないぞ」という習氏の強烈な意思である。
先に述べた「目に見えない戦い」とは、情報戦やサイバー戦、それに政治戦や経済戦など、「軍事行動の前段階」とも言える、あらゆる非軍事的手段を指す。
それらはすべて現在進行形であり、今の中国は、習氏の指示の下、台湾統一および、中国が台湾省の一部とみなす沖縄県の尖閣諸島の占拠に向け、詰めの段階にあると考えていい。
そのことは、7月1日、習氏が中国共産党創立105周年の記念行事で語ったこの言葉が如実に物語っている。
「祖国の完全統一の実現は、わが党の揺るぎない歴史的任務。台湾独立勢力を叩き、外部勢力の干渉を排除し、祖国統一の大業を断固として推し進める」
■民族団結法という「新たな武器」
習氏が改めて台湾統一に並々ならぬ決意を示した日、中国では、この日に合わせたかのように、とんでもない法律が施行された。
「民族団結法」(正確には「民族団結進歩促進法」である。
この法律は、中国13億人の国民全員に、「中華民族共同体意識」の強化を植えつけることを目的にしたもので、標準中国語の普及を推進することなどが明記されている。
もともとは、チベットや新彊ウイグル自治区で暮らす少数民族を資金面で支援してきたアメリカのNED(全米民主主義基金)を牽制するために法整備が検討されてきたものだ。
NED自体は2期目のトランプ政権で解体されたものの、「民族団結法」はアメリカ以外にも矛先が向いていることに注目しなければならない。
第63条に、海外の組織や個人が「民族団結を損なう行為」を行った場合、「法律上の責任を追及する」と定められているのだ。
つまり、チベットやウイグルの人々の文化や伝統、それに言論や表現の自由を法律によって厳しく制限したり、外国の支援団体を罰したりするだけでなく、日本で暮らし習指導部の政治姿勢や外交姿勢を批判し続けている筆者のような外国人も「犯罪者」として扱われる可能性があるということだ。
■日本からの中国批判も射程範囲に
6年前、香港で施行された「香港国家安全維持法」を思い出していただきたい。
「香港国家安全維持法」も、反政府的な動きを弾圧するために制定された悪法で、中国当局からすれば、言論やデモの締めつけに一定の効果があったとされているが、「民族団結法」は、国内で湧き上がる批判以上に、日本やアメリカなど国外からの批判をも標的にしているところが脅威だ。
「先生、中国に捕まえられたりしないの? 大丈夫なの?」
筆者が教壇に立っている大学の学生からもこんな声が聞かれるほどだ。「民族団結を損なう行為」の定義が曖昧で、中国当局の胸三寸で「何でもあり」なところが、何とも不気味で恐い部分である。
その中国にとっては、来る2027年が、中国軍(人民解放軍)創設100年の節目に当たる。同年秋には、習氏の共産党総書記としての4選がかかる党大会が予定されているほか、台湾では、今年11月の台北市長選挙を経て、来年は、2028年1月の総統選挙に向けた選挙戦が本格化する。

これらの重要な政治日程を前に、この法律の存在が、誰も習氏の方針に文句を言えず口を閉ざしてしまう社会の到来につながりはしないか危惧するところである。
■もし北朝鮮が中国と一緒に動いたら…
さて、中国は、着々と台湾統一への地ならしを進めている。今年3月、アメリカとイランの戦争が激しさを増した時期に、王毅首相が世界各国を歴訪したのは、「中国は平和主義」というイメージを国際社会に刷り込むためだ。
そしてもう1つ、習氏が今年最初の外国訪問先に北朝鮮を選び、金正恩総書記と会談したのは、近頃、ロシアとべったりの北朝鮮を中国側に引き寄せることに加え、北朝鮮が進める核開発を否定しない代わりに、台湾侵攻に踏み切った際は、戦略的協力を求める狙いがあったからにほかならない。
膠着(こうちゃく)状態が続いているウクライナ戦争で、ベラルーシがロシアと呼応して動いたように、仮に中国が台湾に侵攻した場合、北朝鮮も動けば、在日アメリカ軍や自衛隊は、東シナ海だけでなく日本海にも展開せざるを得ない。そうなると、2正面作戦を余儀なくされ、台湾の救援どころではなくなる恐れもある。
■高市首相が自らの実績を示すなら外交だけ
もっとも、北朝鮮は、必ずしも日本に対し攻撃的な態度を貫いているわけではない。
2024年1月、能登半島地震が発生した際は、金氏が、「深い同情と慰問を表する」と見舞い電を送るという柔軟な姿勢を見せ、金氏の妹、与正氏も、3月23日、談話を発表し、「一方的な議題を解決しようというのなら、会う意向も対座することもない」と述べ、一方的な議題でなければ対話に応じる可能性に含みを持たせた。
問題の中国も、今年6月8日、日中友好に尽力した河野洋平元衆議院議長が逝去した際は、中国共産党でナンバー3に当たる趙楽際全国人民代表大会常務委員長(国会議長)が、日本側に、「あなたたちが河野先生の遺志を継承して、中日関係を正常な軌道に戻す役割を発揮することを願う」とする弔電を送っている。
ともに対話の意思があることはうかがわせる内容だけに、これらのサインを高市政権がどう判断し、どのように動くかが問われるのは言うまでもない。
実際、高市首相にとっては、外交安全保障だけが、自らがリードして推し進めることができる唯一の分野になってしまっている。
会期末を7月17日に控えた国会で焦点となっている「皇室典範改正」「衆議院の議員定数削減」「副首都」、それに「飲食料品の消費税率引き下げ」といった重要案件は、「どれも、麻生太郎副総裁しだいだね」(自民党旧安倍派衆議院議員)という状況なのだ。

