子供の考える力を伸ばすにはどうすればいいか。昔ばなし研究者の沼賀美奈子さんは「スマホやAIにより問いから答えまでの距離が短い今の時代は、自分で意味を見つける力も、試しながら理解する力も、少しずつ弱ってしまう。
限られた情報から、考える力である推論のプロセスを取り戻すのに、昔ばなしはとてもよい素材になる」という――。
※本稿は、沼賀美奈子『昔ばなしの魔法』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■問いから答えまでの距離が短い現代
リビングで、子どもがふと、つぶやきました。
「ねえ、なんで空って青いの?」
素敵な問いかけです。でも、その次の瞬間、スマホを取り出し
「空はなんで青いの?」
AIが即答します。
「太陽の光が散乱して……」
子どもは画面も見ずに言います。
「へー、そうなんだ」
そして、すぐにゲームに戻ってしまう。
その背中を見ながら、ふと、言いようのない不安に襲われるのも当然です。
「あれ? この子、本当に理解してんの?」

「わかったつもりになってない?」
現代の親が抱える、よくある不安です。
わからないことがあっても、今は0秒で答えが出ます。
便利です。とても便利です。

けれど、その便利さの中では、「これって、どういうことだろう?」と首をひねる時間も、「もしかして、こうかな?」と仮説を立てる時間も、すっと消えてしまいます。
問いから答えまでの距離が、あまりにも短くなってしまっているのです。
■奪われていく直観と意味を見つける力
この思考のショートカットに慣れきってしまうと、どうなるのでしょうか。
認知科学の専門家である今井むつみさんは『AIにはない「思考力」の身につけ方』(筑摩書房)という本の中で、次のように語っています。
「人間は学びの過程で、考え、間違え、それを自ら修正することで、技を身につけると同時に、直観を磨きます。この直観こそが、この先みなさんが学ぶうえで非常に大切なものです。」
AIは、もっともらしい答えを出すことはできます。でも、子どもはその答えを身体でわかっているわけではありません。本来は、迷い、間違え、やり直しながら「なるほど、そういうことか」と腑に落とす過程が必要です。
人間は、遠回りの中で考える力を育てます。
わからない。でも、気になる。立ち止まる。
考える。間違える。また考える。
そのくり返しの中で、直観が磨かれていく。
けれど、もし無自覚なまま、考えることをAIに預け続けたらどうなるか。
自分で意味を見つける力も、試しながら理解する力も、少しずつ弱ってしまいます。
だからこそ、今必要なのは、速く答える力ではなく、答えにたどり着くまでの時間を、自分の頭と心で生きる力なのです。
■不便さこそが、思考力の土台をつくる
考える力とは、難しい知識をたくさん知っていることではありません。
限られた情報から、
「次はどうなるのだろう?」

「この人は、なぜこうしたのだろう?」

「自分なら、どうするだろう?」
と先を読み、意味をつないでいく力です。
それが推論する力です。
この失われやすい推論のプロセスを取り戻すのに、昔ばなしはとてもよい素材になります。なぜなら昔ばなしには、子どもが自分で考えたくなる「余白」と「くり返し」があるからです。

昔ばなしは、現代の創作文学のように、何もかもを親切に説明しません。登場人物の気持ちも、行動の理由も、細かくは語られないことが多い。
たとえば「かちかち山」のタヌキが、なぜあれほどひどいことをしたのか、丁寧には説明されません。
だから子どもは、自分の心と頭を使って考えます。
「なんで、そんなことをしたんだろう?」

「このあと、どうなるんだろう?」
さらに昔ばなしには、同じ展開がくり返される独特のリズムがあります。
たとえば「白雪姫」では、継母が姿を変えながら、三度も白雪姫を殺そうとします。
1回目。2回目。そして3回目。
そのたびに、子どもは手持ちの情報を総動員して考えます。
「また来た!」

「今度こそ危ない!」

「どうして白雪姫は気づかないんだろう?」

「自分だったら、どうするだろう?」
この「次はどうなる?」とドキドキしながら自然に先を予測する時間。夢中で物語の流れを追いかける時間。
それこそが、推論の力を育てるのです。
AIがすぐに答えを出してしまう世界では、この時間が奪われやすい。
でも昔ばなしは、あえてすぐに答えを渡しません。
だから子どもは、考えるしかない。
その不便さこそが、思考力の土台をつくります。
■答えが出ない問いを、投げ出さずに抱える
考えぬく力は、先を予測する力だけでは足りません。
本当に深く考えるためには、考えてもすぐには答えが出ない問いを、投げ出さずに抱えていられることが必要です。
「まだわからない」

「でも、気になる」

「簡単には決めたくない」
この姿勢があるからこそ、人は表面的な答えで思考を止めずに済みます。
イギリスを代表する詩人キーツは、こうした力をネガティブ・ケイパビリティと呼びました。
すぐ結論を求めずに、不確かさや謎の中にとどまる力です。
これは、今こそ、とても大切な力だと私は思います。
なぜなら、AIはもっともらしい答えをすぐ返してくれるけれど、人生には、すぐには答えが出ない問いのほうが、ずっと多いからです。

どうして、あの人はあんなことを言ったのか。
なぜ、こんな理不尽なことが起きたのか。
本当に大切なものは何か。
愛しているのに、どうして離れなければならないことがあるのか。
そういう問いは、検索しても出てきません。そして昔ばなしには、その「すぐには答えの出ない問い」が、ちゃんと残されています。
日本の昔ばなしで言えば、「鶴の恩返し」がまさにそうです。
なぜ、見てはいけなかったのか。
なぜ、約束を破ると、鶴は去らなければならなかったのか。
なぜ、愛しているのに、一緒にいられないのか。
この物語に答えはありません。
だから、子どもの中に問いが残ります。

読んですぐスッキリするのではなく、あとからじわじわ考えてしまう。
「約束って何だろう」

「見てはいけないのはなぜかな」
昔ばなしは、こうして子どもの中に終わらない問いを住まわせます。
■「先を読む。意味を考える」で思考は深くなる
そして、その問いを急いで片づけずに持っていられること。そこに、考えぬく力の、もう一つの土台があるのです。
「白雪姫」のように、次を予測しながら読む経験が、推論の力を育てます。
そして「鶴の恩返し」のように、答えの出ない余韻を残す体験が、問いを持ち続ける力を育てます。
この二つは、別々のようでいて、本当はつながっています。
先を読む。意味を考える。でも、わからないものは、わからないまま抱えてみる。その行ったり来たりの中で、思考は深くなっていきます。
AIは、答えを速く出すことが、人間よりずっと上手です。
でも、答えがすぐ出ない問いの前で立ち止まり、迷い、考え続けること。
それが、人間の知性の礎です。
昔ばなしは、その土台を、子どもの中にそっと育ててくれるのです。

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沼賀 美奈子(ぬまが・みなこ)

昔ばなし研究者、大学講師

忙しい毎日の中で、研究とITベンチャー共同経営、3児の育児を両立させてきた実体験から、寝る前の5分、昔ばなしを読み聞かせることが「親子の救い」になることを発見。時代に流されない昔ばなしの知恵を子育てに生かす活動を行っている。白百合女子大学大学院で児童文学を専攻、昔ばなし研究の第一人者・小澤俊夫氏に師事。小澤昔ばなし研究所に所属し、昔ばなしの研究を行う。昔ばなしを聞かせ続けた子どもたちは、難関中学や東京大学へ合格。著書に絵本『じゅうにしのはじまり』(世界文化社)等。

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(昔ばなし研究者、大学講師 沼賀 美奈子)
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