大卒後にSEとして会社に勤務していた32歳男性は当初は懸命に働いていたが、次第に、会社にいづらくなり、退職。その後、フリーランスとして食いつないだが、今は無収入だ。
そこで、望みを託したのが障害者年金や生活保護だったが、給付の可能性がないことを知り、家計管理の専門家のアドバイスに沿って人生の立て直しを始めた――。
■「障害年金はもらえる? 生活保護は?」
私のもとに相談に訪れる方は、ひきこもりとなっている人の両親や兄弟姉妹も多いですが、ひきこもっている本人からご相談を受けることもあります。その場合、収入は少ないものの、何とか働いていて、「今後どのような点に注意して暮らしていけばよいか」という前向きな相談と、「今の状態で何とか収入を得るすべはないのか」という消極的な相談に分かれる傾向があります。今回来られたご相談者は、後者でした。
◆相談者の家族構成

相談者:伊藤 翔太さん(仮名)32歳(無職)ひきこもりのご本人(一人暮らし)

家族(別居):父親 勝也さん(仮名)64歳(契約社員)

母親 容子さん(仮名)62歳(パート主婦)
◆資産

・本人の貯蓄額:約60万円

・両親の貯蓄額は不明。自宅は戸建て持ち家
◆収入

・なし
◆支出

・生活費:月額約8万円

・住居費:月額約5万円

ご相談者の翔太さん(仮名)は私に会うなり、こう聞いてきました。
「仕事が入らなくなってしまい、生活が苦しいんです。障害年金をもらえないかと思いまして」
「障害のために仕事ができないのであれば、受給できる場合もありますが、状況によりますので、一概にもらえるとか、もらえないとかは言えません。どのような障害があるのですか? クリニックは受診していますか?」
翔太さんは首を振って、今度は「では、生活保護ならもらえますか? 収入がなくて、生活に困っているんです」
「生活保護の申請に行くと、まずはご両親の援助が受けられないか、確認されることになるでしょう。もっともその前に、仕事をするように言われるのではないでしょうか」

「その仕事がなくなってしまったんですよ」
■つまずきの原因はコロナ
翔太さんはイライラしてきているようです。そこで私は、現在の状況に至ったわけを聞くことにしました。
翔太さんは大学卒業後、システム関連の会社に就職して、サラリーマン生活を送っていました。
システムエンジニアとして、残業続きの忙しい毎日を送っていました。そこに起こったのがコロナによるパンデミックです。業務はすべてリモートに切り換えられ、在宅勤務となりました。システムの構築が主な業務でしたので、在宅でも今までどおりに業務を継続できました。
ところが、少しずつ業務をためるようになってしまったのです。在宅勤務ですから、自宅で一人パソコンに向かうことになります。なかなか気が乗らず、ネットサーフィンをしているうちに、締め切りの期日が近づき、徹夜で締め切りに間に合わせる状況が続きました。
そのうち、仕事をためてしまい、納期に間に合わないことが連発したそうです。あわてて業務をこなすとミスも続き、すっかり職場の信頼をなくしてしまいました。気まずくなり、会社を退職して、フリーランスとして業務を受託することにしました。
■生活ペースも乱れ、今では昼夜逆転
最初のうちは、かつての職場の縁で仕事を回してもらいましたが、せっかくもらった仕事にもかかわらず、納期を守れず、そのために仕事依頼が尽きて収入も途絶えてしまったということです。
翔太さんはすっかり自信をなくして、以前の職場の仲間や学生時代の友人とのかかわりも避けるようになり、ひきこもりのような状態になっています。
一人暮らしであったため、生活ペースも乱れ、今では昼夜逆転した状態が続いています。
もともと人づきあいがそれほど得意ではなく、それでシステムエンジニアの仕事を選んだ翔太さんです。職場や依頼者の信頼を失い、仕事そのものが途絶えてしまった今では、それまでの貯蓄を取り崩す生活が続き、残った貯蓄額も60万円ほどになってしまいました。月の支出は家賃5万円を含め13万円。無収入のままだと、数カ月でそれも底を突きます。それで私のもとを訪れたということのようです。
ひきこもりの増加とともに、社会復帰に導くためにいろいろな方策が検討されています。人と接するのが苦手な人でも、リモートワークでできるシステム開発やパソコン入力の仕事であれば問題なく働けるのではないか、と期待を寄せる向きもあります。私もこの可能性に魅力を感じ、ひきこもり問題の解決策になるのではないかと、講演会などでご紹介したことがありました。
■「何とかしてお金をもらえないかと……」
しかし、現実にはそう簡単にはいかないようです。リモートでできるとは言っても、仕事のすべてが一人で完結するわけではなく、関係するメンバーの間でのチームワークがなければ仕事は進みません。さらに、チームのメンバーに迷惑をかけてはいけない、という意識が仕事のモチベーションになり、自分の責任をまっとうすることにつながります。
「人と接するのが苦手であれば、一人でできる仕事をやればよい」という意識だけでは、任された仕事をやり遂げることは難しいようです。
「たとえ再び仕事が入ってきたとしても、また同じ状況になってしまいますね」
話を聞き終えてそう私が言うと、本人はうなだれるしかありません。
「だから、何とかしてお金をもらえないかと……」

