※本稿は、斉藤章佳『校内盗撮』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。
■駅のトイレを使えない女性たちがいる
エスカレーターで背後をそれとなくうかがう。駅のトイレの個室で不審な荷物がないかチェックする……。たとえ盗撮などの被害に遭ったことがなくても、これらをほぼ無意識レベルで行っている女性は多いといいます。なかには、「そもそも不特定多数の人が利用する駅のトイレは、絶対に使わない」という人すらいるようです。
一方、私を含めた男性はどうでしょうか。
エスカレーターで背後に意識を向けることがなければ、駅のトイレで盗撮カメラの有無をチェックすることも、ほぼありません。そもそも、「盗撮をおそれて、公共トイレの利用を控える」という発想をする男性は、ほぼいないでしょう。
盗撮に怯(おび)えなくていいこの状況こそが、「男性の特権」に他なりません。特権というと、何か大きな得をしているように聞こえますが、社会学的には「ある特定の属性に属しているだけで、労なく享受できる、構造的な優位性」を指します。簡単にいうと、「面倒なことをわざわざ考えなくてもいい」状態、これが特権です。
たまたま男性だったというだけで、何も考えずに駅のトイレを利用できる。
■男性をターゲットに盗撮し続ける男性
しかし近年、男性の特権を揺るがすような事態が起きています。
2025年2月には、埼玉県川口市の公立高校で、男子生徒の着替えを盗撮した30代の男性教員が逮捕されました。この教員は、生徒たちの部活の顧問で、合宿所の脱衣所で盗撮をしていたことが報じられています(※1)。
※1「男子生徒の着替えを盗撮…容疑で高校教諭を逮捕 12人を動画撮影…部活終了後、合宿所の脱衣所内でスマホ向ける 教諭は生徒らの部活の顧問 別の不同意わいせつ事件で捜索、男性の画像を発見し事件が発覚」埼玉新聞2026年2月11日
私が担当したクリニックの受診者にも、男性をターゲットに盗撮を繰り返す会社員・後藤直樹氏(仮名)がいました。彼は男性社員寮への侵入を皮切りに、サウナや公衆浴場でも犯行を重ねていました。
当初、私は後藤氏の話を女子寮や女風呂での出来事だと思い込み、「どうやって女風呂に侵入したのですか?」と彼に問いかけました。
■「自分も被害者になるかも」という気づき
すると視線を落とし、「男風呂です」と明かしたのです。後藤氏は、中学時代から同性への性的指向を自覚しながらも、親や友人など周囲の人にカミングアウトできずにいました。
当然ながら、性的指向のカミングアウトは義務ではなく、個人の自由です。
誰に、いつ、どこまで、あるいは「一生しない」という選択も含めて、すべて本人に決める権利があります。しかし後藤氏は、「カミングアウトできない」という状況や、一般男性との性交渉の経験がないことを、ある種の生きづらさと感じていました。
性的マイノリティで、自らの性的指向を他者に打ち明けていない人は大勢いますし、彼らの多くは性犯罪に及びません。けれど後藤氏は、他者と触れ合いたくても触れ合えない葛藤や孤独感を解消するため、盗撮に及び、次第にのめり込んでいったのです。彼の話を聞いて以降、男性を性的対象にした男性盗撮加害者の相談を立て続けに受け、私自身の日常も一変しました。
クリニックや商業施設のトイレに入るたび、言いようのない居心地の悪さを感じ、気づけば不審なカメラが隠されていないか、不自然な穴が空いていないかなど、それとなくチェックするようになったのです。つまり、私も「いつ、自分が被害者になるかもしれない」という状況になって初めて、これまで享受していた特権を自覚した、というわけです。
多くの男性は、自分が性的なまなざしの対象になりうる可能性を、想像すらしていません。「自分だけは安全な場所にいる」「自分だけは絶対に被害に遭わない」という、男性側の無自覚な思い込みや万能感こそが、被害の深刻さを見えづらくしているといわざるをえません。
■「加害者家族」は隠れた被害者
盗撮事件のニュースが流れるたび、私の頭をよぎるのは、「加害者家族」の存在です。クリニックでは、2007年7月年から「加害者家族支援グループ(Sexual addiction Family Grou-meeting:通称SFG)」を主宰し、性犯罪者の家族を支援し続けています。
