福岡県議会の正副議長ポストをめぐる多額の金銭授受疑惑で、藏内勇夫・県議会議長が批判を集めている。藏内氏はどのようにして県知事を上回る権力を手に入れたのか。
元関西テレビ記者で、神戸学院大学の鈴木洋仁准教授は「背景にテレビや新聞の加担があったのではないか」という。鈴木准教授が、福岡県政を担当していた元マスコミ記者に取材した――。
■“カツアゲ”疑惑で大炎上した「福岡のドン」
7月23日、福岡県議会議長の藏内勇夫氏は、「日本で一番悪い男と言われている」と自ら記者団に語った。正副議長のポストをめぐる多額の“カツアゲ”疑惑や不透明な海外視察などで、いまや「政治とカネ」の新たな象徴=悪役として、連日テレビや新聞、ネットで報じられている。
詳しくは、ノンフィクションライターの勢野進氏による「プレジデントオンライン」の記事〈「ドン」に嫌われたら福岡では生きていけない…県知事もマスコミも逆らえない絶対権力者・藏内勇夫(72)の正体〉を参照してほしい。いかにして藏内氏が、県知事を上回る権力を手に入れたのか。そして、なぜその権力が衰えないのか。「ドン」と呼ばれる人物の背景は、勢野氏があますところなく説明している。
私は、同記事のタイトルにある「マスコミも逆らえない」という点に着目したい。マスコミ各社は、鬼の首を取ったかのように藏内氏を叩いているものの、「権力監視」という役割を果たしていたのか。もし果たしてこなかったのだとすれば、それはなぜなのか。
福岡県政を担当していた元マスコミ記者の証言をもとに、メディアの罪と罰を考えたい。

証言してくれた記者によれば、藏内氏を象徴するのが、県議会事務局や県庁の職員たちの態度だという。
「藏内氏が歩くときは、まるで大名行列のように、立ち止まって深々とおじぎをするんです」
■テレビ新聞が最も恐れる「特オチ」とは
これだけなら、福岡県に限らないのかもしれない。ひょっとすると、どの都道府県にも、いや、どの市町村にも「ドン」とされる存在は、いまはいなくとも、過去にはいた可能性が高い。事務方が過剰なほどに敬う議員なら、おそらく、どこの地方議会にも、少なくとも一人はいるに違いない。
けれども、先に挙げた勢野氏の記事にある、次の部分がマスコミにとって最大の問題だと、元県政担当記者は言う。
「記者は藏内氏に話を聞かない限り、県政に関してまともな記事を書くことができない。つまり、彼から拒まれると仕事にならないため、在福岡のマスコミは「藏内詣で」を続け、嫌われるようなことを避けてきた(〈「ドン」に嫌われたら福岡では生きていけない…県知事もマスコミも逆らえない絶対権力者・藏内勇夫(72)の正体〉プレジデントオンライン、2026年8月5日配信)」
同記者は次のように指摘する。
在福マスコミの絶対服従は、本筋でなくとも、藏内氏が増長した一因だと思います。その背景にあるのが、記者クラブ内の特ダネ合戦です。それは本質的なスクープではなく、藏内氏から県の政策方針が書かれた「紙」をもらえるか否か。もらえないと「特オチ」(1社のみがそのネタを落としてしまう=報道できないこと)なので、いずれの社の記者もデスク(取材を指揮する管理職)から激しく叱責されます。

