■Nスペ出演の「中国出身社長」が逮捕されていた
6月18日、ある在日中国人夫婦が入管難民法違反の容疑で警視庁に逮捕された。藍沢鵬程氏(39)とその妻(37)の2人だ(※妻は7月8日付で不起訴処分)。このニュースが報道されると、在日中国人社会に衝撃が走った。逮捕の数日後に会った知人(中国人)は、私が聞くよりも前に、堰を切ったように藍沢氏について語り出した。
「名前を見てすぐ、先月、『NHKスペシャル』に出演していたあの藍沢だとわかりましたよ。番組に出ていた中国人の中で、中心的に紹介されていましたからね。事件後すぐにウィーチャットを開いてみたら、すでに何人もの知り合いがこの報道について熱心に書き込みをしていて、あらゆる論評をしていたので、びっくりしたんです」
一体、どんな論評をしていたのか。知人のウィーチャットの画面を覗かせてもらうと「NHKに出演すると大宣伝を繰り広げて、ロケの場面まで撮影して有頂天になっていたのが、一気に地獄へと突き落とされたね。あはは。ざまあみろ」「8000万から1億円はするというロールス・ロイス・ファントムに乗ったりして、最初から怪しいと思っていたんだ」「番組の中で語っていた言葉がいちばんウケた」など彼を嘲笑する言葉が並んでいた。
■テレビで語った言葉が“ブーメラン”に
番組の中で語っていたというのは「日本に来る99.99%の外国人は違法な犯罪をするわけではなく、社会のルールを壊すわけでもない」と豪語した部分だ。
その「NHKスペシャル」が放送されたのは逮捕の約1カ月前の5月24日。番組のタイトルは「潤日の肖像 日本に向かう“中国”」。近年、中国リスクなどを理由に日本に移住することを中国語で「潤」(run=ルン)と呼び、日本で話題になっている。そうした人々(主に富裕層)の来日の経緯や仕事ぶりなどを肯定的に紹介するドキュメンタリーだ。数人の移住者やその関係者が取り上げられており、番組は、沖縄県宮古島や長野県白馬村などに向かう彼らに密着取材していた。
番組の中で藍沢は富裕層ビジネスをする会社経営者として登場。移住者から今後の日本での生活や子どもの教育などについて相談を受け、それに親切に応えてあげる……という立ち位置で取り上げられていた。
■自称「富裕層の執事」の経歴とは
放送直後の反響は大きく、日本のSNSでも話題になったが、私が知るかぎり、在日中国人の間での評判は芳しくなかった。「あれは『潤日の肖像』ではなく、『潤日で金儲けをする中国人の肖像』でしょう? ごく一握りの在日中国人をあのように取り上げることで、まるで在日中国人社会全体で起きていることのように日本人に誤解されると思うととても残念。
私の知人によると、藍沢は小学生の頃に両親とともに来日しており、日本在住歴は30年に及ぶ。日本語はペラペラで、日本企業で働いた経験もあるらしいが、詳しい経歴はわかっていない。近年は「中国人富裕層の執事」と自ら名乗り、日本語が不自由な富裕層の行政手続きやゴミの捨て方などまでサポートし、羽振りのいい商売をしていたようだ。彼のSNSによれば、10億円以上の資産を持つ富裕層の顧客を50人持っていたという。
■「技人国」ビザで不正入国させたか
私が知人から見せてもらった彼の名刺には中国のブロックチェーン投資機関の日本代表とあり、名前は本名の「王鵬程」と書かれていた。住所は東京・港区だった(現在、その名刺にあるホームページを検索しても存在しない)。
だが、知人が藍沢に用事があってたずねたオフィスは同荒川区のシェアオフィスのような狭いところだったそうだ。富裕層ビジネス、ブロックチェーン、その他、中国からの移住者を対象にさまざまな商売を行い、複数の名刺を使い分けて、私腹を肥やしていたのかもしれない。
報道によると、藍沢が逮捕されたのは、2023年5月、中国にいる女性の学歴や勤務先を偽って「技術・人文知識・国際業務」(「技人国」)の在留資格を申請し、日本に入国させたというものだ。同女性は今年4月に逮捕、その後起訴されているが、昨年末から警視庁に匿名の情報が寄せられ、捜査されていたという。藍沢は当然、そのことを知っていたはずだが、それなのにNHKの取材を引き受けたのは「自分にまで捜査が及ぶことはない」とたかをくくっていたのだろうか。
日本人や在日中国人の紹介なのか、あるいは、NHKが自ら彼を「適切な取材対象者」として探し出してきたのかは不明だが、NHKは藍沢の“身体検査”を怠ったまま彼を主要な登場人物として番組内で取り上げた。事件後、NHKはすぐに同番組のネット配信をストップさせたことから、局内で動揺が広がったことは確かだろう。
■永住者、留学の次に多い在留資格
法務省のサイトなどによると、「技人国」とは自然科学、人文科学、外国文化などの専門知識を有する人に与えられる在留資格だ。具体的にはシステムエンジニア、国際業務、経理、貿易、マーケティング、通訳、デザイナー、教師などの職で、主にホワイトカラーの会社員が取得している。
