首都圏の不動産価格が上がる中、コスパのいい住宅を選ぶポイントは何か。住宅コンサルタントの寺岡孝さんは「どこに住むかだけでなく、何にお金を払うのかという視点で住まいを見直す時代になっている」という――。

■中央線vs小田急線vs京王線vs西武新宿線
「ターミナル駅まで電車で30分」という条件は一緒でも、路線によって住宅価格に数千万円の差がつくとしたら、あなたはどちらを選びますか。
今回は、新宿まで直通の主要4路線(JR中央線、小田急線、京王線、西武新宿線)を横並びで比較し、価格差の正体を検証します。
まず、路線・駅の「コスパ」は、価格の安さだけでは測れません。
比較にあたって、以下の6つの指標を設定しました。
1. 「価格相場」 新築マンション(70m2相当)・新築戸建ての市場価格

2. 「通勤品質」 所要時間に加えて、運行本数・混雑度・ターミナル駅での動線・乗換負担

3. 「生活利便性」 商業施設の充実度、医療・教育環境

4. 「資産性」 将来の売却しやすさ、価格の下落耐性

5. 「家計評価」 購入・維持における家計へのやさしさ(手頃さ)

6. 「沿線の格」 歴史・イメージ・ブランドによる「価格プレミアム(上乗せ分)」の大きさ

※「価格相場」は新築マンション・戸建ての市場相場を基にした参考値であり、駅からの距離や物件条件により変動します。ここでは沿線ごとの相場感を比較しています。

※「沿線の格」が高い駅ほど「ブランド料」が乗っており、相対的に「家計評価」は下がる傾向にあります。この乖離を可視化することが本分析の狙いです。

※本稿の「資産性」「家計評価」「沿線の格」の評価は、統計指標を機械的に算出したものではなく、住宅コンサルタントとしての経験・知見に基づく独自の評価です。
■国分寺駅と小平駅で3000万円の差
その結果、通勤時間も利便性もほぼ同じなのに、住宅価格には上限価格帯どうしの比較で3000万円もの差が存在していることがわかりました(ただし、西武新宿線のみ「西武新宿駅」到着のため、JR線等の乗り換えには徒歩移動が生じます)。
たとえば中央線・国分寺(直通28分)の新築マンションは7500万~1.0億円。一方、西武新宿線・小平(直通30分)であれば5000万~7000万円台に収まります。
価格帯の中心で比較しても約2500万~3000万円の差があります。
なぜここまでの価格差が生まれるのでしょうか。
その答えは、住宅価格の一部が「立地の利便性」以外の何かに対して支払われているからです。
■そもそも「ブランド沿線」って何?
住宅市場でしばしば語られる「ブランド沿線」という言葉に、明確な業界定義があるわけではありません。
ですが、おおむね次の4つの要素が重なり合ったものを指すことが多いといえます。
① 街づくりの歴史
東急の田園都市線・東横線や、小田急沿線の開発がその代表で、宅地開発の段階から高級住宅地としてのイメージを意図的に作り込んでいます。
② 暮らしの質の評判
文教エリアとしての教育環境や治安に対する評価が挙げられ、例えば、私立の名門校や大学附属校が沿線に集積していることも、このイメージを補強する要因になります。
③ 資産価値の下支え
不動産価格が下落局面でも価格が崩れにくいという「安心感」が、実需以上の上乗せとして価格に反映されやすくなります。
④ 認知度やイメージ
ドラマやCMのロケ地、雑誌の特集などを通じて醸成される憧れや人気の定着が、実際の暮らしやすさとは独立して価格に反映されることも少なくありません。
つまり「ブランド沿線」とは、実需だけでは説明のつかない価格の上乗せ分を含んだ沿線、と言い換えられます。
■子育て世帯が重視するもう一つの指標
本稿ではこの上乗せ分の大きさを「沿線の格」として星の数で示し、価格・通勤・暮らしやすさ・資産性という他の指標とあわせて評価します。この上乗せ分に見合う価値を感じるかどうかは、暮らし方や人生設計によって変わってきます。

