■「まもなく雨雲は離れる」予想は外れた
「あと10分もすれば雨雲のピークは過ぎる。ここに留まろう」
8月13日、記録的な豪雨に見舞われた千葉県で、ある男性がスマートフォンの雨雲レーダーを見て、そう判断した。
男性は激しい雨の中、家族を駅まで迎えに行く途中だった。道路は渋滞し、次第に水位が上がっていた。しかし、スマホを見ると、あと10分ほどで強い雨は抜ける予想になっていた。
ところが、10分経っても雨は弱まらない。
窓ガラスに激しく雨が打ち付ける中、もう一度レーダーを見る。それでも「まもなく雨雲は離れる」という予想だった。男性は、もう少し待つことにした。その間にも、水位はみるみる上昇して車は動かなくなった。
結果的に、男性は無事だった。だが、こう思っている。
「あの時、レーダーの予測を信じず、すぐに逃げればよかった」
気象キャスターとして被災地を取材した私に、男性はそう話してくれた。
この言葉は、今回の豪雨が残した教訓を象徴しているように思う。大雨災害が迫っているとき、ほとんどの人が「雨がいつ止むのか」と手元のスマホの情報ばかりを見るが、これは大げさではなく、自らを命の危機に晒すことにもなりかねないのだ。
もっとちゃんと見るべきなのは、「いま、自分のいる場所(現場)がどれほど危険になっているのか」なのである。
■10分先の予測すら当たらなかった「千葉豪雨」
8月13日、千葉県では線状降水帯が相次いで発生し、記録的な豪雨となった。これまで死者13人、浸水被害4200軒以上で、避難を余儀なくされている人もまだいる。
千葉市では、およそ3カ月分の雨がたった1日で降り、降水量は観測史上1位を大幅に更新した。千葉県内の22市町には大雨特別警報が発表された。
私はその日、都内の放送局で雨雲の動きを追い続けていた。
前日には台風15号が関東を通過し、日本海へ進んでいた。台風が残した暖かく湿った空気の影響で雷雨になりやすい状態ではあったものの、その時点でこれほどの豪雨になるとは考えにくかった。
昼ごろから関東各地で雨雲が発生し始め、夕方になると千葉県内で活発な雨雲がかかり始めた。当時の雨雲レーダーやスーパーコンピューターの予想では、この雨雲は東京都内へ移動するとみられていた。
ところが、いつまでたっても東京へやって来ない。雨雲が千葉県内に居座り続けたのである。
通常、天気予報は直前になるほど精度が高くなる。「3日先の天気」がガラリと変わることはあっても、「1時間後」「30分後」「10分後」の雨はかなりの精度で予想できる。
しかし、この日の千葉では、直前になっても雨雲の停滞を十分に捉えられない状態が続いた。なぜ、雨雲がこれほど同じ場所にとどまったのか。
一つの可能性として、関東内陸部で先に降った雨によって生まれた冷たい空気の塊が、千葉県付近の雨雲発達や動きに影響したことが考えられる。
しかし、大切なことは記録的豪雨の原因ではない。
これだけコンピューターによる気象予測が発達した現在でも、直前まで十分に予測できない豪雨が発生したという事実だ。
■ハザードマップに色がなくても「安全」とは限らない
豪雨から5日後、私は千葉県内の被災地を取材した。
これまで数々の災害現場を見てきた私が最も驚いたのは、「大雨災害が起きそうにない都市部」で甚大な被害が発生していたという光景である。
氾濫した川は、水面から道路まで5メートル以上の高さがあり、危ない川には到底見えなかった。千葉市中心部の広く平坦な道路脇に、浸水して動けなくなった車が何台も放置されていた。
「低い土地の浸水に注意」とよく言われるが、低地には見えない場所が水没していたのである。まさかこの整備された都市で溺れるほどの雨になるとは信じられなかった。
さらに、今回の豪雨ではハザードマップの浸水想定区域の外で、被害が起きてしまった。想定を上回る雨が降れば、リスクの高い地域の外で浸水することもあるという事実をつきつけた。
■防災意識の高い人が陥る罠
スマホで雨雲レーダーを確認する人は、防災意識が高い人だろう。雨がいつ強まり、いつ止むのかを調べる。
問題は、危険な状況が始まっているときだ。冒頭で紹介した男性もそうだった。目の前では道路の水位が上がっている。一方、スマホには「もうすぐ雨が弱まる」という予想が表示されている。
人間は危険な状況に置かれたとき、「自分だけは大丈夫だろう」と考えてしまう傾向がある。心理学でいう「正常性バイアス」である。
そこに「あと10分」という具体的な数字が加わると、目の前の異変より、スマホに表示された未来を信じたくなることがあるのだ。