在留中国人で最も多い在留資格は「永住者」で、次いで多いのは「留学」、その次が「技人国」で、25年末時点で約11万7000人に上る。日本に長年住み、今後も日本に住み続ける予定の中国人は最終的に「永住者」か「帰化」を選択することが多いが、それ以前に彼らが取得する、最もポピュラーな在留資格が「技人国」だ。
しかし、藍沢が入国させた女性は、日本で会社員として働くのではなく、藍沢の顧客のベビーシッターをしていた。ベビーシッターとして働くことができる外国人は「永住者」や日本人の配偶者などに限られるため、女性は「資格外活動」をしていたことになる。
むろん、それ自体、入管法違反という犯罪になり、雇用主も罰せられるが、私が在日中国人の知人から聞いた情報では、そのベビーシッターの入国を藍沢に依頼した雇用主のバックにいる人物の名前が、在日中国人社会で話題にのぼったらしい。
■富裕層ビジネスの「旨味とリスク」
名前は伏せるが、1972年生まれの中国在住の男性で、教育ビジネスで名を馳せた「かなりの大物」だそうだ。不勉強で私は知らなかったのだが、知人はSNS上にあるその人の名前を私に見せて、「ほら、この人、中島さんも知っているでしょう?」と教えてくれた。中国版ウィキペディアのようなサイトでも紹介されている。
知人によれば、その男性の子どもが日本に9人いて、「富裕層の執事」を自称する藍沢はベビーシッターを中国から呼び寄せることを頼まれ、犯罪に手を染めたのではないかという。雇用主は日本に住む妻なのか、愛人なのかは不明だが、背景にはかなり大きな問題が隠されているといえそうだ。
このように、藍沢は富裕層ビジネスを行っていたわけだが、知人は「藍沢事件が在日中国人社会に与えた教訓は大きい」と話す。それは「富裕層ビジネスの旨味とリスクを在日中国人が改めて痛感させられたことにある」という。旨味とは、富裕層とのビジネスで自身も富裕層へとのし上がることができるという点だ。
■急増する「移住」の背景事情
現在、日本に住む中国人は約93万人と1県レベルの人口に膨れ上がっている。その先発隊は1980年代以降に来日した人々だ。留学や出稼ぎ目的の人が中心で、日中間に大きな経済格差があった時代だった。彼らの多くは日本で会社員として働いたり、一部は起業家として成功したりしているが、私が知る限り、ある程度は日本語ができ、金銭感覚も日本人と大差なく、地道に働いてきた。
しかし、コロナ禍の頃から、中国リスクを背景に、中国の財産を持ち出して日本に移住する富裕層が急増し始めた。彼らの移住サポートを担うようになったのが、日本社会を熟知していて、中国と日本の狭間に立つ在日中国人だ。
富裕層は「中国の感覚」で仕事を依頼してくるため、もし彼らとビジネスをすることができれば、相場が安い日本の仕事よりも高額な報酬を得ることができる。
私の別の知人は、コロナ禍でインバウンドが減少し、経営が悪化していたが、中国からやってきた富裕層が投資してくれて、会社を存続できたと話していた。
■「ゆるい日本でならできるでしょう?」
一方で、富裕層と組むことはリスクも伴う。問題になっている地下銀行の運営などもそうだが、中国から日本への送金や、中国で犯罪になるようなことを「ゆるい日本でならできるでしょう?」といって無理難題を持ち掛けられるケースもある。とくに、在留資格については、日本政府は昨年から審査を厳しくしており、今後、同様の犯罪が次々と摘発される可能性はかなりあると考えられる。
これまで日本人同様、まじめに働いてきたのに、富裕層から桁違いの報酬を提示され、汚い仕事を持ち掛けられて、その誘惑につい飛びついてしまう在日中国人もいる。
前述の知人は「SNSでいろいろなものが可視化されてしまう時代。彼は金持ちになって、周囲の中国人から相当妬まれていて、近しい中国人が警視庁に密告した可能性もありますよね。それに、今回の件で、日本メディアに載ってもいいことはない、むしろ、目立つからやめたほうがいいと思った人もいたのではないでしょうか。SNSで金持ち自慢を一切しない、日本社会との接点を持たない、というのが賢いやり方だと話している人もいます」と語ってくれた。
奇しくも「NHKスペシャル」への出演によって、犯罪の大きさ以上に注目されてしまった藍沢氏。第2、第3の藍沢は今後も出てくるのだろうか。
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中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』『日本のなかの中国』(日経プレミアシリーズ)などがある。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)

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