アメリカで、教師がいないのに年間授業料が最大約1180万円に達する「アルファスクール」が富裕層の支持を集めている。ジャーナリストの上田裕資さんは「AI教材で学ぶ同校では、初の卒業生12人のうち11人が名門大学に進んだ一方、その教育手法に専門家や保護者から疑問の声も上がっている」という。
「AIエリート校」の実態とは――。
■年1180万円でもテック富豪が支持
人工知能(AI)を活用した「教師がいない学校」が、全米の富裕層の熱い注目を浴びている。年間授業料が最大7万5000ドル(約1180万円)にも達するこの種の学校は、教師の代わりに「ガイド」や「コーチ」と呼ばれる大人がデジタルツールを駆使した指導を行うのが特徴で、起業家精神の育成などを重視した「新型エリート校」として、ハイテク業界の富豪たちの支持を獲得した。
その中でも最も有名なのが、テキサス州オースティン発の「アルファスクール」だ。米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は昨年7月、イーロン・マスクらが豪邸を構えるこの街で2014年に始動した同校が、ニューヨークやフロリダ州オーランドを含む、全米十数都市への進出を計画中だと報じた。
アルファスクールの生徒らが科学や数学、読解などの授業を受けるのは、午前中の2時間のみで、残りの時間は、起業家精神、スピーチ、金融リテラシーといった「ライフスキル」を学ぶという。ごく短時間の学習にもかかわらず同校の生徒の学力は、「全米トップ0.1%レベル」に達すると謳われ、日本でも「AIが教育を変える最先端の学校」として紹介する記事が相次いでいる。
■公立にも、私立にも満足できない
アルファスクールの共同創業者で教育関連のインフルエンサーのマッケンジー・プライスによれば、同校のAIプログラムは平均的な生徒に合わせた画一的な内容ではなく、個々のレベルに最適化されている。そのため生徒は、学校でのほとんどの時間をワークショップなどに充て、仲間同士の交流に費やせるという。
前出のNYTの取材に応じた12歳の生徒は、7年生(日本の中学1年生に相当)に進級したばかりだが、すでに8年生の数学や10年生の英語を学び、「他の生徒や先生の授業に足を引っ張られることがない」とコメントした。
サンフランシスコ在住のある投資家は、息子をアルファスクールの幼稚園に通わせる予定だとウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)に語っている。「現在の教育システムは壊れている」と主張するこの人物は、地域の公立学校に満足できず、一般的な私立学校もほとんど検討しなかったという。

「これからの時代に必要なのは、自力で世界を渡っていける人材だ。大事なのは、特定分野の知識を丸暗記することではない」と、この投資家は述べている。幼稚園生から8年生までが通うアルファスクールのサンフランシスコ校の学費は年間7万5000ドル(約1180万円)とされる。
■ポリコレ嫌いの富豪が広告塔に
子どもをハーバードやイェールなどの名門大学へ送り込もうとする富裕層は、これまでプレップスクールと呼ばれる私立の名門校を選ぶのが常だった。しかし、テクノロジーの進化や既存のエリート教育への不信感から、その「既定路線」に背を向ける親たちが急増している。
その流れを象徴する人物の一人が、自身の母校ハーバード大学で勃発した反イスラエルの学生デモを猛烈に批判した著名投資家のビル・アックマンだ。運用資産が300億ドル(約4.7兆円)を超える投資会社パーシング・スクエアを率いるアックマンは、既存のエリート校や大学のリベラル化に強い不満を抱く富豪の一人として、近年の名門校で重視される「DEI(多様性・公平性・包摂性)」の理念に反発してきた。
アルファスクール共同創業者のプライスは、教育現場で対立を招く「政治的・社会的に論争を呼ぶテーマ」を教室に持ち込まない方針を掲げており、その姿勢に共鳴したアックマンは、同校の事実上の広報役(アンバサダー)を務め、周囲の親たちにアルファスクールを熱心に勧めているとWSJは報じた。
既存の名門校のポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)重視の姿勢に不満を抱く富豪らにとって、AIエリート校は自らの価値観を守るための「逃避先」としての意味合いをも帯び始めている。
■トランプ政権は「大きな可能性」と評価
アルファスクールはまた、トランプ政権が進めるAI教育政策の後押しも受けている。米国の教育長官リンダ・マクマホンは2025年9月にオースティンのアルファスクールを訪問。「ここには学ぶべきことが本当にたくさんある。
大きな可能性を感じる」と同校を高く評価した。
プロレス団体WWEの元CEOで、共和党の大口献金者として知られたマクマホンは、トランプ大統領が敵視する「左派寄りの教育省」の解体を主導する存在だ。その彼女の同校への訪問は、政権からのお墨付きが得られたことを意味する。
共同創業者のプライスは昨年4月、トランプがAI教育の推進を掲げる大統領令に署名した直後のリンクトインの投稿で、中国がテクノロジー教育で優位に立つ状況に触れつつ、「米国は、教育の軍拡競争を宣言した」と主張した。「この大統領令は学校におけるAIを支持するだけではなく、それを要求している」と彼女は語り、教室が「次の戦場になる」とも述べていた。
■教育学者「科学的な証拠はほとんどない」
一方、アルファスクールをめぐっては、多くの批判や疑問の声も上がっている。同校が掲げる「2アワー・ラーニング(2時間学習)」と呼ばれるAI主導の教育モデルは、「教育格差の解消に役立ち、すべての生徒に質の高い教育を提供できる」と関係者は主張するが、最低でも年間1万ドル(約160万円)とされる高額な学費を支払える家庭は、ごく一部に限られる。
さらに、AIに職を奪われることを恐れ、議会に介入を求める教師がいる中で、アルファスクールの教育モデルが、外部機関による十分な検証を受けていない点も指摘されている。私立機関である同校は、州政府に学業指標を報告する義務がなく、データを開示していない。
スタンフォード大学の教育経済学者キャロライン・ホックスビーは、「テクノロジー業界で働く親たちには、従来とは異なる教育ツールを積極的に受け入れる傾向がある」と指摘した上で、「科学的・実証的な証拠がほとんど存在しない教育手法を、私は無条件に支持する立場ではない」とWSJにコメントした。
■保護者「娘たちはゾンビのようになった」
そんな中、米CNNは今年1月の長文レポートで、子どもをアルファスクールに通わせた結果、当初の期待とは裏腹に深刻な懸念を抱くに至った保護者たちに話を聞いた。宿題も教科書もない同校では、教員資格を持たない人間の「ガイド」が学習意欲の維持や教室運営をサポートしている。

