SNSで話題の「美味しい店」に人が殺到しがちだ。しかし、小児科医の森戸やすみさんは「その中には医師の目から見て、あまりにも健康上のリスクが高く、非常に危険だと思う店もある」という――。

■医師の目から見た「恐ろしい店」
最近はSNSでさまざまな「美味しい店」が紹介されて、話題になっています。でも、その中には、医師の目から見ると「恐ろしい」と感じる店があります。それは牛や鶏、豚、ジビエなどの「生肉」「加熱が不十分な肉」を名物にしている店です。
新鮮な生肉には独特の風味があり、とろっとした舌触り、しっとりとした食感が好きだという人は少なくありません。しかし、肉の生食には、食中毒のさまざまなリスクがあります。
食中毒というのは、飲食物を介して病原体や毒素などを取り込んだことによって起こる健康障害の総称です。お腹が痛くなったり吐いたりする程度だと思っている人も多いかもしれません。でも、じつは食中毒になると、命を失ってしまうケースもあります。それなのに「新鮮だから大丈夫」「ちゃんとしたお店だから安全」と誤解する人があとを絶ちません。
そこで、牛肉、鶏肉、豚肉、ジビエなどの生食にはどんなリスクがあるのか、詳しく見ていきましょう。
■焼肉チェーン店の集団食中毒事件
まずは、牛肉から。2011年4月、焼肉チェーン店で提供された牛刺しやユッケによって、181人が激しい大腸炎を発症し、子どもを含む5人が亡くなった事件を覚えている人も多いでしょう。
この集団食中毒事件をきっかけに、牛肉を生食用として提供する場合の厳しい処理基準が食品衛生法に基づいて設けられました。
食中毒の原因は、牛肉に付着していた腸管出血性大腸菌(O157やO111)でした。「O」というのは大腸菌の表面にある抗原で、病原性のないものも含め200種類近くに分類されます。そもそも牛自身は、O26、O111、O157といった人間に腸管出血性大腸炎を起こす菌を持っていても症状が出ません。さらに、切った肉の見た目からも菌の有無は判断できないので、新鮮な肉でも表面に付着していることが多々あります。でも、腸管出血性大腸菌は、75度以上1分間の加熱で死滅します。だから、加熱が必要なのです。
ステーキのような一枚肉だったら、まだ表面をしっかり焼くことで、安全性を飛躍的に高めることができます。でも、ハンバーグのような挽肉や、包丁で細かく刻むユッケは、表面についていた菌が肉の内部まで混ぜ込まれてしまうため、生焼けやレア状態で食べるのは非常に危険なのです。
■命に関わるHUS(溶血性尿毒症症候群)
腸管出血性大腸菌に感染すると、通常は数日の潜伏期間を経て、水のような下痢や激しい腹痛が起こり、その後、血便が出ることがあります。発熱はそれほど目立たないこともあります。
大体の人はこうした腸炎だけで回復しますが、症状が出た人の6~7%程度では、発症から数日~2週間ほどの間にHUS(溶血性尿毒症症候群)などの重い合併症を起こします。
HUSになると、赤血球が壊れ、血小板が減り、腎臓の働きが悪くなって、尿が出にくくなったり、むくんだりします。治療は水分や全身状態を慎重に管理することが中心で、腎不全が重い場合には透析が必要になることもあります。特に子どもや高齢者では重症化しやすいため注意が必要です。
私自身、研修医だった頃にHUSを起こした子どもを診療したことがあります。ご家族の中で、その子だけが合併症を起こし、腎不全から腹膜透析が必要になり、長期の入院治療を余儀なくされました。幸いにも命は助かりましたが、ご家族の不安は計り知れないものでした。
なお、2011年の事件以降、食品衛生法が改正されて、大規模な重症食中毒は減りました。しかし、2024年にもハンバーグ店で、加熱が不十分な肉による食中毒が発生しています。「生ハンバーグ」は非常に危険なものだと覚えておいてください。
■鶏肉とカンピロバクターのリスク
次に鶏肉です。鹿児島や宮崎には鶏肉を「鳥刺し」として生食する文化があり、他地域でも同様の鶏肉料理を提供している店があるため、食べても大丈夫だと思っている人は少なくないでしょう。
しかし、生の鶏肉を食べると、カンピロバクターによって食中毒(カンピロバクター腸炎)になるリスクがあります。
市販の鶏肉を調査すると、高確率でカンピロバクターが検出されますが、鶏自身がカンピロバクターを保菌していてもほとんど症状が出ないため、見分けがつかないのです。
そうしてカンピロバクターに感染すると、2~5日の潜伏期間を経て、高熱や激しい腹痛、下痢、血便が起こります。私が受け持った患者さんも、体をくの字に曲げて歩けないほどの腹痛と高熱に苦しみ、入院が必要なほどでした。
鹿児島と宮崎は、鶏肉の食文化を背景に独自の衛生基準・衛生管理体制を設けています。しかし、牛の生食用食肉のような国の規格基準は鶏肉にはなく、国内で流通する鶏肉は基本的に加熱用です。
