エジプトは首都カイロの過密解消を掲げ、東の砂漠に総事業費580億ドル(約9兆2200億円)の「新首都」を建設している。計画人口は600万人。
アフリカ最高層ビルなどが完成する一方、着工から11年を経ても、住民は3万人程度に過ぎないという。なぜ入居が進まない街に巨額の資金を投じ続けるのか。海外メディアが“異様な新首都”に注目している――。
■人はまばらなのに、アフリカ最高層ビルが建つ街
地平線まで、7車線の立派な道路がまっすぐ伸びている。だが、走る車はほとんどない。
カイロの東、約45キロ。エジプトのアブドゥルファッターハ・エルシーシ大統領は、この郊外の砂漠地帯のただ中に580億ドル(約9兆2200億円)超をつぎ込み、「新首都」と呼ばれる首都移転先を築いている。計画人口は600万人と、ほぼ千葉県全体の人口に匹敵する街を、ゼロから創出する構想だ。
カイロ側の玄関口には、高さ約385メートル・77階建てでアフリカ最高層となった超高層ビル、「アイコニック・タワー」がそびえる。完成すれば日本最高層となる、東京駅前で建設中のトーチタワーと同じ高さだ。英建築デザイン誌のデジーンによると、エジプトのタワーは一足先にすでに完成した。ほか、新首都は9万3000席のスタジアムを擁する。

アフリカン・ビジネスが伝える街の完成予想図は壮大だ。世界最大級のモスク「ミスル・イスラミック・センター」や中東最大の大聖堂がすでに建ち、友好国の大使館を集めた「外交地区」も計画されている。図面の上では、たしかに首都の名にふさわしい街だ。
その街が、人影のまばらなまま完成へ突き進んでいる。
■砂漠にあるのに日陰がない
通りで見かけるのは、時折足早に通り過ぎるスーツ姿の男性くらい。あとは公務員と清掃員、警備員ばかりだ。
スイス高級日刊紙のノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥングが取材した集合住宅の警備員は、「1棟に25戸ありますが、住んでいるのは3、4戸でしょう」と語るが、それでもここは新首都では賑わっている方だという。
真新しい街の光景は、確かに美しい。だが、「奇妙で人があまり訪れない場所」に惹かれて足を運んだという写真家のヨハン・ブラスベルク氏は、デジーンに、「この都市は人間のスケール感を念頭に置いて設計されていない」との印象を語る。
暑い時期には日中の気温がしばしば35度を超えるにもかかわらず、街には日陰がない。「徒歩で移動するのはほぼ不可能で、日陰もない。これは正気の沙汰とは思えない」とブラスベルク氏は言う。

米中東民主化NGOのDAWNによると、建築界のノーベル賞とされるプリツカー賞を受賞した建築家アレハンドロ・アラベナ氏は、都市の象徴であるアイコニック・タワーのガラスの塔さえ、最大の「温室効果の発生装置」だと批判した。
イギリスの建築家ノーマン・フォスター氏は、新首都の目玉である高速道路網を時代遅れの「恐竜」と切り捨てる。世界の他の都市では高速道路や巨大な高架橋がむしろ取り壊され、緑の公園や歩行者用の大通りに生まれ変わっていると同氏は指摘した。
芳しくない評判は、街全体に及ぶ。カーネギー国際平和基金で中東プログラムの非常勤研究員を務めたミシェル・ダン氏は2018年、この都市の「こだまするような空虚さ」こそ、エジプト市民の大半がエルシーシ大統領の構想の中に居場所を与えられていないことの象徴だと論じた。
この都市は、いったい誰のためにあるのか。
■「600万人都市」に移り住んだのは3万人だけ
新首都の計画が動き出したのは、2015年。当時は「新行政首都」と呼ばれたが、のちに「新首都」に名称変更となり、実質的に格上げされた。
総面積は東京23区の約1.1倍。建築メディアのアンシンカブル・ビルドは総事業費580億ドルを、エジプトの医療予算と教育予算を合わせた額のさらに2倍以上に相当すると説明する。
だが着工から10年にあたる2025年、英非営利報道機関のミドル・イースト・モニターは、入居しているのは約1200世帯にすぎないと伝えた。アンシンカブル・ビルドは約5000世帯としている。

