同じ仕事でもイキイキと働ける人とそうではない人がいるのはなぜか。外資系産業医として1万人以上と面談をしてきた武神健之さんは「メンタルを消耗せずに仕事の能力を伸ばせる人は、3つの要素において、消耗しにくい思考回路を持っていると感じる」という――。

■同じ状況でもメンタルを消耗しない人がいる
こんにちは。産業医の武神です。
長年産業医面談をしていて、不思議に思うことがあります。同じ会社で同じ部署に配属され、同じような業務(量)をこなしていても、メンタルを崩して長期の休職に至る人もいれば、しんどい状況の中でも踏みとどまり、むしろその経験を糧にして伸びていく人もいます。何が違うのでしょうか。
私が思うにこれは、同じ状況の中で、どのような視点を持つかによる“メンタルを消耗するか否か”の違いです。
今月は、経験を成長の糧に変えられる人と消耗してしまう人の違いについて、産業医の私が感じる点を3つ考えてみました。
■40代女性の「心が折れた感じ」
①他責か、自責か
数年前に産業医面談に来たのは、入社してまだ5カ月の40代女性Aさんでした。面談の理由は、最近会社のビルに入る際に強い動悸を感じることが数回あったからでした。話を聞くと、食事や睡眠には大きな問題はありませんでしたが、仕事に対しては、急に心が折れた感じがしているとのことでした。
「この会社はどうですか」と尋ねると、Aさんは「雰囲気があまり好きではありません。とても排他的で、自分が歓迎されていないように感じます」とのことでした。
彼女の部署は長年勤めている社員が多く、そう感じてしまうのも無理はないだろうと、私も思いました。
しかし、気になったのはその後の言葉でした。「上司の指示が曖昧なのに、自分がその通りに動くと、指示を明確にしないほうが悪いのに厳しい評価が返ってくる」「同僚に質問しても面倒くさそうな顔をされ、入社したばかりなのだから全部教えてくれてもいいのに、いつも聞いたことの一部しか教えてもらえない」「このような環境では自分の実力は発揮できない」――そう続けたのです。
「上司に相談してみてはどうですか」と提案すると、Aさんは、相談しても「新人がうるさいことを言っている」としか受け取られず、評価がさらに下がるだけだと思うので、相談することはできないと答えました。
■すべて「相手が悪い」に収束していた
ここで私が引っかかったのは、Aさんの感じている不満内容そのものではありません。転職前の面接や事前調査で得られる情報には限りがあり、実際に部署に入ってみないと分からないことは確かにあります。それが想像と違っていることも、決して珍しくありません。
私が引っかかったのは、状況の解釈がすべて「相手が悪い」「相手が変わるべきだ」という一点に収束し、そこから一歩も動かなくなっていたことでした。指示が曖昧なら、自分から「この部分は具体的にどう進めればよいか教えてください」と聞き返すこともできます。同僚が忙しそうなら、聞くタイミングや聞き方を工夫する余地もあります。しかしAさんの語りの中には、「自分がどう働きかけられるか」という視点がありませんでした。
■他人も自分も責める必要はない
心理学には「統制の所在(Locus of Control)」という考え方があります。
物事の結果を、自分の行動や工夫によって左右できると捉える人(内的統制)と、環境や他人、運によって決まると捉える人(外的統制)がいる、という枠組みです。
外的統制の傾向が強く、かつ「自分にはどうにもできない」という感覚が重なると、心理的なストレスはより強くなるとされています。もっとも、内的統制が強すぎて何でも自分のせいだと背負い込みすぎるのも、困りものです。その結果消耗していくケースを、私は数多く見てきました。
どちらにも極端に寄りすぎず、「相手の責任」と「自分にできること」を分けて眺められるかどうかのバランスが大切だと思います。そして、他人や自分を責めることなく、「この状況に対して、自分にできる働きかけが何かあるか」を考えるメンタルです。
Aさんは結局、半年後に転職しました。メンタル不調で休職とはならずに済んだことは、産業医としてほっとしています。ただ、次の職場でも同じように「相手が変わるべきだ」という視点にとどまってしまえば、環境を変えても同じことが繰り返される可能性はあります。環境が合わないのであれば、転職は正しい選択ではありますが、必ずしもそれが根本的な解決になるとは限らないと感じた症例でした。
■不本意な異動をした20代男性の変化
②不本意な状況の中で、何を見つけられるか
もう一つ、印象に残っている20代後半の男性社員Bさんのケースをご紹介します。Bさんは、上司と折り合いが悪く、仕事にやりがいを感じられないままメンタル不調の兆しが出始めたため、産業医面談を受けながら、社内異動制度を使って異動を決めました。