■「ギランバレー症候群」の恐ろしさ
ちなみにカンピロバクターによる食中毒の恐ろしさは、腸炎によって腹痛や高熱に苦しめられるだけではありません。
じつは腸炎が治った1~3週間後に「ギラン・バレー症候群」になることがあるのです。ギラン・バレー症候群とは、自分の免疫が誤って自身の末梢神経を攻撃する病気で、足から徐々に力が入らなくなり歩行困難になります。症状が上に進行すると、呼吸筋まで麻痺し、人工呼吸器が必要になることも。カンピロバクター腸炎になった人の約1000人に1人ぐらいの割合で発症し、ほとんどの人は治りますが後遺症が長引くケースもあります。
先日、東京に住む整形外科医が、加熱が十分でない鶏肉を食べた後にギラン・バレー症候群になったということが報道されました(※1)。数日間は呼吸もできず、ICUに長期間入院した後も手足に麻痺が残り、要介護認定を受け、開業していた医院は閉院せざるを得なくなったといいます。
なんと壮絶な体験をされているのだろうと思いましたし、ご回復を心から願っています。
※1 朝日新聞「加熱不足の鶏肉食べた医師、車いす生活に『避けられたリスクだった』
■豚肉の生食が禁止されている理由
豚肉は、生で食べてはいけないとほとんどの方が知っているでしょう。ところが、近年、加熱不十分でピンク色の豚肉を「レアチャーシュー」と称して提供する店があり、問題になっています。適切な温度と時間で加熱されていれば問題ありませんが、中心部まで十分に加熱されていない豚肉には、生肉と同様のリスクが残ります。2025年にレアチャーシューに関連するサルモネラ菌の食中毒が起こっています。
豚肉は、サルモネラ菌、E型肝炎ウイルス、カンピロバクターだけでなく、日本ではまれなものの「旋毛虫」や「有鉤条虫」といった寄生虫がいることもあり、危険性が高いため、法律で生食が禁止されているのです。
サルモネラ菌も、食中毒を起こすことでよく知られています。サルモネラ菌を保菌しているのは、豚以外にも、鶏、牛、ミドリガメ、爬虫類が知られています。加熱が不十分な肉のほか生卵も原因になり、発熱や腹痛、嘔吐、下痢が起こり、乳幼児が感染すると、菌血症や髄膜炎などの命に関わる重症化のリスクがあるので注意が必要です。
■ブタやジビエのE型肝炎ウイルス
一方、E型肝炎は、日本ではブタ以外にも、イノシシやシカなどの生肉または加熱が不十分な肉から感染し、妊婦さんや基礎疾患のある人では重症化することがあります。海外ではウサギもE型肝炎ウイルスの感染源として知られています。
このE型肝炎ウイルスは加熱によって感染性を失いますが、冷凍しても安全にはなりません。
冷凍したシカ肉の生食によるE型肝炎も報告されているので、必ず中心まで十分に加熱して食べましょう。
一方、生肉として比較的なじみのある馬刺しはどうでしょうか。馬刺しではサルコシスティス・フェアリーという寄生虫による食中毒が知られています。ただし、この寄生虫は一定条件での冷凍によって死滅するため、国は生食用馬肉について冷凍処理を食中毒防止策として示しています。つまり、「冷凍すればどんな生肉でも安全」なのではなく、肉の種類や病原体によって事情が異なるのです。
■怪しいものを食べないことが大事
夏はキャンプやバーベキュー、帰省先や旅先などでの外食が多い時期です。「天然のジビエだから安全」「とれたて捌きたてで新鮮だから問題ない」といった言葉や話題性に惑わされず、「肉はしっかり火を通して安全に食べる」という基本をぜひ徹底しましょう。
生もしくは加熱不十分としか思えない肉を提供されたら、再度加熱してもらえるようお願いしたり、場合によっては食べないで残してもいいと思います。「人が勧めてくれたのだから食べなくては」と思ったり、「残しては申し訳ない」などと思うこともあるかもしれませんが、身を守ることを優先してください。特に子どもや妊婦さん、高齢者、抵抗力の弱い人は要注意です。食中毒になってから後悔しても遅いのです。
もちろん、「自分は胃腸が強いから大丈夫」「今まであたったことないから気にしない」と自己責任で食べている大人もたくさんいるでしょう。
でも、食中毒は、誰がいつなるかわかりません。おなかが痛くなるだけで済むとは限らず、命を失うリスクもあることを忘れないでください。

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森戸 やすみ(もりと・やすみ)

小児科専門医

1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。

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(小児科専門医 森戸 やすみ)
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