■全国からの寄付で建つ「インスタントハウス」
「これは大きな一歩なんです」
8月10日、インスタントハウスの開発者で名古屋工業大学教授の北川啓介さんは言葉に力を込めた。その視線の先には、八代市役所の鏡支所の一角に建てた見学用のインスタントハウスがある。
この日から八代市役所が窓口になってインスタントハウス設置の希望者を募り始めており、完成前からモデルハウスを一目見ようと何組もの被災者が訪れていた。北川さんは設置作業を見守りながら、被災者に名刺を渡し、インスタントハウスの説明をして、あらゆる質問に答えていた。
「台風が来ても大丈夫ですか?」
「台風の倍ぐらい、風速が毎秒120~130メートルのハリケーンにも耐えられるよう設計されていて、論文にもなっています」
「台風で瓦が飛んできても壊れませんか?」
「20メートルの木が倒れてきたこともあるんですが、大丈夫でした。もしテントに穴が空いても、それを留めるプロ用のテープがあります」
「ネコを4匹飼ってるんです。内側をガリガリやっちゃいそうで心配で」
「インスタントハウスを使ったペットホテルもあるので、恐らく問題ありません。不安でしたら内側に壁紙などを貼ってください」
「クーラーは自分で取り付けるんですか?」
「クーラーも無償で、こちらで用意します」
北川さんが被災者に寄り添ってコミュニケーションを取るのは、いつもと変わらない。しかし、北川さんがその場を離れている時、北川さんに代わって市役所の住宅課の職員が被災者の問い合わせに対応している姿は、これまでにない風景だった。
■市役所が受付窓口になった「大きな一歩」
北川さんは、2023年に発生したトルコ・シリア大地震とモロッコ大地震、2024年の能登半島地震と能登半島豪雨の際にもインスタントハウスを提供してきた。
能登では300棟導入されているが、被災地の自治体は北川さんの活動を「公認」する形に留めており、インスタントハウスの設置に関しては北川さんと被災者が直接連絡を取り合い、個別にリクエストを聞いていた。今回の熊本地震では、震度7を記録した氷川町で町役場や町長と手を組み、続々とインスタントハウスを建てている。
しかし、氷川町の人口約1万人に対して、八代市は約11万7000人。北川さんにとって、規模が大きい「市」レベルで自治体と公式に連携するのは初めてのことで、今後を見据えた新たなステップになると期待を寄せる。
■八代市長との電話
熊本地震が起きた翌日の7月29日朝に現地入りした北川さんが、真っ先に向かったのは被害が大きいと報道された八代市だった。
北川さんは室内用のインスタントルームをレンタカーに積んで、避難所を訪ねた。ダンボール製のインスタントルームは組み立て式で、所要時間15分、要望に合わせて形状を変えることができ、連結も可能な優れもので、寝食可能なプライベートスペースや女性の着替え用スペース、子どもの遊び場などとして能登でも多数導入された実績がある。
ところが、避難所で設置には市役所の公的な許可が必要と言われ、市役所に向かうとすぐに許可を得ることができないとわかった。非常時だからこそ、ルールや手続きを守ることの大切さも理解できる。それでも「その場ですぐに作れて、必ず役に立つものなのに、なんで……」というやり切れない思いを抱えながら、八代市役所を後にした。
すぐに気持ちを切り替え、レンタカーで震度7の被害を受けた氷川町に向かうと、偶然の出会いからとんとん拍子でインスタントハウスを建てることになった。
そのタイミングで、人づてに八代市長・小野泰輔氏の電話番号を受け取った。北川先生と氷川町の動きを知っていたのか、電話をかけると「八代市でも協力してほしい」という依頼だった。
「小野さんは前例主義じゃなく、市民ベースで考えている方だと感じました。電話でお話してから、一気に動き始めましたね」
■受付開始から2時間で希望者10人超
そこから何度かの打ち合わせを経て、先述したように八代市役所がインスタントハウス希望者を受け付ける公式な窓口になること、八代市内でも地震の被害が大きかった鏡地区にモデルルームを建てることが決定。8月10日にインスタントハウスを建てると同時に、八代市役所のホームページと市役所や支所で配布するチラシで告知を始めた。
担当になった住宅課の職員は、インスタントハウスについてこう語る。
「エアコンもついて快適に過ごせるというのは大きいですね。自宅に住めるようになった後も、例えば家の離れや倉庫として使うという活用もできますし、被災者の方の希望になったら嬉しいですね」
