法医学者がご遺体の解剖をしてわかるのは死因だけではない。これまで約6000体を解剖をしてきた法医学者の高木徹也さんは「いつ、どのように亡くなったのか、またどんな地域に住み、何の仕事をしていたかなどを推測できる」という――。

※本稿は、高木徹也『私たちはなぜ死ぬのか 法医学者が語る「永く、よく生きるための技術」』(CEメディアハウス)の一部を再編集したものです。
■解剖からわかるのは死因だけではない
法医学者が日々行っている解剖からは、どのような亡くなり方をしたか、いつ亡くなったかなど、死因以外にもいろいろなことがわかります。誤解を恐れずに言えば、法医学は広範囲の知的好奇心を刺激してくれる学問です。
ご遺体がどのようにして亡くなったかを究明するには、医学の知識だけでなく、生物学、物理学、地学、社会学などが関わってきますし、時代のトレンドにもある程度通じていることが求められるからです。
たとえば、交通事故で亡くなった方のご遺体を解剖すると、ぶつかったクルマの車種がわかることがあります。世界に名だたる自動車メーカーが何社もある日本には、じつにさまざまな形のクルマがあります。車高が高いクルマがあれば低いクルマもあり、バンパーが飛び出しているクルマ、バスやトラックのように前面が平らなクルマもあります。
ご遺体を解剖してみて、下から60センチの高さにぶつかった跡があったら「SUV系かな」と推定できます。膝と顔に同時にできたと思われる傷があったら、「トラックかバスかな」と考えることができます。
■殺意の有無も推測できる
車種がすでに特定されている場合は、バンパーが当たったと思われる場所が車のバンパーの位置より高ければ、「加速してぶつかったんじゃないか」「ブレーキをかけてないな」「ひょっとしたら、殺意があったんじゃないの?」などと考えることもできます。
通常、ブレーキをかけると車の前面は沈み込みます。加害者が被害者に気づいてブレーキをかけていれば、バンパーの高さより低い位置に傷がつくはずだからです。

こうした所見が、加害者の発言のウソや矛盾を明らかにすることもあります。のちの裁判にも関わるため、法医学者としてはどのような小さな所見も絶対に見逃すことはできません。解剖は緊張の連続ですが、はじめはわからなかった真実が明らかになるのは、やりがいを感じる瞬間です。
■過去にどこで生活していたか想像可能
解剖したご遺体が、どこで、どういう生活をしていた人か想像がつくこともあります。高度経済成長期に都市部で生活していた80代以上の方の多くは、非喫煙者でも肺に排気ガスの化学物質や粉塵、黄砂などの微小粒子が黒くポツポツと沈着しています。解剖に立ち会った経験の少ない警官がみれば、「タバコ好きだったんですかね」と言うほどです。
逆に、80代以上で肺が赤ちゃんのようにきれいなピンク色をしている場合、大気汚染のない田舎で長年暮らしてきたことがみて取れます。
現在、40代、50代の方であっても、肺をみれば都市部に暮らしていたのか、空気のきれいな地域で暮らしてきたのかが容易に想像できます。都市部に住んでいる40代と田舎で暮らしている40代では肺の汚れ方が違うのです。
■農業従事者、建設現場で働いた人の特徴
さらに、動脈の石灰化を伴う肺気腫があれば、喫煙者だったことがわかります。塵肺症があれば、若いときに粉塵を浴びるような仕事をしていたことが推察できます。
筋肉の発達がよい場合、生前に肉体労働に従事していた方だとわかります。

皮膚も、ご遺体の生前の様子を教えてくれます。年齢のわりに日焼けをしている場合は農業に従事していた方が多いですし、長袖の日焼けをしている場合は建設現場や工事現場などで肉体労働をしていた方だろうと推測できるのです。
■ご遺体をみれば「病院嫌い」もわかる
ご遺体を解剖して、「この方は生前、病院に行くのがよっぽど嫌だったのかな」と想像することもあります。明らかに生活習慣病が進んでいる所見がある、あるいはがんの末期の所見がある場合、体調もそれなりに悪かったはずです。それなのに受診歴がまったくないのは、よほどの病院嫌いだったか、生活に困っていて治療を受ける余裕がなかったか、と考えます。
乳がんを放置して亡くなったご遺体を何度か解剖したことがあります。がんは進行すると全身に症状が出ます。やせたり、大腸がんなら便が出なくなったり、胃がんが進行すれば胃が痛くなったりします。
そういう症状が出てQOL(Quality Of Lifeの略。生活の質、人生の質)が下がると普通は病院に行くものですが、乳がんは胸のしこりや乳房のひきつれ、ただれなどが症状として出てくるため、病院でみてもらうのが恥ずかしいと放置してしまう人がいます。末期になると皮膚が潰瘍化して、ただれて乳房がなくなり、ますます受診のタイミングを逃してしまうのです。
■臨床医では病名がわからない異状死体の痕跡
最終的には家で倒れているのを家族がみつけて救急車を呼びますが、救急隊員が心臓マッサージをしようとすると、みたことのないただれが胸にある。
救急隊は驚いて搬送するのですが、病院の医師もこのような傷はみたことがない。やけどか? それとも新しい感染症か? こうして、私のもとに解剖依頼が寄せられます。病院にはここまでがんを放置した患者さんはやってきませんから、臨床医だと乳がんの末期だとわからない場合もあるのです。
異状死体が多い地域というのはありませんが、高齢化率の高い地方のほうが突然死は多い印象です。当然、異状死体として私のもとに運ばれてくる方も高齢者の占める割合が多くなります。
地域によって事件や事故の種類が違うなと思うこともあります。当たり前のことですが、海や川が多い地域ならば、海や川で亡くなった方がよく運ばれてきますし、近くに山があれば遭難やクマ被害によって亡くなった方が増えます。東京で仕事をしていたときは、強盗殺人やリンチによって亡くなったご遺体が多かった印象があります。
地域の違い、時代の変遷によって人の亡くなり方は変わります。死は、私たちが暮らす社会と密接につながっているのです。

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高木 徹也(たかぎ・てつや)

法医学者、東北医科薬科大学教授

法医学者。1967年東京都生まれ。
杏林大学法医学教室准教授を経て、2016年4月から東北医科薬科大学の教授に就任。東京都監察医務院非常勤監察医、宮城県警察医会顧問などを兼任し、法医解剖施行数は6000件に迫る。『ガリレオ』『ヴォイス~命なき者の声』『しあわせな結婚』など、法医学・医療監修を手掛けたドラマや映画は多数。著書に『なぜ人は砂漠で溺死するのか?』(メディアファクトリー)『こんなことで、死にたくなかった 法医学者だけが知っている高齢者の「意外な死因」』(三笠書房)などがある。

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(法医学者、東北医科薬科大学教授 高木 徹也)
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