サウジ系汎アラブ紙のアシャルク・アウサトによると、事業主体である新行政首都都市開発会社(ACUD)のハーリド・アッバース会長は2026年6月、住民は3万人を超え、年末には5万~6万人に達する見込みだと語った。公共料金のメーターの設置申請数を基にした事業主体自身の発表であり、独立した調査で裏付けられた数字ではないが、いずれにせよ、完成した約10万戸に対して入居数はごく一部にとどまる。
約48億ドル(約7630億円)規模の第2フェーズも、2025年前半だった着工予定が守られていない。ただ、資金がどこにどう使われたのかは、外からは追えない。この街の建設を仕切っているのが軍だからだ。米国際問題シンクタンクのカーネギー国際平和基金によると、軍系機関は2013~18年に公共資金による建設の25%を、2019~20年には28~38%を管理下に置いた。それ以降の包括的な統計は公表されておらず、その財務データは国家安全保障を理由に公開されない。
住宅・都市政策研究者のヤヒヤ・シャウカト氏は、人が集まらない理由に、公共サービスの不足、交通の不便さ、生活費の高さ、そして職場や教育機関からの遠さを挙げる。
■終業後はバスに乗って45キロ先のカイロへ
日が暮れると、街から人影が消える。
CNNやミドル・イースト・モニターによると、新首都には毎日約4万8000人の公務員が通勤する。ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥングは、昼になると省庁ビルの前の駐車場を青と白のバスが数百台埋め尽くすと伝えている。
そして就業時間が終わると、バスは公務員を乗せ、西へ45キロ離れたカイロへとまた戻っていく。
官庁が相次いで新首都に移っても、暮らしの拠点はカイロに残ったままだ。
通勤者の新たな足として、今年5月6日、カイロ中心部に近いナスルシティと新首都を結ぶ全長56.6キロの東ナイル・モノレールが一部の駅で先行開業した。
評判は悪くない。カタール国営衛星テレビ局のアルジャジーラの取材に対し、教師の女性(28)は高架から見える景色を「空を飛んでいる感覚に近い」と評した。だが、その女性に不満な点を尋ねると、返ってきたのは「値段」の一言だった。
定期券は5割引きと、割引率こそ大きい。ところが、その定期を使ってなお、全区間の通勤では月に約1760エジプト・ポンド(約5460円)がかかる。最低賃金は月8000ポンド(約2万5000円)であり、その22%が運賃に消える計算だ。
「モノレールはこれまでとは異なる社会階級のために作られたものだ」。経営・投資学が専門のモハメド・エル=シャワドフィ教授は、アルジャジーラの取材に、そう言い切る。
■なぜかシンガポールの建築物が完成予想図に
2015年、紅海沿いのリゾート地シャルム・エル・シェイク。エジプト新首都の構想を最初に知らされたのは、国民ではなかった。

舞台は投資会議だった。エジプト国民や国内の記者にではなく、外国首脳30人と投資家数百人に向けて完成予想図が先に披露された、と英中東専門デジタルメディアのミドル・イースト・アイは伝えている。
会場で配られた小冊子には、110万戸の住宅、663カ所の病院・診療所など、本当に実現したならば市民が歓喜するであろう数字が並んでいた。
ただ、完成予想映像には妙なものが紛れ込んでいた。シンガポールの複合リゾート「マリーナベイ・サンズ」と植物園「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」の光景だ。
他国に実在する街並みの映像を、計画の予想図のように取り込んだ。滑稽なことにその場には、当のシンガポール代表団がいたというから、会場の気まずさは察するに余りある。
借り物は映像にとどまらない。構想自体が、2011年の民主化運動で退陣したホスニ・ムバラク前大統領の息子、ガマル氏の案だった。当時は実現可能性調査の結果、費用がかかりすぎて非現実的だと結論づけられ、一度は白紙に戻された。
