イランでは、日本のドラマや漫画、アニメが長く親しまれてきた。さらに、イスラム教国であるイランでは、意外にも「お坊さん」が主人公の日本アニメが子どもだけでなく聖職者からも評判だという。
現代イスラム研究センター理事長の宮田律さんが、イランで愛される日本文化を読み解く――。(第2回)
※本稿は、宮田律『イラン戦争 アメリカ・イスラエルの策略』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。
■化学兵器被害を描いた日イラン合作映画
1980年代のイラン・イラク戦争においてイラクが使用した化学兵器によって、呼吸器や目の疾患で苦しむイラン人と、広島の海外医療支援団体の交流を描いた映画「ボナさん伝説 魔法のランプの魔神」(イラン・日本合作)が2021年8月に広島市で公開された。
イランの化学兵器被害者と交流してきたNPO法人モースト(広島市東区)の津谷静子理事長、被害者の治療を行ってきたオーストリア人医師ゲルハルト・フライリンガー、また戦争孤児の世話を行うイランの俳優パルヴィーズ・パラストゥイーが出演し、通訳として交流の懸け橋になったマフムド・ボナクダーニヤさん(ボナさん)が魔神に扮し、物語の案内役を務めるというストーリーだ。
パラストゥイーが主演した映画「我が家のお客様(Mihman Darim)」(2014年公開)は、化学兵器の被害を受けて障碍者となり、苛立つ息子レザーをもつ老夫婦の家にレザーの兄や姉の3人の子どもたちが訪ねて来て楽しく、幸せなひと時を送るが……というストーリーだった。
イラン・イラク戦争でのイラクの化学兵器使用によって、5万人以上のイラン人が犠牲になり、また50万人が目や、皮膚、呼吸器などに後遺症をもつようになったと見積もられている。
■平和教材になった『はだしのゲン』
1980年代、アメリカは親米的スタンスをとったサダム・フセイン政権のイラクのイランへの化学兵器使用には目をつぶり、その後1991年の湾岸戦争を契機にイラクの化学兵器保有を強調するようになって、2003年3月のイラク開戦の口実とした。
アメリカなど欧米諸国の身勝手な姿勢がイランの化学兵器被害を拡大させたことは確かだろう。アメリカの大量破壊兵器に関する理不尽な姿勢も、アメリカの核兵器の犠牲になった広島・長崎に対するイラン人の強い同情になっていることは間違いない。
イランでは、広島への原爆投下に対する同情が強く、広島に留学していたイラン人のサラ・アベディニさんは『はだしのゲン』をペルシア語に訳し、「(原爆によって)体の皮がむけたり、髪が抜けたり、そこまでは『はだしのゲン』を読むまでは知らなかった。この悲しい気持ちを、できればイラン人にも伝えられれば、よい本になるのではと思った」という。
そしてイランでは『はだしのゲン』の読書会によって原爆の悲惨さを知るようになったと語る人もいる。
「ゲン」はイランなど中東イスラム世界では立派な平和教材となっている。
■視聴率90%、イランを覆った「おしん」
橋田壽賀子原作・脚本のドラマ「おしん」は、日本での平均視聴率は53%、最高視聴率は62.9%(1983年11月12日)で、日本のテレビドラマの最高視聴率を記録した。
日本でも人気があったが、イスラム諸国でも高い人気を誇っていた。1980年代末にイランに行くと、私たち日本人は「おしん!」とよく声かけられた。「おしん」はイランで視聴率90%も超えるような人気番組だった。
その頃、タクシーに乗ると、運転手から「『おしん』のストーリーの最後はどうなる?」などと聞かれた。イラン人たちは、「おしん」によって日本や日本人の好印象をもっているようで、「おしん」の貢献や功績は大きかった。橋田壽賀子さんはイランなど世界の日本人に対する良好なイメージをつくった最大の功労者と言っても過言ではないだろう。
1980年代、イランはイラン・イラク戦争を戦い、大変な困難にあった時期だ。イラン側の戦死者は少なくとも20万人、家族、親族、友人を亡くした人も少なくなかった。革命と戦争で経済状態はよくなく、テヘランの街で両替し、100ドル札を出すと、ずしりと重い、現地通貨のリアルの束が返ってきた。イラン人が苦難や窮乏に耐え、家族を戦争で失い、家族的結びつきを特に大事にした時期に「おしん」はイラン人の間で受け入れられた。

■「一休さん」が聖職者に評価されるワケ
「おしん」で表現されていた日本人の優しい情感は、弱者の救済を説くイスラムの人々に評価された。1980年代にイランに行って街を歩くと、「ジャポン、ヘイリー・ホベ(日本はとてもよい)」などと声をかけられることが多かったが、これも「おしん」のお陰だと思わざるを得なかった。
また、イランでは、アニメ動画サイトで『アルスラーン戦記』25話すべてがペルシア語字幕付きでアップロードされ、イランの若者たちの間で人気を集めた。物語に登場する名称は基本的にペルシア語で表されるが、19世紀のイランで書かれた『アミール・アルサラーネ・ナームダール』(「名高き王アルサラーン」の意)という英雄叙事詩が題材となっている。
ペルシア語に訳された『アルスラーン戦記』は舞台設定も古代イランで、その動画のコメント欄には「日本人よ、イランの歴史を描いてくれてありがとう」「自国の歴史と文化に誇りを持てた」などの肯定的な評価を得ていた。
イランでは日本のアニメは人気があり、イスラムの国であるにもかかわらず「一休さん」は子どもたちや大人たちから支持を得ている。一休さんが誰も傷つけることなく、平和的に解決を見出すところが、支配階級である聖職者からの評判も良い理由だそうだ。
■禅とイスラム神秘主義の意外な縁
禅という沈黙の中から寓意を読み取る点で、禅とイランのイスラム神秘主義には共通性があるとイランのハタミ大統領も2000年に来日した際に語っていたが、映画を通じて、日本とイラン、またアジアの世界が普遍的な精神性でつながっていることをキアロスタミ監督は教えてくれた。キアロスタミ監督と同様に、日本映画を称賛する声は他のイラン人映画監督たちからも聞かれる。
2015年8月、赤坂でイラン大使館主催の「平和と友好の映画祭」で上映された「霧と風」のモハマッド・アリタレビ監督は映画を制作する上で大事なことは「記憶」を遺すことだと語っていた。
アリタレビ監督は日本の黒澤明、溝口健二、小津安二郎などの巨匠たちの作風に大きな影響を受けたと語り、小津監督の墓参りに行き、そこに書かれてある「無」という文字を確認したいとも話した。
日本の現在の街を歩くと、スマホを操作する人が大勢いて、小津監督時代の情感が希薄になっているのではないかという指摘も監督からされた。
作品の中でもっとも描きたいのは、家族間の愛情、人間愛などだという。イラン映画の佳作に描かれる家族愛、人生の無常観をあらためて確認する機会ともなった。

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宮田 律(みやた・おさむ)

現代イスラム研究センター理事長

1955年山梨県生まれ。83年慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻修了。米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院修士課程(歴史学)修了。専攻はイスラム地域研究、国際政治。著書に『イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか』(新潮新書)、『50のストーリーでつながりがわかる イスラムの世界史』(中央公論新社)、『黒い同盟 米国、サウジアラビア、イスラエル』『アメリカのイスラーム観』『ガザ紛争の正体』(以上、平凡社新書)、『武器ではなく命の水をおくりたい 中村哲医師の生き方』(平凡社)など。

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(現代イスラム研究センター理事長 宮田 律)
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