八代市役所によると、インスタントハウスの受け付けを始めてわずか2時間で設置希望者は10人を超えた。そのほかに、「モデルルームを見てから決めたい」と見学に来ていた人は10組を超えていた。北川さんによると、8月12日の段階で50世帯が申し込みを終えており、関心の高さが伺える。
八代市内では41カ所の避難所が開設されており(8月4日時点)、被災者が避難できない状況ではない。なぜインスタントハウスを求めるのか、見学者に話を聞くと、それぞれに切実な事情があることがわかった。
■ペットと避難できず「まったく熟睡できない」
まず、ペットの問題。八代市ではペットと一緒に避難し、同じスペースで過ごすことができる「ペット同伴避難所」が1カ所開設されている(金剛コミュニティセンター)。
しかし、屋内ではケージなどに入れなくてはならず、鳴き声なども気を遣う。ほかの大勢の人やペットと一緒では落ち着かないという理由で、犬や猫を飼っている人たちは自主避難を選んでいた。犬を飼っている男性は、自宅が倒壊し、発災直後から車中泊を続けていて、「まったく熟睡できない」と訴えていた。
冒頭に記したネコを4匹飼っている夫婦も自宅に住める状況ではないが、4匹をずっとケージに入れたまま避難所で過ごすのは難しいと感じ、日中は庭にタープを張って、屋外で過ごしているという。電気は通っているので扇風機で暑さをしのいでいるものの、午後になると「耐えきれない」と話していた。テレビでインスタントハウスのことを知り、「是が非でも欲しいと思った」と語っている。
また、自宅が倒壊した被災者は防犯上の心配も大きい。家が潰れ、ある意味、どこからでも入ることができる状態になっているだけでなく、無事だった家財道具をできる限り運び出して外で保管しているため、それを放って避難所に入るのを躊躇してしまうのだ。
今回、話を聞いたなかで最も過酷な状況にあったのは、高齢の母と子どもふたりをひとりで支えている女性。10年前の熊本地震の際、当時幼稚園に通っていた子どもと生まれて2カ月の赤ちゃんを連れて避難所に行ったところ、何度も「うるさい」と注意されて、それがトラウマになってしまったという。
障害を抱える下の子どもは地震を怖がって屋内にいられないため、地震が起きてからずっと庭にテントを張って、寝泊まりしている。日中は暑さから逃れるため、全員を連れて商業施設などで過ごしていると話していた女性の表情は、誰よりも疲労の色が濃かった。
■仮設住宅が完成までの空白を埋める
鏡支所に半日いただけで、「避難所に入らない」のではなく、「入れない」人たちが大勢いることがわかった。
能登や熊本の被災地でたくさんの時間を過ごしてきた北川さんは、数え切れないほどの不安や苦痛に触れてきたはずだ。だからこそ、もっとスピーディーに、希望者全員にインスタントハウスがいき渡るような仕組みづくりをしたいと考えている。
「能登では草の根の活動でした。行政と情報共有をしていましたが、ここに欲しい、ここに足りないと手を挙げるのは市民の方でした。今回は行政と連携してお届けできるようになってワンステップ上がったと思うんですけど、さらにワンステップ上げたいんです。いまは頂いた寄付から届けているインスタントハウスを、自治体に備蓄してもらうこと。国がスポットクーラーを300台送るよりも、例えば県単位でインスタントハウスを300棟備蓄してもらったほうが、救える命を救えると思うんです。地域の断熱業者と連携すれば、発災前の設置トレーニングはすぐにできますから」
前編でも記したように、インスタントハウスの設置費用は材料費、施工費を含めて1棟50万円。どこでも設置可能で、最短1時間で完成する。
施工も簡単で、断熱業者がトレーニングを兼ねて1棟建てれば、あとは任せることができる。断熱性能が高く、エアコンをつければ気温40度のなかでも20度を維持し、真冬には小さな小型のファンヒーター一台で汗ばむほどに暖まる。
また、耐用年数は20年を超えるため、復旧、復興が進んだ後はまちのコミュニティセンターやグランピング施設などに転用可能だ。台所、トイレ、風呂も備えた仮設住宅も必要だろうが、入居できるようになるまで発災から数カ月を要すること、1軒あたり1700万円(能登での実績)の税金が投入されることを考えると、インスタントハウスは避難所と仮設住宅の間に生まれる空白を埋める存在になり得るのではないだろうか?
