■現金を笑う人がキャッシュレス時代に陥る罠
日本のキャッシュレス化は予想外のスピードで進んでいる。経済産業省によると2025年のキャッシュレス比率は46.3%、計算方法を変更して出した国内指標では58%にも上った。
この調子だと2030年までの中間目標65%は容易に達成できそうだ。決済・金融サービスを手掛ける民間企業インフキュリオンが毎年発表する「決済動向2026年調査」でも、「現金で決済した」ことが1年前に比べて減った・かなり減ったと答えた割合が4割近くになっている。
現金払いの減少トレンドは、もはや確定的と言えるだろう。「キャッシュレスで払えばポイントがつく。が、現金で払ってもなにもリターンはない」「カードで支払いをまとめれば、それで家計簿代わりになって管理もスムーズ」等のメリットを語る人も多く、トクするのは現金払いよりキャッシュレス決済という認識が優勢だ。
こうなると、現金派はまるで文明を拒絶する絶滅危惧種のような扱いだが、現金にこだわる人を笑う前に、知っておくべきことがある。あなたが「オトク」と信じているものは、本当に正しいのか。
■ポイントは本当にお得なのか
同じ支払いならカードならポイントがつくのだから、公共料金も税金も保険料もカード払いにした方がトクするという。確かに、現金にはないメリットだ。しかし、お得だと信じていたメリットが、急に変わってしまうことがある。
多くの人が保有している楽天カードは、2021年に公共料金のポイント還元率を大きく引き下げた。それまで100円単位で付与されていたポイントが、500円につき1ポイントしかつかなくなったのだ。さらに国民年金保険料、Yahoo!公金支払い、NHK放送受信料、各種税金も同様に還元率が低下。保険料や携帯料金の利用料金も1%から0.5%、正確には200円利用で1ポイントと改定されている(楽天グループの保険やモバイルは除く)。
公共料金の還元率を下げているのは楽天カードだけではない。dカードは2026年2月から、PayPayカードは6月から、それまで1%だった還元率を0.5%に半減させた。カード払いにすることで期待していたメリットが、半分になってしまったわけだ。
このように、ポイントのルールは突然かつ一方的に変更される。ルールをどうするかはポイント提供側に権限があり、利用者は受け入れるしかないのが現実だ。
■「経済圏」の恩恵の対価
もっと困るのは、年間利用金額によってサービスが差別化される場合。例えば年間100万円利用すれば翌年の年会費が無料になるといった条件を付けているカードは多い。どのカードも、自社をメインで使ってほしいと考えている。
だから、たくさんお金を使ってくれる客に限ってサービスしますという方針だ。利用者はトクしているようでも、カード側の思惑に乗せられて、必要以上の決済を促されているのかもしれない。なお、その条件だって変更され、対象金額がさらに上がる可能性があるのは言うまでもない。
加えて気を付けたいのは、「○○経済圏」だ。クレジットカードやスマホ決済、モバイル、通信、ネットショッピング、銀行・証券・保険、電気やガスの契約を同じグループで揃えることで、ポイント還元率をアップすることができる。
逆に言えば、ポイント還元と引き換えに生活サービスをがっちり押さえられている状態ともいえる。
お金が貯まる家計となるには、「生活費にいくら支払っているか」を把握することから始まる。ムダを省いて支出を増やさないことが基本のキだが、経済圏に入り込むと実質いくら払っているのか、それは本当に安い選択なのかが見えにくくなる。あなたが経済圏を利用するなら、そのメリットは生活情報を差し出したうえで受け取っているのだとの自覚は持っておくべきだろう。
■キャッシュレス払いで金額は「数字」になる
節約に効果があるのはキャッシュレスか、あるいか現金かという議論は難しい。どちらにもメリットがありデメリットがある。
では、不人気の現金の優位性はなんだろうか。最大の価値は、お金は有限だということを自覚させてくれる点だ。翌月まで支払いが延ばせるカードとは違い、手元にある金額までしか使うことができない。この当たり前のことが、お金との向き合い方を鍛えてくれる。
以前、なかなかお金が貯まらないと嘆く若者へのアドバイスとして、ひと月の生活費を全額下ろして、トランプ札を配るように費目ごとに仕分けしてみることを勧めた。食費、交際費、被服費、娯楽費……というように。
しかし、同じ金額をスマホ決済アプリにチャージした途端、その金額は単なる「数字」という記号に変わり、いくらでも書き換えが可能な気がしてくる。決済のたびに減っても、数字が変わっていくだけで、積み上げられた紙幣の数が減っていくのとは重みが違う。
