■人生で最も幸福度が低くなるのは48.3歳
ミッドライフクライシス(中年の危機)という言葉をご存じでしょうか。
40代から50代にかけて、「これまでの人生の選択は正しかったのか」「これからどう生きていけばいいのか」といった悩みや葛藤を抱える現象を指します。
この現象は単なる思い込みではありません。これまで数多くの研究が、中年期に幸福度が大きく低下することを確認しています。
世界145カ国を対象とした研究によれば、幸福度が最も低くなる年齢は平均48.3歳でした(*1)。日本に限って見ても49~50歳頃に幸福度が最低となっており、ほぼ同じ傾向が確認されています。
もっとも、その状態が永遠に続くわけではありません。幸福度はその後徐々に回復し、人生全体で見ると「U字型」の軌跡を描きます。
つまり、多くの人にとって中年期は「人生の谷」にあたる時期なのです。
しかし近年の研究は、さらに興味深い事実を明らかにしています。
その谷の深さは、人によって大きく異なるのです。
■40代の落ち込みを決める「性格」の正体
では、何が中年期の幸福度の落差を生み出しているのでしょうか。
最新研究が注目したのは、「性格」です。
心理学には、人の性格を5つの特性で捉える「ビッグファイブ理論」があります。その5つとは、開放性、誠実性、外向性、協調性、神経症傾向です。
開放性が高い人は新しい経験を好みます。誠実性が高い人は計画的で責任感があります。外向性が高い人は社交的です。協調性が高い人は他人への配慮を重視します。神経症傾向が高い人は不安やストレスを感じやすい傾向があります。
私たちは普段、「性格がいい」「性格が悪い」と漠然と評価しますが、心理学ではこうした特性に分解して分析するのです。
では、これらの性格特性は中年期の幸福度とどのように関係しているのでしょうか。
その結果は、多くの人の予想を裏切るものでした。
■最も苦しかったのは「性格のいい人」だった
分析を行ったのは、イギリス・リーズ大学のアラン・パイパー講師らです(*2)。
パイパー講師らはオーストラリア、ドイツ、イギリスの大規模パネルデータを利用しました。これらのデータでは同じ人々を15年以上にわたって追跡しており、合計で30万人ほどを調査しています。
彼らはビッグファイブに基づいて人々を分類し、年齢とともに幸福度がどのように変化するのかを分析しました。
すると、意外な結果が見えてきました。
一般に「良い性格」とされる特性を持つ人ほど、中年期の幸福度の落ち込みが大きかったのです。具体的には、誠実性が高い人、協調性が高い人、神経症傾向が低い(情緒が安定している)人ほど、40代から50代にかけて幸福度が大きく低下していました。
つまり、まじめで、周囲への配慮ができて、感情が安定している人ほど、中年期の谷が深かったのです。
なぜ、このような逆説的な結果が生まれるのでしょうか。
■なぜ「いい人」ほど40代で苦しくなるのか
パイパー講師らは、その理由として「社会的役割の集中」に注目しました。
誠実で協調性の高い人は、若い頃から周囲の期待に応えようとする傾向があります。職場では責任ある仕事を任されます。
しかし40代になると事情が変わります。
仕事では管理職としての責任が増え、家庭では子育てや教育費の負担が重くなる。さらに親の介護が始まる人も少なくありません。さまざまな役割が一気に重なる時期なのです。
しかも、まじめな人ほど「断ること」が苦手です。周囲の期待に応え続けるうちに、自分自身の希望や楽しみを後回しにしてしまいます。
その結果、「私は誰のために生きているのだろう」「本当にやりたかったことは何だったのだろう」という疑問が生まれやすくなる。
パイパー講師らは、中年期を「外向きの人生から内向きの人生への転換期」と表現しています。そして、その転換が最も難しいのが、皮肉にも責任感の強い人たちというわけです。
■40代の危機を乗り越えやすい人の特徴
では、反対にミッドライフクライシスを比較的うまく乗り越えられる人には、どのような特徴があるのでしょうか。
分析では、外向性が高い人ほど、中年期の幸福度の落ち込みが小さく、その後の回復も早いことが明らかになりました。
外向性が高い人というと、「社交的で明るい人」というイメージを持つ人が多いでしょう。
もちろん、そのような側面もあります。しかしパイパー講師らは、それ以上に重要なのは「一人で抱え込まないこと」だと考えています。
外向的な人は、悩みや不安を家族や友人、同僚に打ち明けることへの抵抗が比較的小さい傾向があります。助けを求めることも苦になりません。さらに、自分が支えられるだけでなく、他人を支えることにも積極的です。
こうした人とのつながりが、40代から50代に訪れるさまざまな困難を和らげ、幸福度の急激な低下を防いでいる可能性があります。
近年、幸福度研究では「人とのつながり」が幸福を左右する重要な要因であることが繰り返し報告されています(*3)。今回の研究は、その重要性を改めて示した結果ともいえるでしょう。
■「ストレスに弱い人」のほうが落ち込みにくい
さらに意外だったのが、神経症傾向に関する結果です。
