子育てで意識するべきことは何か。昔ばなし研究者の沼賀美奈子さんは「親である自分が子育てで不安に押しつぶされそうな夜は、昔ばなしの本を開くといい。
親の代わりに昔ばなしが、子どもの目の中に明るい未来をはっきりと映し出してくれる」という――。
※本稿は、沼賀美奈子『昔ばなしの魔法』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■人間関係の不思議で強力な法則
うちの子、このままで大丈夫なのかな……。
子育てをしていると、ふとそんな不安に飲み込まれそうになる夜があります。
周りの子と比べて焦ったり、子どもの欠点ばかりが目についてしまったり。
「どうしてこんなこともできないの」と、つい厳しい目を向けてしまう自分に落ち込むこともあるでしょう。
でも、人間関係には、とても不思議で強力な法則があります。
それは前提が、結果をつれてくるという法則。
子どもは、目の前にいる大人の目の中に映る自分の姿を見て育ちます。
目の前の大人が、「この子はきっと大丈夫だ、最後は素晴らしい人生になる」というポジティブな明るい未来をイメージしながら接してくれたら、子どもはそのまなざしを鏡にして、自分は大丈夫なんだと確信できます。
そしてその明るい未来は、現実になっていくでしょう。
■「めでたし、めでたし」の魔法
これは子どもに限らず、大人でも同じです。

自信をなくしたとき、自分の未来が「めでたし、めでたし」になることを心から信じてくれる人が目の前にたった一人でもいれば、私たちは何度でも立ち上がり、前へ進むことができます。
「大丈夫だ!」と信じてくれる人がいれば、本当に大丈夫になるのです。
これが、人間を育てる一番の魔法です。
もちろん不安でいっぱいの目を、子どもに向けてしまう日もあるでしょう。
そんなとき、自分で無理にポジティブになろうとする必要はありません。
自分の代わりに、子どもの「めでたし、めでたし」の未来を信じきってくれる存在を目の前に置いてしまえばいいのです。
それが、昔ばなしです。
昔ばなしには、主人公が最後に幸せになって終わる話がたくさんあります。
物語の途中で、親に捨てられたり、化け物に襲われたり、とんでもない失敗をして理不尽な目にあうという試練は何度もやってきます。
けれど、どんなに間抜けな若者でも、寝てばかりいる怠け者でも、最後は助けを得て、めでたし、めでたしな幸せな結末を迎えます。
昔ばなしは、何千年もの間、無数の親子を見てきた子育ての超ベテラン。
目先の失敗やトラブルに一喜一憂しません。

今はダメに見えるかもしれないけど、大丈夫。最後は絶対に幸せになるから、というポジティブな前提で昔ばなしはどっしり構えているのです。
自分が不安に押しつぶされそうな夜は、無理に笑わなくていいんです。
ただ、昔ばなしの本を開いて、その声を子どもに渡してください。
親の代わりに、昔ばなしが、子どもの目の中に明るい未来をはっきりと映し出してくれます。
親の不安なまなざしを、昔ばなしの絶対的な肯定のまなざしにすり替える。
これもまた、昔ばなしが持つ最高にやさしい魔法の一つです。
■価値が残るのは、人間側の選択と判断
子育てをしていると、つい「正解」を探してしまいます。
何歳で何ができているべきか。

どの習い事が得か。

どの学校が安全か。

どの教材が伸びるか。

答えがあると安心できるからです。
でも、今の時代で、「正解は一つだ」と信じた瞬間に、親も子も苦しくなります。
なぜなら、子どもたちが生きる世界は、これからますます「正解が一つではない世界」になるからです。
AIが発達すればするほど、答えそのものは速く、安く、簡単に手に入ります。
すると価値が残るのは、「その答えをどう使うか」「その答えをどこまで信じるか」「そもそも何を問いにするか」ということです。つまり、人間側の選択と判断です。
正解が一つだと信じる環境では、失敗への恐怖が強まり、挑戦が減ります。
■擬似体験が「未来の選択肢」を増やす
その一方、複数の解釈が許される環境では、人は試行錯誤しやすくなり、柔軟な思考が育ちます。
ここで、物語の力が発揮されます。
昔ばなしの効用の一つは、経験しなくてもわかることを増やせることです。
人は、一回しか人生を生きられず、自分が体験した狭い範囲でしか物事を知ることができません。しかし物語に触れることで人生の経験値を増やせます。

貧しい家に生まれる子もいる。

裕福な家に生まれる子もいる。

勇敢な子もいれば、怖がりな子もいる。

失敗する子もいれば、運よく進む子もいる。
現実では、自分の環境や選択の範囲でしか経験できないことが、物語を通すと疑似的に手に入るようになります。
物語での疑似体験は、実際に体験することの完全な代わりにはなりません。
でも、子どもの頭の中に「新しい地図」をつくります。
「こういう世界もある」

「こういう人もいる」

「こうならなくても、生きていける」
この新しい地図が、未来の選択肢を増やします。
■「正解が一つじゃない世界」へ連れ出す
今、教育界で問題として語られているのが「体験格差」です。
旅行、スポーツ、習い事、自然体験、海外経験。
これらには、それなりの費用がかかります。
ですから家庭の経済力が、子どもの体験の幅を左右してしまいます。

SNS時代は、体験格差が可視化されます。すると親は焦ります。
「うちの子にもやらせなきゃ」と。
でも、そんなときこそ昔ばなしを思い出してほしいのです。
体験は大事。でも、全部を体験させるのはとうてい無理です。
だからこそ、家庭に物語を置く意味があります。
昔ばなしは、さまざまな時代と場所を、家の中に連れてきます。
何百年も眠る人がいる。

海の底へ行く人がいる。

異界と此し岸がんを行き来する人がいる。
「そんなの嘘じゃないか」と言うことは簡単です。

でも、嘘っぱちな話だからこそ、子どもの心に自由が残ります。
正解が一つに縛られない。受け取り方が一つに決まらない。自由しかありません。
これが、今の時代にとても効くのです。
正解探しに疲れたら、昔ばなしに耳を傾けてください。
昔ばなしは、家の中に「正解が一つじゃない世界」をそっと連れてきてくれます。

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沼賀 美奈子(ぬまが・みなこ)

昔ばなし研究者、大学講師

忙しい毎日の中で、研究とITベンチャー共同経営、3児の育児を両立させてきた実体験から、寝る前の5分、昔ばなしを読み聞かせることが「親子の救い」になることを発見。時代に流されない昔ばなしの知恵を子育てに生かす活動を行っている。白百合女子大学大学院で児童文学を専攻、昔ばなし研究の第一人者・小澤俊夫氏に師事。小澤昔ばなし研究所に所属し、昔ばなしの研究を行う。昔ばなしを聞かせ続けた子どもたちは、難関中学や東京大学へ合格。著書に絵本『じゅうにしのはじまり』(世界文化社)等。

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(昔ばなし研究者、大学講師 沼賀 美奈子)
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