実現性を疑う声に、エルシーシ氏は取り合わなかった。「10年は長すぎる、5年にしろ」と叫んだと、ミドル・イースト・アイは伝えている。

さらに2018年には「調査を決定要因にしていたら、達成できたのは20~25%だった」と語ったと、ミドル・イースト・モニターは伝えている。採算性の検証は、判断材料ではなく、事業を遅らせる足かせとしてぞんざいに扱われた。
■これまでに22の新都市が失敗した
人けのない新首都。その閑散とした光景は、計画の発表当初から専門家が予想していたものだった。
カイロを拠点とする都市計画家デービッド・シムズ氏は2015年、英ガーディアン紙に対し、新首都の計画は「ただの狂った数字の寄せ集めだ」と一蹴した。インフラ整備や水の確保、省庁の移転をどう進めるのか、具体像は見えなかった。
カイロの都市史に詳しいカリフォルニア大学バークレー校のネザール・アルサイヤド教授も2015年、この計画を他国の新首都計画と比べ、「茶番であり、成功の前提条件を何一つ満たしていない」と評した。ミドル・イースト・アイが伝えている。
エジプトでは過去にも省庁移転が頓挫した例がある。1975年に計画され1982年に砂漠に街開きしたサダト市にも、省庁を受け入れる区画があった。各省の予定地を示す看板まで立ったと同教授は説明する。ところが30年経っても、建物は空のままか、まったく別の用途に転用されている。
同じ指針の下で建設された新都市は、2015年の時点ですでにエジプト国内に22あった。全部合わせても人口は100万人を少し超える程度で、空き家は数え切れないほどだ。
インフラや雇用が乏しく、一貫しない都市政策も重なって移住が進まなかった。貧しい住民に十分な仕事も、働き口に通える安価な交通手段も用意できなかった。その姿は、今回の新首都と重なる。
■水源は増えないのに、水を配る先は増える
別の問題もある。厳しい砂漠の中で、新首都はいかにして人々の命をつなぎ止めるのか。
砂漠のただ中に、ナイル川を模した川が造られる計画だ。新首都の目玉となる人工河川「グリーンリバー」だ。CNNによれば、すでに造園工事が始まり、面積はニューヨークのセントラルパークの2倍に達する。
衛星都市を所管する政府機関、新都市共同体庁が掲げる売り文句は、緑地だけではない。建物の屋上の50%に太陽光パネルを設置し、アフリカ最大の地域冷房施設も導入するという。
だが、環境団体エコリスの創業者兼CEOのアスマー・アリー氏は、こうした施策の「効果はごく限られ、見せかけにすぎないかもしれない」とアフリカン・ビジネスに語る。
とりわけ欠けているのが、水をどう確保するのかという視点だ。第1期の敷地の60%は緑地や緑化関連の用途に充てられる計画だが、国全体に広がる水不足のなかで、これだけの緑を維持するため、いかにして水を確保するのか。その説明はない。
水源を示さないまま進む計画は、新首都だけではない。ナイル川の流量は年々減っているが、政府は2025年、肥沃なデルタ地帯から水を引き込む新都市「ジリアン」の計画を発表した。米国際政治誌のフォーリン・ポリシーによれば、引き込む量はナイル川からエジプトに配分された年間取水枠の約7%にのぼる。
使える水は増えないまま、配水先だけが増えていく。新首都計画の発表から11年が経つが、水はどこから引くのか、その答えは示されていない。
■空き家だらけでも軍が儲かる仕組み
数々の問題を抱えながら、新首都の建設が止まらないのはなぜか。空室が問題になるのは、誰かがそれで損をするときだけだ。新首都には、その「誰か」がいない。
住宅は足りていないのではなく、明らかに余っている。カーネギー国際平和基金によると、エジプトで公的部門と正規の民間部門が供給する新築住宅の88%は、国内各地の新都市に建つ。2024年半ば時点で、省庁の移転以外も含む新都市の数は49に達したが、そこに暮らす人は計170万人にすぎない。
それでも建設は止まらない。事業主体が、入居者からの収入を当てにしていないからだ。新行政首都都市開発会社(ACUD)の株式は、CNNによると軍が51%、住宅省が49%を保有している。