そのため私は、「この加害者の家族は、今頃、どこでどのような思いをして過ごしているのだろう」と、ニュースの向こう側につい思いを馳はせてしまうのです。
つまり、加害者家族です。彼らは、なんら罪を犯していないにもかかわらず、「家族である」という一点のみで、世間から強い嫌悪感や非難のまなざしを向けられます。メディアが押しかけ、プライベートを暴かれる。学校で子どもがいじめに遭う。就職や進学に影響が出る。
一家の働き手を失い、経済的困窮に陥る。世間からの目が気になり、外出が困難になり、うつ状態に陥る――。このような経済的、心理的、社会的な苦境に直面する加害者家族は、まさに隠れた被害者なのです。
■幼稚園に通えなくなった「盗撮犯」の子
名古屋で起きた教員グループによる盗撮事件でも、その構図は顕著でした。主犯格の教員には妻子がいましたが、メディアの取材は、彼の自宅や、そのすぐ近くにある妻の実家にまで及びました。
インターネット上には、モザイク処理を施しているとはいえ、自宅の外観や妻の経歴まで掲載するメディアも散見されました。
こうした報道のあり方は、加害者家族の生活を著しく脅かします。本書の第2章で取り上げた、スマホを筆箱に隠し入れて校内盗撮をした教員・田中一朗氏(仮名)のケースも同様です。事件が報道されると、妻と子どもは周囲の視線をおそれて、自宅から出られない状態になりました。
当時、長男は幼稚園に通っていましたが、登園させることもままなりません。子どもは事情を理解できないため「幼稚園に行きたい! 友だちに会いたい!」と泣き叫びますが、妻はただ息を潜めて耐えるしかありませんでした。
■盗撮加害者の約6割が結婚歴のある人
盗撮犯というと、モテなさそうな独身男をイメージする方がいらっしゃるかもしれません。
しかし、これまでクリニックを訪れた盗撮加害者1031名のデータでは、結婚歴のある人は全体の約6割で、田中氏のように子どもがいる人も少なくありませんでした。なかでも深刻なのが、性加害者の妻たちに向けられる性欲原因論に基づいた偏見です。
夫が盗撮などの性加害で逮捕された場合に、「妻が夫の性欲のケアをしていなかったからだ」「夫婦間でセックスレスだったから、夫が性加害をしたのだ」など、性欲の解消と事件の因果関係を結びつける言説です。夫婦の性交渉と性犯罪には、相関関係はありません。
性犯罪を性欲の問題に矮小化するこの言葉が、さらに罪深いのは、加害者までもが「そうか。
子どもが性犯罪をした場合、親への批判の目はすさまじいものです。
■親はどこまで子どもの罪を償うべきか
本来、親と子どもは独立した存在ですし、「親の育て方」と子どもの性加害との直接的な相関関係を示すエビデンスはありません。もちろん、未成年者の起こした事件では保護者が示談金を支払うケースが多いですが、それでも加害の全責任を親が負うべき理由はないはずです。
しかし、性加害者の親、特に母親には「親がしっかりと教育しなかったからだ」「どんな子どもの育て方をしたのか」といった「子育て自己責任論」が集中的に浴びせられます。詳しくは、拙著『夫が痴漢で逮捕されました 性犯罪と「加害者家族」』(朝日新聞出版)で取り上げていますが、欧米諸国ではこうした家族を支援すべき対象としてとらえる仕組みが整いつつあります。
しかし日本では、「世間の目」といった同調圧力が今も根強く存在し、家族と加害者は同一視され、連帯責任を負わされる風潮が残っているのです。「家族だから」という一点で社会的制裁を受け、排除されてしまう加害者家族。彼らは、「隠れた被害者」に他ならないのです。
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斉藤 章佳(さいとう・あきよし)
西川口榎本クリニック副院長(精神保健福祉士・社会福祉士)
1979年滋賀県生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症施設「榎本クリニック」にソーシャルワーカーとして勤務。現在、西川口榎本クリニックの副院長。
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(西川口榎本クリニック副院長(精神保健福祉士・社会福祉士) 斉藤 章佳)

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