しかし、個別に最適化されたAIソフトウェアによる学習は、一見すると効率的で学力テスト上の数値を押し上げるように見える一方、その裏で子どもたちが「数値目標」に過剰適応し、深夜までアプリを使った追加学習に追われるなど、過度なプレッシャーを抱える事例が相次いでいるという。
CNNが話を聞いた保護者の一人は、2人の娘を2年間アルファスクールに通わせた結果、公立学校へ転校させることを決めた。娘たちは退学する頃には学校生活に疲れ切り、「まるでゾンビのようになっていた」という。
■教育モデルのルーツは「スキナー箱」
また、米テック系メディアWIREDは昨年10月、アルファスクールに関するさらに詳細で赤裸々な長文記事を掲載した。スペースXのロケット発射場があることで知られるテキサス州ブラウンズビルに新設された同校を訪れたWIREDの記者は、「この学校が多くの親たちを魅了した理由はすぐに分かる」と書いている。
小さな教室は居心地がよく、ビーズクッションが置かれ、壁には生徒たちの「無限の可能性」を称えるメッセージが描かれ、穏やかな香りが漂う落ち着いた雰囲気が作られていたという。また、校内には企業のコワーキングスペースを思わせる部屋があり、十数人の子どもたちがヘッドホンを付け、ノートパソコンに向かっている授業中の教室は驚くほど静かだったという。
しかし、この記事は、アルファスクールの教育モデルの根本に、ある種のディストピア的な世界観があることを強く匂わせている。
同校では、学習目標を達成した生徒にディズニーワールドへの特典旅行などを含む「報酬」を与えているが、その教育モデルのルーツには、動物に特定の行動を繰り返させる研究で使われる「スキナー箱」と呼ばれる装置があることを、記事は示唆している。
この装置を考案したハーバード大学の心理学者B・F・スキナーは1953年、被験体が特定の刺激に反応すると報酬を与える仕組みを娘の教育に応用しようと思い立ち、個別学習機械の開発に取り組んだ。パンチカードで問題を提示し、生徒が正解を入力するとランプが点灯し、次の問題へ進める仕組みだった。アルファスクールの教育モデルは、こうした学習機械がハイテク化したものと考えられる。

■自宅でのパジャマ姿まで監視
さらに同校の内部では、さまざまな監視ツールも利用されている。学校側はこの仕組みを、アプリの不適切な利用を検出するために使用し、生徒の集中力や学習への取り組みに問題がないかを把握する目的で導入していると述べている。
だが、監視の範囲は、生徒の自宅での行動に及ぶケースもあり、ある保護者によれば、在校生の娘が自宅で課題に取り組んでいたところ、「アンチパターン」として検出されたという通知が届いたという。娘によれば、パソコンのウェブカメラが撮影した映像が学校側へ送信されており、そこにはパジャマ姿で妹と話している様子が映っていた。
ジェシカ・ロペスと名乗るこの保護者は、2024年に2人の娘をアルファスクールから退学させた後、創業者のプライスに宛てた書簡をネット上で公開した。彼女が指摘した問題点には、アプリのみに依存した授業や人間の教師によるサポート不足、そしてAIが設定した評価指標に追いつくために子どもたちが長時間学習を強いられていることなどが含まれていた。
CNNからこの件のコメントを求められたアルファスクールは、自らの教育手法と成果を擁護し、批判的な関係者の主張について「事実に反する」あるいは「誤解を招くものだ」と反論した。また、学校の透明性や成果に疑問を呈している外部の専門家については、「当校の教育姿勢を十分に理解していない人々」であり、その点を明示した上で紹介すべきだと主張した。
■富裕層のエゴか、それとも…
ここまで述べてきたようにアルファスクールを巡っては、ハイテク業界や政治家、教育関係者らのさまざまな思惑が交差している。同校の試みが「教育の未来」を切り開くのか、それとも富裕層のエゴが生んだ新たなディストピアの始まりに過ぎないのかは、まだ誰にも分からない。
冒頭に挙げたNYTの記事によると2024年、アルファスクールは「初の高校卒業生」を送り出した。プロの水上スキー選手になった一人を除き、12人中11人が、スタンフォード大学やヴァンダービルト大学、テキサス大学オースティン校、ノースイースタン大学などの名門に進学したという。

しかし、アルファスクールの教育モデルが本当に価値あるものなのかどうかは、彼らが社会の荒海に出た後にはじめて明らかになりそうだ。

----------

上田 裕資(うえだ・ゆうじ)

ジャーナリスト

1968年生まれ。関西学院大学卒業後、雑誌編集者を経てデジタルコンテンツ企業に勤務。『フォーブスジャパン』ウェブ版立ち上げに参画し、米国、中国・深圳、イスラエル、ベルリンなどのスタートアップを取材。

----------

(ジャーナリスト 上田 裕資)
編集部おすすめ