カーネギー国際平和基金は、軍が事業予算から5~35%を管理手数料として差し引いていると、政府・企業関係者の証言をもとに伝えている。新都市の家々が実際に住民で埋まるか否かにかかわらず、次々に建設を続けること自体が、軍の収入源になる。
そのため、もはや歯止めをかけられるのは軍外部の組織だけだ。CNNによると、国際通貨基金(IMF)は2024年3月、融資枠を30億ドル(約4770億円)から80億ドル(約1兆2700億円)へ拡大する条件として、インフレ抑制と債務の持続可能性のための経済改革を求め、そのなかに「インフラ支出を減速させる新たな枠組み」を挙げた。
だが、ACUDは開発が影響を受けることはないと主張する。こうして、唯一の歯止め役となりうる外圧も、いまのところ機能していない。
■大半の国民は新首都の住宅に手が届かない
エジプト政府は、増え続ける人口を収容し、カイロの過密と大気汚染を緩和する必要があると主張する。CNNによると大カイロ圏の人口は、2200万人に達する。
新首都の建設を進める側は、この数字を根拠に挙げる。ACUDのハーリド・アッバース会長は、新首都が社会のあらゆる層の需要に応えると主張した。
だが、その「あらゆる層」に住宅は行き渡っていない。イギリスの都市理論家でオックスフォード大学研究員のニコラス・シムシック・アリーズ氏はノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥングで、カイロには空室率が50%に達する地域があると指摘した。エジプト国民の約8割は、ニューカイロや新首都の集合住宅に手が届かない。
アリーズ氏はCNNの取材で、問いの立て方が違うと論じる。「カイロの過密は、制御不能な人口増加だけの問題ではなく、人々が(地方の)出身地でまともな生計を立てられるかどうかの問題でもある」。
地方に働き口がない限り、都市部への流入は止まらない。投資のごく一部を既存の都市に振り向けるだけで「過密はあっという間に消える」と同氏は言う。
「もしも10年前、建設と不動産ではなく、教育や保健、研究、産業、技術に投資していたら」。エジプト経済社会権利センターの弁護士マレク・アドリー氏は、アフリカン・ビジネスの取材にそう問いかけた。過密は深刻だが、新首都を建設したところで、問題の解消にはつながらない。
■懸念される新首都のゴーストタウン化
今年7月、職業軍人出身のエルシーシ氏が10年以上ぶりに軍服姿で公の場に立った。場所は新首都、国家戦略司令部「オクタゴン」の開所式だった。
UAE英字紙のナショナルが伝えた演説で、エルシーシ氏はオクタゴンが新首都に置かれたのは「偶然ではない」と語った。2013年、イスラム主義勢力がカイロの最高憲法裁判所などを包囲した。「二度とそうしたことが起きないよう、国家は首都を離れねばならなかった」という。
抗議の声の届かない場所に、政府や軍の機能を置くための都市ではないか――。批判者たちのこうした指摘を、当の大統領が設計の狙いとして認めた形だ。
政府がデモを逃れ、軍が建設の管理手数料や賃料で利益を上げる新首都で、人々の暮らしは置き去りになっている。現在は新首都建設の第1フェーズがほぼ終わった段階だが、残る3フェーズはほぼ手付かずだ。
今後も住民優先の視点は期待しにくい。DAWNが取り上げる米シンクタンク中東民主主義プロジェクトの報告書は、新首都は「砂漠に増えていくコンクリートの骸として、埃をかぶったまま放置される」おそれがあると述べ、ゴーストタウン化の危険性を警告する。
失敗した過去の22の新都市のように、人けのない地帯に成り果てるのか。すべては、車と軍を中心に据えた発想から、人間中心の設計へ転じられるかに懸かっている。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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