※本稿は、堀川悦夫・楠田悦子『免許返納を10年延ばす70歳からの運転学』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■運転寿命は、「今の癖」で決まる
「私は何十年も無事故で運転してきた」と語る高齢ドライバーは少なくありません。もちろん、その経験は大きな財産ですが、“長年の慣れ”が危険につながることもあります。
静岡県の富士スピードウェイ内にある、トヨタ自動車運営の交通安全講習施設「モビリタ」では、一般ドライバー向けにさまざまな運転講習を行っています。
レーシングドライバーの育成を行うトムススピリットから出向し、同施設でインストラクターとして活動している佐藤直人氏と大塚哲史氏は、日々、多くの高齢ドライバーを指導するなかで、ある共通点に気づいたと言います。その代表例として、佐藤氏が指摘するのが、「“自分は大丈夫”と思っているケース」です。
実際、講習ではシート位置が極端に後ろになっている人や、ハンドルの握り方が悪い人などがいるそうです。本人にとっては“いつもの運転姿勢”ですが、ブレーキを踏み込む力が弱くなったり、とっさの踏み替えや危険回避が遅れたりする原因になります。
■加齢による変化に対応していくために
特に多いのが、「楽な姿勢」に流れてしまうケース。身体をシートに深く沈め、足を前へ投げ出すような姿勢では、急ブレーキ時に十分な踏力をかけづらくなります。
前方をよく見ようとして顔をハンドルに近づけすぎる人もいますが、その姿勢では腕に余裕がなくなり、とっさの回避操作がしにくくなります。
ハンドルを抱え込むように握ることで、急な切り返しが遅れたり、視線が近くばかりに向いてしまったりするケースもあります。
長年運転を続けていると、そうした姿勢や操作が“自分にとっての普通”になっていきます。若い頃には問題にならなかったその癖も、加齢によって身体能力や認知機能が少しずつ変化していくなかで、事故に直結する要因へと変わっていきます。
加齢による変化は、突然起こるわけではありません。特に本連載でも触れた視野幅や判断速度などは、少しずつ悪化するため、自分では変化に気づきにくいものです。
だからこそ「今の癖」を認識し、正していくことが、免許返納を延ばす最大のポイントになります。
■車は進化しても、人間は衰える
近年の車には、自動ブレーキや車線維持支援機能など、多くの安全装備が搭載されています。しかし大塚氏は「機能を正しく理解できていない人も多い」と指摘します。
たとえば、運転支援機能が付いたことで、“車が守ってくれる”という意識が強くなり、かえって注意力が落ちてしまうケースもあります。
佐藤氏も「車が便利になるほど、人が本来持っていた運転能力を使わなくなる面もある」と言います。
もちろん安全技術は重要です。しかし、それを過信すれば、“最後は人が判断する”という大前提を忘れてしまいます。
一方で、運転支援機能や安全装備を毛嫌いし、まったく活用しないというのも間違った考え方。大事なのは、正しく理解し、賢く活用していくこと。
代表例として大塚氏が挙げるのが、ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)です。同システムに対して、昔の性能のイメージのまま「ABSは怖い」と、ABSが作動しないブレーキをしてしまう高齢ドライバーも少なくないそうです。
「安全装備は年々進化しているので、その仕組みや役割を理解し、正しく活用することで防げる事故は多くなる」と大塚氏。もちろんその前提には、性能が向上したクルマへの乗り換えも必要になります。
■間違えたときの“修正力”が大事
佐藤氏は講習で、「人は誰でも間違える」と繰り返し伝えています。問題なのは、“間違えないこと”ではなく、間違えたときに、修正できるかどうかであるのだと言います。
たとえば、アクセルとブレーキの踏み間違いは若い人でも起こります。しかし、高齢になると、その後の対応が遅れやすいため、大事故につながりやすいのではないかと佐藤氏は指摘します。
加えて、冒頭で述べた運転の癖でシート位置が後ろすぎると、事故率は増します。
運転寿命を延ばす、すなわち「免許返納を遅らせる」とは、“いつまでも昔と同じように運転すること”ではありません。年齢による変化を受け入れ、その変化に合わせて運転をアップデートすることです。その第一歩は、「自分は大丈夫」という思い込みを捨てることでしょう。
見直すべきは、特別なテクニックではなく、右左折の方法、車線変更時の視線、一時停止のタイミングといった、毎日の運転のなかで無意識に繰り返している“癖”です。それらこそが将来の事故リスクを左右するからです。
では実際に、高齢ドライバーはどのような場面で事故を起こしやすいのでしょうか。ここからは、事故データをもとに、場面ごとの特徴と注意点を見ていきます。