被災者のニーズは大きい。今回の地震で被災した氷川町と宇城市、宇土市だけですでに200軒以上の設置依頼があり、先述の通り新たに八代市でも設置希望者が相次いでいる。
■防災先進国・イタリアが注目する「移動する家」
北川さんは、インスタントハウスの可能性をさらに拡げるため、改良を進めている。すでに実用化されているのが、「インスタントハウス モバイル」。これは3トントラックの荷台にぴったり収まるよう設計された長方形のインスタントハウスだ。
そのままトレーラーハウスやキャンピングカーとして利用できるほか、大人3、4人で荷下ろし可能で、目的地で固定すれば従来のインスタントハウスと同じ機能を発揮する。床面積は約8平米と狭いものの、トラックでどこにでも輸送できるのが特徴だ。
「去年9月、イタリアに呼ばれました。ネットでインスタントハウス モバイルのことを知ったという政府の人は、トラックに薬と水を載せて現地で下ろせば薬局になるねと言われました。
例えば、地方の町で地震が起きた時、県庁所在地などで「インスタントハウス モバイル」を備蓄していれば、イタリア政府が想定するように、被災地までトラックで運んで臨時の診療所や薬局などにすることができる。撤去も簡単で、トラックに載せればまた別の場所に移動できる。もちろん住居としても使用可能で、汎用性が高い。
■食品廃棄物でつくる「ほぼゼロ円の家」も
インスタントハウスよりももっと手軽に、スピーディーに作ることができる「家」のアイデアも実現に近づいている。これは、被災地はもちろん、難民キャンプなどでの使用を想定したもので、なにかしらの理由で食べられなくなった米や小麦などの食品廃棄物と使われなくなった布、服などを使用する。
「アジアの主食は米で、欧米は小麦やジャガイモです。共通するのはデンプンで、水を混ぜて捏ねるとデンプン糊になります。空気膜を膨らませて家の形にしたものに、デンプン糊で布地を貼り付けると、強くて快適な家になるとわかりました。名古屋でもう実験を終えて、特許出願中です。これはもうほぼゼロ円で、子どもでも作れるんですよ。いま世界では難民が増え続けています。難民の子どもたちがこの家づくりを生業にできたら、難民の子どもたちが本当の意味で自立できてより良い世界になると思って」
このゼロ円ハウスは「ホーム for ホームレス」というプロジェクトとして、以前から親交のあるフィリピンでスラムの子どもたちと一緒に進めていくことが決まっている。
さらに、日本のお菓子メーカーとコラボして、スナック菓子の残渣を断熱材に使った「家」の開発も手掛けているという。自由な発想から生まれるその知見もまた、大規模な災害が起きた時に活かされるのだろう。
■寄付集めに奔走しながら、被災地に
こうして未来を見据えた活動を続けながら、北川さんは今日も熊本の被災地を駆け巡っている。施工現場で自らスコップを握って作業を手伝っていたかと思えば、役所との打ち合わせに出向き、「200棟を届けるにはぜんぜん足りない」という寄付を集めるために、すべての取材依頼に応えている。
その多忙さのなかでも被災者に出会えれば親身なって話を聞き、最後に必ず「一緒に頑張りましょう。お大事になさってください」と言って見送っていた。タイの難民キャンプで購入した「風通しがよくて、お気に入り」だという帽子をかぶり、娘からもらったという日焼け止めで顔を真っ白にしながら。
名古屋工業大学の寄付サイトから、インスタントハウス設置の寄付ができる。熊本地震での設置希望者数を満たすためには、まだまだ寄付が足りないとのこと。
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川内 イオ(かわうち・いお)
フリーライター
1979年生まれ。ジャンルを問わず「世界を明るく照らす稀な人」を追う稀人ハンターとして取材、執筆、編集、企画、イベントコーディネートなどを行う。2006年から10年までバルセロナ在住。世界に散らばる稀人に光を当て、多彩な生き方や働き方を世に広く伝えることで「誰もが個性きらめく稀人になれる社会」の実現を目指す。著書に『1キロ100万円の塩をつくる 常識を超えて「おいしい」を生み出す10人』(ポプラ新書)、『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦』(文春新書)などがある。
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(フリーライター 川内 イオ)

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