通勤品質については、単純な所要時間だけでなく、乗り換えの回数や動線まで含めて評価する必要があります。所要時間が同じでも、実際に会社や自宅に着くまでのトータルの負担感は路線や駅によって差があるためです。
なお、本稿の評価は自治体独自の子育て支援策の差までは反映していない点にはご留意ください。たとえば、たまプラーザ・武蔵小杉・新百合ヶ丘は神奈川県(横浜市・川崎市)に位置しており、東京都内の自治体とは医療費助成の対象年齢や保育料の軽減幅、多子世帯向けの補助制度などが異なります。同じ「新宿30分圏」でも、子育て世帯にとっての実質的な可処分所得は、都県境をまたぐだけで変わりうるのです。
この家計評価・資産性は住宅価格と通勤条件を軸にした評価であり、行政サービスの差は各家庭の状況に応じて別途確認することをおすすめします。
まず参考として、高い知名度を誇る武蔵小杉、たまプラーザの2駅の相場を見ておきましょう(図表1)。新宿まで武蔵小杉はJR湘南新宿ライン直通で約20分、たまプラーザは渋谷乗換で約40分です。今回比較する4路線がどのポジションにあるのかの基準点になります。
■知名度低めの駅に「掘り出し物」がある
1. JR中央線――文化・個性、単身層にも人気。ただし価格は高め
図表2を見てください。荻窪・三鷹といった都心寄りの駅は、新宿まで20分以内という近さに加え、古くからの商業集積と独自のカルチャーを背景に単身層・DINKs層(※)からの支持も厚くなっています。

※「Double Income No Kids」の略で、意識的に子どもをもたない選択をした共働き夫婦
中央線は新宿発着の快速・特別快速の運行本数が多く、日中でも本数が確保されている点も評価が高い理由のひとつです。
その分、価格は新宿30分圏のなかでも高水準で推移しています。一方、三鷹と立川のあいだにある武蔵小金井や、立川から先の日野のように、知名度では見劣りしても価格・家計評価のバランスに優れた駅も少なくありません。
なお、中央線の八王子と京王線の京王八王子(後述)はいずれも八王子市内の駅ですが、同一駅ではありません。JR八王子は市の中心的なターミナルで商業施設や医療機関が集積しており、京王八王子は南口側の再開発エリアに近い場所にあります。
■「各駅停車のみ」だから安い、お得な駅
2. 小田急線――住宅地としての評価が高く、ファミリー向け
図表3は小田急線です。代々木上原・経堂・成城学園前を筆頭に、閑静な住宅街としての評価が高く、教育環境の充実を理由にファミリー層からの支持が根強くあります。
小田急線は複々線化が進み、朝ラッシュ時の混雑率も緩和傾向にあることも安心材料のひとつです。評価の高さゆえに「住宅地としての格」に対する上乗せも大きくなっています。
代々木上原は「沿線の格」「資産性」で上乗せ分が最も大きい一方、家計評価は最低ラインです。成城学園前の1駅隣の喜多見や、成城学園前と代々木上原のあいだに位置する千歳船橋は、新宿まで30分圏内でありながら、各駅停車しか止まらないため価格は手頃です。
■府中から先の家計評価はトップクラス
3. 京王線――実用性・価格の手頃さ、コスパの本命候補
図表4の京王線は、府中・聖蹟桜ヶ丘など、突出した派手さはないものの、価格と利便性のバランスに優れる駅が多くあります。
特急や急行の停車駅であれば新宿への所要時間も短く、日常の買い物施設や病院なども揃っている駅が多いのが特徴です。
「コスパ」という観点では今回の比較のなかでも本命の一角と言えます。府中からさらに先の高幡不動・京王八王子まで視野を広げると、価格はより手頃になり、家計評価はトップクラスに達します。
■「もっとも家計にやさしい路線」の落とし穴
4. 西武新宿線――知名度は控えめだが、コストパフォーマンスは随一
図表5は西武新宿線です。鷺ノ宮・田無・小平など、他路線と比べると知名度では見劣りしますが、その分価格は明確に手頃です。今回の比較で「もっとも家計にやさしい路線」として浮かび上がってきます。
小平からさらに先の久米川・東村山まで視野を広げると、価格はもう一段下がり、所沢まで来ると西武池袋線との乗換拠点として商業施設が充実しており、価格もやや持ち直します。
ただし一点、注意が必要なのは終着駅の立地です。西武新宿駅はJR新宿駅の本体から徒歩で数分離れた場所にあり、乗り換えの動線としてはやや不便です。
中央線・小田急線・京王線がいずれもJR新宿駅や京王新宿駅・小田急新宿駅など主要ターミナルの中枢に直結しているのに対し、西武新宿線は「新宿に着いてからもうひと歩き」が必要になります。この点は価格の手頃さと引き換えに差し引いて評価すべきマイナス材料であり、ここでは通勤品質の評価に織り込んでいます。
■ブランド沿線にこだわった40代夫婦の決断
これまで見てきた通り、新宿へのアクセスがほぼ同じ条件でも、住宅価格は大きく変わります。
この価格差が実際の暮らしにどう跳ね返るのか、ある40代夫婦のケースを見てみましょう。
妻は独身時代、小田急線・代々木上原に暮らしていました。閑静な住宅街、洗練された飲食店やセレクトショップが並ぶ街並み、そして「代々木上原に住んでいる」というステータス――結婚後も、この街に住み続けたいという思いは強かったといいます。
しかし結婚を機に物件を探し始めると、現実は厳しいものでした。代々木上原駅周辺の新築戸建ては1.5億円を超える水準で、夫婦の世帯年収では到底手が届きません。それでも「同じ沿線に住み続けたい」という思いから、最終的に選んだのが、代々木上原から急行で15分近く、各停でも20分ほど離れた喜多見駅、しかも徒歩15分の新築戸建てでした。
価格は代々木上原の半分以下に収まり、「この沿線に住み続ける」という当初の希望は一応叶えられました。しかし、夫の勤務先は品川です。喜多見からは小田急線・JR山手線などを乗り継ぐ必要があり、乗り換えを含めた通勤時間は片道60分に達します。
■往復2時間の通勤に後悔する日々
この60分という数字を分解すると、負担の中身が見えてきます。自宅から喜多見駅までの徒歩15分+喜多見から新宿までの乗車32分(各駅停車のみ)=47分です。品川まで乗り換えて行くには、これに新宿以降の乗り換え・乗車時間がさらに加わり、片道60分という数字になります。