オトクかどうかに惑わされず、限られたお金を有意義に使うことを優先するなら、ぜひ先ほどの紙幣の仕分けを試してみてほしい。思うように貯蓄が増えない人、節約しているつもりでも支出が減らない人にもお勧めしたい。
■「現金」で脳をリセット
逆にキャッシュレス手段を使えば使うほど、現実に使えるお金がぼやけてくる。クレジットカードは後払い、スマホ決済は事前チャージの前払い、とお金が動くタイミングが異なる方法を併用しているせいだ。
そのせいで、使っていい金額と、実際に払っている金額との間にズレが出てくる。その習慣がリセットされないままだと、いずれ年金暮らしとなった時に困る可能性がある。
というのは、年金はふた月ごとの振り込みだからだ。
ひと月にいくら使えるか、またいくら使っているかを正しく把握することは、老後を安心して暮らすためにも欠かせない準備といえるだろう。
■現金効果をキャッシュレスでも生かす
冒頭で触れた「決済動向調査」によると、キャッシュレス決済を利用したいと思わない人に聞いた理由で目立ったのが「どのくらいお金を使ったのかわからなくなるから」だった。他に「現金払いで十分満足しているから」「不正利用が不安だから」という声も上がっているが、やはりキャッシュレスにするとお金を使い過ぎるのではないかとの懸念がある。
欲しい商品が見つかった場合、財布の中に1万円しかなければそれが上限だが、後払いのカードなら躊躇なく1万5000円の商品も買える。あえて5000円を節約する理由がないからだ。それが積もり積もると、利用明細の請求額を見て「こんなに使ったのか」と慌ててしまう。
キャッシュレス決済は、払った金額をまとめるのは得意だが、「そろそろ今月の生活費を使い切りそうです」と言ってはくれない。当然だろう、決済事業者はたくさん使ってもらうことがビジネスの最優先事項なのだから。
キャッシュレス決済を利用しつつ家計管理をわかりやすくする方法として、まずお金が動くタイミングで整理することだ。クレジットは後払い、デビットは即時払い、チャージ式スマホ決済や電子マネーは前払いと、実際の出し入れ時期が異なる。
これが複数あればあるほど煩雑になってしまうので、自分が管理しやすい方法を選択しよう。より現金に近い使い方をしたいなら、銀行口座に紐づいたデビットカードや、スマホ決済や電子マネーに予算分を先にチャージして残高の範囲でしか使わないと決めてしまうのがベターだろう。
ポイントやマイルを貯めたい等の目的で生活費にもこまめにクレジットカードを使う場合は、1~2週間ごとに使用金額を集計して、予算内に収まっているかチェックすることだ。家計管理が上手な人は「今月いくら使ったか」より「今月あといくら使えるか」を重視する。手持ちの現金以上に支払えてしまうカード決済だからこそ、そこは厳しく管理することが必要だ。
■キャッシュレスで「豊かさ」は手に入るのか
キャッシュレス決済の導入は、売り手である店側にとってもメリットが大きいといわれる。現金につきもののレジ締めや売上金管理の手間がなくなり、働く人の負担を減らし、省人化にも寄与するからだ、と。ただし、キャッシュレス事業者に払う手数料や、売上金の入金まで日数がかかるといったデメリットから、あえて現金払いを選ぶ業種もある。
特に、激安を売りにするディスカウントスーパー等では、現金オンリーを採用する店舗も少なくない。利用客にキャッシュレスの利便性を提供するより、その手数料をかけない分を安値で還元しますというスタンスだ。キャッシュレスへの大きな流れは変わらないとしても、物価高に苦しむ人が増えれば増えるほど、現金払いでの安値を打ち出す店は増えるかもしれない。
逆に見ればキャッシュレス化がどんどん増え、決済比率が80%になるということは、その時の私たちの暮らしは今より豊かになっているはず……という理屈になるが。さて、未来はどっちになるだろうか?
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松崎 のり子(まつざき・のりこ)
消費経済ジャーナリスト
『レタスクラブ』『ESSE』など生活情報誌の編集者として20年以上、節約・マネー記事を担当。「貯め上手な人」「貯められない人」の家計とライフスタイルを取材・分析してきた経験から、「消費者にとって有意義で幸せなお金の使い方」をテーマに、各メディアで情報発信を行っている。著書に『定年後でもちゃっかり増えるお金術』『「3足1000円」の靴下を買う人は一生お金が貯まらない 』(以上、講談社)ほか。
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(消費経済ジャーナリスト 松崎 のり子)

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