■「令和の藤原道長」を目指す麻生太郎氏
上記の案件のうち、森英介衆議院議長(麻生氏の側近)が「皇室典範改正」を最優先したいとしているのは、「皇統は男系男子」にこだわる麻生氏の「旧宮家から養子を迎える案を実現させたい」という思いが強いからにほかならない。
もっと言えば、三笠宮寛仁親王妃の信子さまの実の兄である麻生氏は、信子さまが旧宮家から養子を迎え、やがて男児が誕生すれば、政治と皇室の両方に影響力を発揮できる立場になれる。「平安時代の藤原道長のよう」(中道改革連合の野田佳彦前共同代表)との声が上がるのは無理もない。
また、国民民主党と連立を組みたい麻生氏にとって、国民民主党が打撃を受ける「議員定数を比例だけ45議席減らす」や日本維新の会が主導する「副首都」は望ましくない。さらに財務相経験もあるため、財務省が嫌がる「消費税率0%」も看過できない。
そんな麻生氏は、7月1日、高市氏のこれまでの実績を高く評価してみせた。ただ、具体的にほめた部分は外交安全保障に関する部分だけであった。このことは、今後、高市氏がフリーハンドで動けるジャンルは、麻生氏と考えが近い外交安全保障分野のみということを想起させる。
■習近平がとにかく嫌う高市外交
とはいえ、中国からすれば、高市氏の外交安全保障に対する考え方そのものが気に食わない。
「私は台湾が大好きで大好きで、(中国とは距離を置く)民進党政権を維持してほしい」
約2年前、台湾問題で語った高市氏の言葉は、首相就任前の言葉とはいえ、「存立危機事態」発言以上に受け入れられないものだ。
高市首相が5月28日、フィリピンのマルコス大統領と会談して海洋協力で一致したこと、そして、6月2日には、中国と国境紛争を繰り広げてきたインドのモディ首相と会談し、モディ氏から「私の美しい妹」などと持ち上げられたことも、習氏からすれば相当腹立たしかったに相違ない。
日本では、その高市氏が主導する形で「防衛3文書」が改訂され、防衛費も増額されることになる。
このことは、習氏にとってさらに厄介な事態になることを意味する。中国は、それらが実行に移される前に、台湾への締めつけ、そして尖閣諸島周辺の実効支配を強めることになるだろう。
■日本人へ「揺れるのはこれからだ」
アメリカの政治学者でハーバード大学ケネディ行政大学院の初代学長を務めたグレアム・アリソン氏の著書『米中戦争前夜』の中に、こんな一節がある。
「中国人は明らかな戦闘をするよりも、自分たちの立場を有利にする小さな積み重ねによって、勝利を得ようとする」
冒頭に紹介したピルズベリー氏の言葉もそうだが、今は、中国がすでにゲームを始め、武力行使の準備も完結の時期を迎えつつある状況と考えていい。
習氏が語る「中国の夢」(台湾統一)実現に向けた動きは、やがて「目に見える戦い」になっていくのではないかと危惧するのである。
最後に、アリソン氏の著書から、日本人の覚悟として必要な一節を抜粋しておく。
「シートベルトを締めなさい。揺れるのはこれからだ」

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清水 克彦(しみず・かつひこ)

政治・教育ジャーナリスト/びわこ成蹊スポーツ大学教授

愛媛県今治市生まれ。京都大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。文化放送入社後、政治・外信記者。ベルリン特派員や米国留学を経てキャスター、報道ワイド番組チーフプロデューサー、大妻女子大学非常勤講師などを歴任。現在、TBSラジオ「BRAND-NEW MORNING」コメンテーターも務める。
専門分野は現代政治と国際関係論。著書は『日本有事』、『台湾有事』、『安倍政権の罠』、『知って得する、すごい法則77』ほか多数。

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(政治・教育ジャーナリスト/びわこ成蹊スポーツ大学教授 清水 克彦)
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