神経症傾向とは、不安を感じやすい、落ち込みやすい、ストレスを受けやすいといった性格特性を指します。一般的には、この傾向が高い人ほど幸福度は低いことが知られています。
そのため、多くの人は「中年期にはさらに幸福度が下がるだろう」と予想するはずです。
ところが実際の結果は、その予想とは逆でした。
神経症傾向が高い人は、もともとの幸福度こそ低いものの、中年期における幸福度の低下は比較的小さく、回復も早かったのです。
なぜ、このような現象が起きるのでしょうか。
パイパー講師らは、「ストレスへの慣れ」が影響している可能性を指摘しています。若い頃から不安やストレスを感じやすい人は、困難への向き合い方を長年の経験の中で身につけています。
そのため、40代になって仕事や家庭で負担が増えても、「人生にはこういう時期もある」と受け止めやすく、幸福度の落ち込みが比較的小さくなるのではないかと考えられるのです。
もちろん、これは現時点では一つの仮説にすぎません。それでも、「ストレスに弱い人ほど40代では強い」という逆説は、この研究の興味深い発見の一つといえるでしょう。
■「好奇心旺盛な人」は幸せになりやすいのか
では、最後に残る開放性はどうだったのでしょうか。
開放性とは、新しい経験を楽しみ、知的好奇心が強く、変化を前向きに受け入れる性格特性です。
一見すると、このような人は人生の転機にも柔軟に対応できそうです。そのため研究者たちも、「中年期の幸福度の落ち込みは小さいだろう」と予想していました。
しかし、結果は期待とは異なりました。
開放性と幸福度の変化との間には、一貫した関係が見られなかったのです。
オーストラリアでは開放性が高い人ほど中年期の幸福度が大きく下がりました。一方、ドイツでは逆に落ち込みが小さくなりました。イギリスでは、ほとんど違いは確認されませんでした。
つまり、「好奇心旺盛だから40代の危機を乗り越えやすい」と単純には言えなかったのです。
パイパー講師らは、この違いは個人の性格だけでは説明できず、それぞれの国の文化や社会制度、働き方などが複雑に影響している可能性があると考えています。
■40代で幸せを失わないために必要なこと
これまでの分析結果が示すように、ミッドライフクライシス時の幸福度の低下は、各個人の性格特性によって異なります。
この研究から得られる最も重要な示唆は、「性格を変えましょう」ということではありません。むしろ重要なのは、自分の性格を理解し、それに合った対処法を意識することです。
例えば、責任感が強い人なら、周囲の期待に応えようとしすぎていないかを振り返ってみる。また、一人で抱え込みやすい人なら、家族や友人に助けを求めることをためらわない。
こうした心がけが、誰もが直面する「人生の谷」を少しでも穏やかに乗り越える助けになるかもしれません。
40代は、人生で最も幸福度が低くなりやすい時期です。しかし、それは人生の終わりではなく、その後の人生をより豊かにするための転機でもあります。
自分の性格を知り、自分に合った向き合い方を見つけることが、その谷を乗り越える第一歩になるのではないでしょうか。
〈参考文献〉
(*1) Blanchflower D. G. (2021). Is happiness U-shaped everywhere? Age and subjective well-being in 145 countries. Journal of population economics, 34(2), 575–624.
(*2) Piper, Alan T.; Zou, Min; Zhou, Ying (2026) : Personality, ageing, and the midlife low: Longitudinal evidence from Australia, Germany, and the UK, SOEPpapers on Multidisciplinary Panel Data Research, No. 1236, Deutsches Institut für Wirtschaftsforschung (DIW), German Socio-Economic Panel (SOEP), Berlin
(*3) Diener, E., & Seligman, M. E. P. (2002). Very happy people. Psychological Science, 13(1), 81–84.
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佐藤 一磨(さとう・かずま)
拓殖大学政経学部教授
1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。
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(拓殖大学政経学部教授 佐藤 一磨)

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