テクノロジーは、私たちの判断を助けてくれる。ただ、それを「安心するための材料」として使うと、危険な場所にとどまる理由になってしまう。今回の豪雨を取材して、私はそこに怖さを感じた。
■スマホで見るべきは「キキクル」
では、猛烈な雨が降ったとき、私たちはスマホで何を見ればいいのか。
これは、スマホなどのブラウザで「キキクル」と検索するとみることができる情報で、土砂災害、浸水、洪水の危険度がどこで高まっているのかを、地図上に色分けして表示しているものだ。
キキクルはその土地で過去にどのくらいの雨が降ったときに災害が起きたのかというデータに加え、これまでに降った雨や、これから降ると予想される雨、地形や土地の特徴などを踏まえて「危険度」を色別に示してくれる。
赤は警戒レベル3相当で高齢者等避難の目安、紫は警戒レベル4相当で全員避難の目安、黒は警戒レベル5相当で、すでに災害が発生している可能性もある段階だ。
「雨を見る」雨雲レーダーと「災害の危険度を見る」キキクルの違いは大きい。
■被害が起きる前から「紫」になっていた
今回の千葉豪雨について、当日のキキクルを改めて確認してみた。当日の17時00分には柏市付近ですでに危険度を示す「紫」が現れていた。
私が確認できた重大な人的被害に関する最初の通報は、それより30分以上あとだった。
もちろん、この一例だけで「キキクルさえ見ていれば、すべての災害から逃れられる」と結論づけることはできない。
キキクルも予測情報を利用している以上、万能ではない。短時間で急激に状況が悪化すれば、危険度表示の変化を待っていては間に合わないこともある。
それでも、少なくとも柏市のケースでは、「雨がいつ止むか」という天気の予測とは別に災害の危険度そのものは早い段階から高まっていたという事実に注目するべきだと思う。
ところが、キキクルそのものがまだ十分に知られていない。気象庁が2025年度に実施した調査では、キキクルを「見聞きしたことがあり、どのような情報か知っている」と答えた人はわずか16.1%だった。
■雨雲レーダーで「大丈夫」という理由を探さない
誤解してほしくないのは、雨雲レーダーやハザードマップが役に立たないということではない。どちらも命を守るための重要な情報だ。
ただ、使い方を考えたほうがいい。大雨の最中に雨雲レーダーを何度も更新し、「もうすぐ雨雲が抜ける」という安心材料を探すのではなく、キキクルを開いて、いま自分のいる場所の危険度を確認する。
そして、目の前で、道路に水がたまり始めた。側溝から水があふれている。そんな異変が始まっているなら、「あと10分で雨が弱まる」という画面の表示で安心してはいけない。目の前で起きている現実を優先して命を守る行動をとってほしい。
■命を守る行動とは何か
最後に、もう一つ、被災地を歩いて感じたことがある。
取材で「テレビから『命を守る行動を取ってください』と聞こえてきたが、具体的に何をすればいいのかわからなかった」という声を聞いた。
確かに、都市部の水害では、避難所へ移動することだけが安全確保ではない。すでに道路が冠水しているなら、無理に外へ出るより、その場にとどまったり、建物のより高い場所へ移動したりするほうが安全な場合もある。
「命を守る行動を」どう伝えるのか。これは、情報を伝える私たち自身も改めて考えなければならない課題だと思う。
■千葉豪雨の教訓
気候変動が進み、過去にない大雨が、今後も各地で起こる可能性がある。そんなとき、雨雲レーダーで「大丈夫」という理由を探すのではなく、キキクルで危険度を見る。そして、目の前の危険や自分が感じた恐怖を軽く扱わず、空振りを恐れずに身を守る。
それが、今回の千葉豪雨の雨雲をリアルタイムで追い続け、実際に被災地を歩いて感じた教訓である。
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佐藤 圭一(さとう・けいいち)
気象キャスター、リポーター
長野県岡谷市出身。学生時代、アナウンサーを志すも100社以上から不採用通知を受け取る。それでも粘り強く挑戦を続け、ローカル局でキャリアをスタート。その後、文化放送の報道記者・リポーターとして国会や首相官邸、災害現場など幅広い取材を経験。現在は気象予報士としての資格を生かし全国ネットのテレビ局やラジオ局で気象キャスターとして活動している。
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(気象キャスター、リポーター 佐藤 圭一)

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