この「紙」こそが、藏内氏と在福マスコミの主従関係の源泉だという。
どのような「紙」なのか。
■「紙」のために媚びを売るワケ
そこには、福岡県がこれから行う具体的な政策内容や予算が書かれている。県職員が稟議のために作成した書類そのものである。「紙」と言ったり、「ペーパー」と言ったり、呼び方はいくつかあるようだが、これをもらうために躍起になるという。
福岡県では、議会で政策を通すために、自民、民主、公明など各会派の代表ではなく、まず藏内氏に、この「紙」を渡して根回しをする。それは既に報じられている通り、藏内氏が「ドン」であり、自民党はもちろん、福岡県知事をも上回る権力をふるっているからである。
藏内氏は、記者を個別に自分の部屋に呼びつけて、この「紙」を配るのである。
もちろん、「紙」に書かれている内容は、藏内氏が持っている時点では「極秘」とまで行かずとも「秘密」ではある。権力側が隠している、と言えなくもない。けれども、県の政策である以上、やがて正式に公表される。極端に言えば、数時間待てば発表される情報のため(だけ)に権力者=藏内氏に媚びを売っているのである。
記者たちは、どのように媚びを売るのか。
典型的なのが「ワンヘルス」をめぐるニュースだという。
■報道というより「藏内氏のPR」
「ワンヘルス」とは、藏内氏がライフワークにしているテーマであり、朝日新聞によれば「人と動物の健康と環境の健全性を一体のものとして考える理念で、藏内勇夫議長が推進に力を注いでいる」。福岡県が来年度中の供用開始を目指して整備を進める「ワンヘルスセンター」が、藏内氏の権力をあらわす施設だとされている。
ここで問われるのは、こうした「ワンヘルス」関連のネタをめぐるマスコミ各社の態度である。前述の元県政担当記者によれば、「ニュース性の低いネタであっても、藏内氏やワンヘルスに関するものであれば、必ず記事にします。新聞もテレビも『記者は政治家と仲良くなってナンボ』と考える人ばかりですから、断る選択肢はありません」というほどの威力がある。
私が関西テレビの記者だったときも「是非モノ」と言われるネタがあった。たとえば、営業局から大手スポンサーの機嫌をとるために、その会社が報じてほしいネタを大きく報じたり、自社のイベントをPRしたりする、「是非とも報じてほしいネタ」を略したものである。
福岡県政を担当する記者にとって、「ワンヘルス」絡みのニュースは、まさにこの「是非モノ」だったといえよう。
実際、読売新聞が今年5月に報じた〈世界獣医師会長の蔵内勇夫・福岡県議会議長「ワンヘルス教育を力強く前進させたい」…日本人で初の就任〉には、300字あまりの短い記事の中に「ワンヘルス」という言葉が4回も登場し、その意義が強調されている。こうした「県のお知らせ」を、まるで「ニュース」であるかのように報じるほかなかったのではないか。
■「保身」しか頭にない記者たち
「紙」をもらうために「是非モノ」を報じる。
ここには、メディアが日々お題目として唱える「権力監視」が名ばかりどころか、その発想のかけらすらない。同業他社との「競争」ですらない。「特オチ」をすれば、社内での立場が悪くなり、出世や異動に響く。そんな保身しか頭にないのではないか。
ここに、福岡県におけるメディアの特徴があらわれているのではないか。それは、福岡県の大きさに由来する。福岡県は、約507万人の人口を誇る、全国8位の自治体である。県庁所在地の福岡市に加え、第二の都市・北九州市という2つの政令指定都市を抱える。アジア各国へのハブとしての役割もあり、福岡市だけでも2024年には約2441万人の観光客が訪れている。
巨大な自治体であるから、マスコミ各社も多くのリソースを割く。ここが、他の都市圏と比べたときの大きな違いである。
東京に本社を置く「キー局」=テレビ局は、東京都だけではなく、関東全県をカバーする。
大阪に本社を置く「準キー局」もまた、大阪府に限らず、京都府や兵庫県、和歌山県など近畿一円のニュースを報じる。名古屋市のテレビ局もまた、中部地方全体を扱っている。
■福岡マスコミが「タコツボ化」の背景
つまり、こうした広域のテレビ局にとっては、どこか1つの自治体に関するニュースで「特オチ」したとしても、その痛手は大き過ぎるわけではない。藏内氏のような「ドン」に睨まれ、「出禁」=出入り禁止措置で取材ができなくなる罰を受けたとしても、他のネタで挽回する機会はある。
実際、私が大阪と京都、それぞれの行政取材を担当した際には、福岡ほどのプレッシャーは受けなかった。もちろん、単に私が鈍感だったり、無能だったりした可能性も高いものの、それでも、どこの社も、藏内氏ほどに気遣っている取材対象はいなかった。
これに対して、福岡のマスコミ、特にテレビはタコツボ化せざるを得ないのではないか。福岡県政のネタは、ここまで述べてきたように藏内氏の「紙」を得なければ報じられない。そう信じてしまっている以上、抜け道がない。
すると、地元テレビ局だけではなく、新聞も巻き込み、ますますタコツボ化した同業他社間(のみ)でのメンツをかけた「競争」に拍車がかかる。
■水に落ちた「犬」を叩く矛盾
今回の一連の報道は、地元紙・西日本新聞の「スクープ」から始まっている。とはいえ、同紙もまた、藏内氏に「逆らえない」会社のひとつだったのではないか。

「赤信号、みんなで渡れば恐くない」とばかりに、一斉に、藏内氏叩きに走っているけれども、それほどまでに藏内氏の権力を大きくした責任は、マスコミにこそあるのではないか。
この問いは、福岡に限らない。関西テレビの記者だった私自身もまた、「是非モノ」を書き、権力者に媚びを売った経験がある。「特オチ」を恐れ、デスクの顔色をうかがい、取材相手との関係を壊さないようにことばを選んだ。そうした日々が、いまとなっては、藏内氏を増長させたマスコミと、どこが違うのかと問われれば、答えに詰まる。
「メディアの罪と罰」は、福岡県議会のスキャンダルが終わっても消えない。「メディア不信」と言われるなら、まだマシだろう。こうやって白々しく「権力監視」を錦の御旗に、世の中の空気を読んで、かさにかかって、水に落ちた「犬」を叩いてばかりいるのなら、「メディア無視」が待っているに違いない。
かつて藏内氏の「犬」だったのはマスコミだった。そのマスコミが水に落ちた「犬」のように藏内氏を叩いているけれども、やがて立場が反転して、叩く側が叩かれる側に回っても、おかしくはない。在福岡のマスコミ各社こそ、みずからの振る舞いを率先して猛省し、検証すべきではないか。

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鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)

神戸学院大学現代社会学部 准教授

1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。

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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)
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