■【右左折】では、「今なら行ける」が危ない
高齢者は右折時の衝突事故を起こしやすいというデータがあります。特に、死亡事故に直結しやすい「右折車と直進二輪車との事故」は要注意です。原因とされる判断の遅れや相手の速度の見誤りに気をつけましょう。
また、75歳以上の運転者は65歳未満と比べ、操作ミスによる右左折事故が目立ちます。高齢運転者は、右折時の対向車の陰や死角から二輪車が現れる場面での事故リスクが高いことがわかっています。
信号のある交差点では、黄信号や赤信号に変わる瞬間に「今なら!」と無理に進入すると、重大事故を引き起こしやすくなります。
また、高齢運転者は対向車の速度や距離を誤認しやすく、判断の遅れが、「右折対直進」の事故の増加につながっている傾向があります。
■“もう一台くるかも”がリスク回避に必須
右折時は、対向直進車が優先。そのうえで対向車列の後ろに二輪車が隠れているかもしれないという前提で安全確認をしましょう。
この“もう一台くるかも”は、あらゆる場面でリスク回避に有効です。
黄信号や赤信号に変わるタイミングでは、事故リスクが高いため、右左折を開始してはいけません。無理な進行は避け、落ち着いて次の青信号を待ちましょう。
左折時はミラーだけでなく、眼と頭を動かしてしっかり確認することで、歩行者や自転車の有無を確認してください。
自転車レーンや横断歩道に侵入する際には、必ず減速し、一時停止を行うか最徐行をするようにします。これにより、歩行者や自転車の急な飛び出しに対応する時間が確保されます。
■【長距離運転】では、「まだ大丈夫」が事故の元
眠気や疲労、漫然運転などが生じ、追突や路外逸脱が多発するのが長距離運転です。
一般に、運転時間が長くなるほど事故リスクは上昇し、特に夜間の長距離運転では覚醒度の低下やマイクロスリープによる反応遅延にも注意が必要です。
高齢運転者は、他年代より長距離運転が少ない一方で、体力・認知機能の低下によって比較的短い距離でも事故を起こしやすいといえます。
「休憩を取るべき」という判断ができない、決断が遅れるといった報告もあります。疲労の蓄積に比例して判断力が低下するため、疲れる前の早めの休憩を心がけましょう。
■余裕のある運転計画と適度な休憩が必須
2時間または100キロメートル毎に安全な場所に駐車し、20~30分の休憩や仮眠を取りましょう。
コーヒーやドリンクのカフェインに頼り、休憩を取らないという選択は好ましくありません。
さらに、前夜の睡眠不足時に、深夜帯の長距離運転はNGです。出発・到着時刻に余裕を持った計画を立てることも重要です。
少しの運転ミスによっても死亡事故を起こす可能性を再認識し、事故リスクを下げるために、サービスエリアや道の駅に立ち寄り、そこでの滞在を楽しむことも有効な休憩手段です。
運転寿命を延ばすとは、昔と同じ運転を続けることではありません。年齢による変化を受け入れ、自分の運転を少しずつアップデートしていくことです。
毎日の何気ない「癖」を見直すことが、10年後の安全運転につながります。
本書では、このほかにも車線変更、すれ違い、駐車、通学路など場面別の事故傾向と対策を詳しく紹介しています。
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堀川 悦夫(ほりかわ・えつお)
佐賀大学理工学部特任教授、福岡国際医療福祉大学特任教授。医学博士、学術博士
東北大学医療技術短期大学部助教授として勤務するなか、東北大学医学部老年内科もの忘れ外来で神経心理学的検査等を担当。その後、文科省在外研究員およびミシガン大学客員研究員として認知症、易転倒性、自動車運転等の研究を行う。帰国後、東北大学医学部助教授を経て、2004年から佐賀大学医学部認知神経心理学分野教授として赴任した後、同附属病院動作解析・移動支援開発センター長として3次元歩行解析と運転可否判断などの臨床研究データベース構築を行う。2017年から公益財団法人交通事故総合分析センター客員研究員、2019年から同特別研究員として交通事故ビッグデータ解析を行う。2020年4月から福岡国際医療福祉大学医療学部教授、ならびに佐賀大学医学部脳神経内科客員研究員として臨床研究に従事。現在は複数の病院で、もの忘れ外来や運転可否判断、運転リハビリテーションを担当している。公認心理師、臨床心理士、DRS(ADED:米国運転リハビリテーション協会基礎資格)、10代後半から20代前半にかけて長距離トラック運転手経験を有する。
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(佐賀大学理工学部特任教授、福岡国際医療福祉大学特任教授。医学博士、学術博士 堀川 悦夫)

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