「以前リモートワークになる前は、普通に会社に行って、普通に仕事ができたわけですよね。なんとか、かつての状態に戻れるように、やってみましょう。生活保護はそれから考えたのでも遅くはないでしょう」
私はファイナンシャル・プランナーですので、資金計画が本職であり、ご本人の意識改善や就業支援は専門ではありません。不用意なアドバイスをするべきではないのですが、この時は私なりのアドバイスをしました。
「まずは生活の立て直しから始めてみましょう。」
私は、3つのことをするように提案しました。
■生活立て直しのための3つのアドバイス
① 一人暮らしをやめて、実家に戻り、両親と生活する。

② 若者サポートステーションなどで、他の人との共同作業をしてみる。

③ システム開発にこだわらず、できる仕事を探してみる。
まず①の一人暮らしをやめるという点です。もともと仕事があった時から、昼夜あまり関係ない生活になっていました。
納期が迫ると徹夜でこなし、それが終わると昼でも寝ているという状況が続いていました。さらに仕事が途絶えてからは、おなかがすいたらコンビニに行き、眠くなったら寝るという生活になっています。まずは生活ペースを取り戻さないと、勤めに出ることはもちろん、在宅での仕事もできません。在宅の仕事は、お勤め以上に自己管理が必要です。家賃などの支出を減らすことにもつながります。
②の他人との共同作業をすることも大切です。そうすることで、仲間に迷惑をかけないようにという意識が働き、それが仕事へのモチベーションにもつながります。たとえそれがボランティア作業だったとしても、急に無断欠席をすると、周りに心配をかけることになります。逆に、仲間のメンバーが無断で休むと「事故にでも遭ってないかな」と心配になるものです。そうした共同作業を続けていくと、仕事を請け負うための責任感も芽生えてくるのではないでしょうか。
もっとも大事なのは③についてです。ご相談者は、プログラム作成の技術があります。
それは特殊な技能ですので、誰にでもできる単純作業に比べて高い収入が得られます。できれば特技を生かした仕事をするのが得策です。しかし、仕事ができないのであれば元も子もありません。得意分野はいったん諦めて、無理なくできる仕事から始めてみるのがよいでしょう。たとえ賃金が安い仕事であったとしても、続けていくことができれば、いずれ自立への道を開くことができ、生活設計が成り立ちます。
私が3つの提案をすると、黙って聞いていた翔太さんは言いました。
「う~ん、わかりました。考えてみます」
■半年後、本人から近況報告の連絡がきた
その表情からは、心に刺さったかどうかは、読み取れませんでした。私の話に賛同したとしても、実際にそれを実行するのは簡単ではありません。頭では理解したとしても、実行することができずに、現状の状態が続いてしまう人は少なくありません。どうなるか、すべては本人次第でした。
半年後、翔太さんは状況の報告をしてくれました。

その内容は、半歩前進という印象でした。
聞けば、私の助言の通り、今は実家に戻って両親とともに生活しているそうです。両親は、最初は驚いたものの息子の立ち直りに協力してくれました。ただし、肝心の仕事はできておらず、現状では両親に養ってもらっている状況です。
貯金を崩さずにすんだことはよかったことですが、このまま脛をかじり続けることになると、しわ寄せが60代の両親にいっただけで、根本的な問題解消にはなっていません。64歳の父親は定年退職後に契約社員として働いていますが、近いうちに年金暮らしとなります。62歳の母親はパートをしていますが、こちらもいつまで働けるかは未知数です。まさかの息子の「出戻り」によって老後生活のプランは変更が余儀なくされることになるでしょう。
翔太さんが、賃金の安い仕事でもいいのでとにかく最初の一歩を踏み出せるかどうかに、本人だけでなく、両親の残りの人生もかかっているといって過言ではありません。本人からの連絡内容からは、残念ながらその「第一歩の可能性」をうかがい知ることはできませんでした。
それでも地元のNPO法人が運営している「大人の居場所」に参加して活動メンバーとなり、イベント運営のボランティアをしていると、話してくれました。就業して自立した生活を送るにはまだ時間がかかりそうですが、希望はあると信じています。

----------

村井 英一(むらい・えいいち)

ファイナンシャルプランナー

「働けない子どものお金を考える会」メンバー。
大手証券会社で個人顧客の投資相談業務を長年行い、ファイナンシャルプランナーとして独立後は、資産運用に限らず、家計の見直し、住宅購入、老後資金など幅広い相談を受ける。
特に、長期にわたる家計のシミュレーション分析を得意とし、ひきこもりや障害を持つお子さんとそのご家族の資金計画を行っている。

----------

(ファイナンシャルプランナー 村井 英一)
編集部おすすめ