ところが、異動が決まった後で、会社の都合で「異動の前に、別の部署で3カ月だけ働いてほしい」と頼まれてしまいました。断りきれずに引き受けたその仕事は、国内の業務を海外に移管するための実務で、正直なところ自分のキャリアにプラスになる感触もなく、面白みも感じられないものでした。
定期的に面談に来ていたBさんは、当初この状況について否定的な言葉ばかりを口にしていました。しかし何度か面談を重ねる中で、Bさんの語り口が少しずつ変わっていきました。
「この3カ月だけの仕事は決して楽しくはない。ただ、海外とのやりとりの量は、これまでの仕事で一番多い。だから、この期間を英語のトレーニングの集中期間と考えるようにした」「残業はそれほど多くないから、趣味のランニングでタイム更新を狙ってみよう」「3カ月後の異動を見据えて、勉強の時間もつくれるかもしれない」、そんな言葉が出てくるようになったのです。
■置かれた状況の中で自分は何を得られるか
この間、Bさんの業務状況そのものは好転していません。仕事の中身は相変わらず面白くありません。異動までの3カ月という期間も変わっていません。変わったのは、Bさんが「この状況の中で、自分は何を得られるか」という考え方をし始めたことでした。
働く人自身が、自分の仕事の意味づけや進め方、周囲との関わり方を自分なりに組み替えていくことを、組織心理学では「ジョブクラフティング」と呼びます。
与えられた仕事の枠組みは変えられなくても、仕事の捉え方や、業務の合間の使い方であれば、多くの場合、本人の裁量で変えられる余地が残っています。Bさんが行っていたのは、まさにこの「業務のクラフティング」でした。
実際の産業医面談で私はよく社員に、「どうしてこの会社で働くの? どうしてそんなしんどい思いまでしてこの部署で働くの?」と尋ねることがあります。さっと答えられる明確な答えを持っている人の方が、安定して働き続けられると経験上断言できます。
Bさんは、最初はこの3カ月間の仕事に前向きではありませんでした。不満を口にしていました。それは自然なことです。しかし、Bさんはそこでとどまらず、「この状況から何を得られるか」「何を身につけられるか」という問いを自分に投げかけ、この嬉しくない状況の中でも、得られるものを見出すことができました。ここが、メンタルを消耗する人と、その状況を糧に変えていく人の違いだと私は思います。
■「心の境界線」を意識してみる
③バウンダリー……自分と他人を分けて考えられているか
最近、産業保健の現場でもよく耳にするようになった言葉に「バウンダリー(自他境界)」があります。自分と他者との間にある見えない境界線のことで、どこまでが自分の責任で、どこからが相手の領域かを区別する線引きを指します。
バウンダリーは心理学の言葉としては比較的新しいものですが、私はこれを、これまで使われてきた「精神的自立」という言葉とほぼ同じものだと理解しています。
自分の感情や人生の責任は自分で引き受けつつ、相手の感情や責任までは背負い込まない。この線引きができているかどうかが、働く人のメンタルの強さ、消耗しやすいか否かに直結していると、面談を重ねるほどに私は感じます。
バウンダリーのバランスが良い人は、自分の意見を持ちながらも相手の考えを尊重でき、必要に応じて距離感を調整できます。自分が頑張っているからといって、部下や同僚も頑張るのが当然とは考えません。また、その逆も然りです。
■他人に振り回されやすい人
一方でバウンダリーが緩すぎる人は、他人の機嫌や問題に振り回されやすい傾向があります。断りたい仕事も断れず、頼まれると全部引き受けてしまい、自分の都合よりも職場の雰囲気に合わせた働き方をしがちです。
また、自分のキャパシティを超えて仕事を引き受けた結果、本来やるべき重要な業務が後回しになったり、同僚や部下の失敗まで「自分の教え方が悪かったのだ」と過剰に背負い込み、責任の所在が曖昧なグレーゾーンの仕事に時間を奪われがちです。
バウンダリーが硬すぎる人は、他人を信用できず壁を作りすぎて、周囲と深く関わることを避けてしまいます。一人で仕事を背負い込みすぎます。このようにバウンダリーは極端になると、働く上での消耗につながります。
両者とも、ある日突然、体調を崩して休職に至るケースを、私は何度も見てきました。

自分と相手は違う人間であり、感情も思考も別のものである。異なって当たり前である。この当たり前の認識を難しく考えずに持てるかどうかが、社会人としての精神的自立の成熟度を左右している(つまりその人のバウンダリーのバランスの良さを示している)と私は思います。
■メンタルを消耗せずに働く方法
以上、メンタルを安定させて仕事ができる人と消耗してしまう人の違いについてお話しさせていただきました。困難な状況の原因を他人のせいにするだけ/または自分のせいにするだけで止まっていないか、不本意な状況の中でも自分に何ができるかを考えているか、他人からの期待値を感じたときに、相手と自分の境界を踏まえて感情的に自立した立場で考えられるか。そうした思考回路の持ち方に、違いがあると感じます。
仕事は必ずしも簡単でラクとは限りません。もちろん、それぞれの業務をこなす能力は必要ですが、その上で、メンタルを消耗せずに自らの能力を伸ばせるか、伸ばせないかには、この3つの要素が関係していると感じます。
今回の話もあなたのお役に立てば光栄です。

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武神 健之(たけがみ・けんじ)

医師

医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、バンク・オブ・アメリカ、BNPパリバ、ムーディーズ、フォルクスワーゲングループ、BMWグループ、エリクソンジャパン、テンプル大学日本校、アドビージャパン、テスラ、S&Pといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』などがある。働く人のココロとカラダをサポートする無料AIチャット相談サービス「産業医DrT」を運営。

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(医師 武神 健之)
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