この沿線に住み続けるという選択と引き換えに、夫は往復2時間の通勤という負担を毎日背負うことになりました。徒歩15分という駅からの距離も、雨の日や荷物が多い日には決して小さな負担ではありません。
ここで読者の皆様に問いたいと思います。
あなたなら、この選択をするでしょうか。「代々木上原に住んでいた」という記憶や、この沿線への愛着だけを理由に、夫の通勤60分・駅から徒歩15分という負担を背負ってでも、住み続けることを選ぶべきなのでしょうか。それとも、こだわりをいったん脇に置いて、通勤も暮らしやすさも含めたトータルで判断すべきだったのでしょうか。
この夫婦のように、住み慣れた沿線への思いを優先した結果、通勤や生活動線に無理を抱え込むケースは、住宅相談の現場では決して珍しくありません。それが「間違い」だとは限りません。重要なのは、その選択にどれだけの対価を払っているのかを、本人たちが自覚しているかどうかです。
住宅購入は、単に家を買うことではありません。これから30年の人生設計を決める選択でもあります。
■京王線はバランス◎、西武新宿線は安さ◎
4つのブランド路線のうち、「最強コスパ」と言えるのは、価格・通勤・生活利便性・資産性を総合して、最もバランスが優れてた京王線です。一方、価格の安さ、住宅取得費を最優先するなら、西武新宿線も有力な選択肢になります。
今回の比較から見えてくるのは、「沿線の格」と「暮らしの実質」は必ずしも一致しないという事実です。武蔵小杉・たまプラーザ・代々木上原・成城学園前といった知名度の高い駅は、いずれも上乗せ分が最高水準である一方、家計評価は軒並み低くなっています。その対価は、明確に家計へ跳ね返っています。
一方、田無や府中、小平のように、知名度は控えめでも家計評価が高く、資産性も一定水準を保つ駅は少なくありません。「同じ新宿30分・乗り換えなし」という条件のなかに、これだけの選択肢があります。
もちろん、西武新宿線には新宿駅到着後の乗り換えというハンデがあるように、価格の手頃さには相応の理由がある場合も多くあります。大切なのは、その理由が自分にとって許容できるものかを見極めることです。
■「何にお金を払うのか」で住まいを選ぶ
先ほど紹介した「ブランド沿線に住みたい夫婦」の事例のように、住み慣れた沿線への思いを優先する選択も、それ自体は否定されるべきものではありません。問題は、その対価、例えば、通勤時間や毎月の返済額が、自分たちの人生設計とバランスが取れているかどうかです。
住宅価格が高騰した今、住宅購入で問われるのは「どこに住むか」だけではありません。「何にお金を払うのか」という視点で住まいを見直す時代になっています。
価格プレミアム、資産価値、通勤時間、そして毎月の家計。そのバランスをどう取るか、それこそが、住宅価格高騰時代に求められる「住宅戦略」ではないでしょうか。

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寺岡 孝(てらおか・たかし)

住宅コンサルタント

1960年東京都生まれ。アネシスプランニング株式会社代表取締役。住宅セカンドオピニオン。大手ハウスメーカーに勤務した後、2006年にアネシスプランニング株式会社を設立。住宅の建築や不動産購入・売却などのあらゆる場面において、お客様を主体とする中立的なアドバイスおよびサポートを行っている。これまでに2000件以上の相談を受けている。NHK名古屋「ほっとイブニング」「おはよう東海」などTV出演。東洋経済オンライン、ZUU online、スマイスター、楽待などのWEBメディアに住宅、ローンや不動産投資についてのコラム等を多数寄稿。著書に『不動産投資は出口戦略が9割』『学校では教えてくれない! 一生役立つ「お金と住まい」の話』『不動産投資の曲がり角で、どうする?』(いずれもクロスメディア・パブリッシング)がある。

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(住宅コンサルタント 寺岡 孝)
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