反応が鈍い部下を動かすにはどうしたらいいのか。行動経済学に詳しい橋本之克氏は「一見やる気のなさそうに見える控えめな部下でも、上司のアプローチ次第でみるみる行動が変わっていく。
コツは具体的な役割を与えること、そして“とある声”を届け、やる気スイッチを押すことだ」という――。
※本稿は、橋本之克『チームは「仕組み化」でうまくいく 組織力を高める行動心理学』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
■伸び悩む部下の対応に悪戦苦闘
事例:声かけしても反応が鈍いメンバーのやる気スイッチ、どう見つける?
営業部の若手社員・山田は、新規案件の受注が頭打ちになり、数字も伸び悩んでいた。上司の坂川は「もっと、こうしてみては?」と改善のアドバイスをするが、もともと感情表現が控えめな山田は淡々と受け止めるだけで、手応えがつかめない。
プレッシャーをかけすぎてもよくないだろうと考えた坂川は、「できる範囲でいいから頑張って」と声をかけるが、状況は変わらないまま。
やがて、坂川は「本人のやる気がないのだろう」と受け止めるようになり、山田への期待値を下げる。その空気が部署内にも伝わり、声をかける頻度や仕事の任せ方にも影響が出始める。こうして、本人の姿勢と周囲の関わり方が互いに影響し合い、チーム内のコミュニケーションにも少しずつ偏(かたよ)りが生じていった——。
この場合、部下の「やる気スイッチ」を見つけ出せなかった上司が悪いのでしょうか? それとも、部下が元来、やる気のない人間だったことがそもそもの発端でしょうか?
いずれのパターンも考えられますが、この場面で鍵になるのは、「期待」が本人の行動や成果に影響を与えるという行動経済学の知見です。
その代表的なものが、「ピグマリオン効果」と「ゴーレム効果」です。
■人は「期待されている」と気づくと変わる
ピグマリオン効果とは、「自分は期待されている」と感じたとき、その期待に応えようと自発的に行動が変わり、実際の成果も高まっていく現象です。
重要なのは、期待が単なる言葉ではなく、日々の関わり方や声のトーン、任せ方といった「相手への行動」を通じて伝わる点です。

たとえば、上司が部下に「期待しているから頑張って」とだけ声かけするよりも、「部下はヒアリングが丁寧だから、今回の案件はそこを活かしてほしい」と具体的に強みを前提にしていることを伝えた上で仕事を任せると、部下も「自分はその役割を期待されている」と認識し、仕事への姿勢が前向きになるなど行動が変わりやすくなります。
一方で、今回のケースで起きているのは、むしろゴーレム効果です。
私たちは相手への期待値を下げてしまうと、それが無意識に冷淡な態度や機会の減少として表れます。それを感じ取った側は自信を失い、実際に成果が出せなくなってしまう。これがゴーレム効果です。
■「期待できない」という思いから始まる悪循環
反応が薄い、成果が出ていないなどの表面的な情報から、上司や同僚が無意識に期待値を下げてしまう。結果、「やる気がないのかもしれない」という解釈が共有されると、声かけは減り、助言も最低限になり、挑戦的な仕事も任されなくなります。
さらに、期待の低さは態度や距離感から本人に伝わり、部下は「自分はもう期待されていない」と感じ、ますます意欲を失っていく……。
期待が低いから成果が出ず、成果が出ないからさらに期待が下がる。典型的な負のスパイラルはこのように生まれるのです。
このケースにおいて重要なことは、「やる気スイッチ」は本人の内面のみにあるものではないと気付くことです。行動経済学の世界では、人間は周囲からどう期待されているかに反応して行動を調整する存在だと考えられています。
つまり、本人の内部だけでなく、周囲の期待のかけ方も「やる気スイッチ」になりうるのです。
■期待された結果が「数値」に表れた研究例
期待が行動を変えていくことを証明した有名な研究があります。1964年、教育心理学者のロバート・ローゼンタールらが行なった実験です(注1)。
ローゼンタールらはある小学校で、「これは将来、成績が伸びる子どもを見つける特別なテスト」と偽りの情報を教師に伝えて、通常の知能テストを実施します。その後、教師に「今後、成績が伸びる子」の名前を伝えたのです。その子たちはいずれも、名簿からランダムに選ばれただけでした。
ところが数カ月後、「伸びる子」として選ばれた児童らのIQが、実際に大きく向上したのです。とりわけ、担任教師との関係性がまだ固定化されていなかった小学1~2年生は顕著な効果が見られました。
先ほどの「期待する側」「期待される側」の行動変化に沿って言うならば、教師側(期待する側)が「この子は伸びる」と信じて接することで、無意識のうちに丁寧な説明や前向きな声かけが増え、学習を後押しする関わり方をしました。そして、児童側(期待される側)もその期待を感じ取って学習姿勢が前向きになり、「自分はできるはずだ」と思い込めた結果、成績が伸びたのだと考えられます。
このように、双方向の作用によって、期待が現実の成果を生むことがピグマリオン効果です。
注1:Rosenthal, R., & Jacobson, L. (1968). Pygmalion in the Classroom: Teacher Expectation and Pupils’ Intellectual Development. New York: Holt, Rinehart & Winston.、Rosenthal, R., & Jacobson, L. (1966). Teachers’ expectancies: Determinants of pupils’ IQ gains. Psychological Reports, 19, 115–118.
■チーム全員に与えたい「役割」
「人は期待された通りになる」という性質を組織に活かすには、個人のやる気を内面の問題として切り分けるのではなく、チーム全体の関わり方として設計し直す必要があります。
やる気が低いように見えるメンバーがいる場合でも、実際には周囲の期待の低下や関与の希薄さが影響しているケースは少なくありません。
特定の成果者にだけ期待が集中すると、それ以外のメンバーは「自分は対象外」と認識し、行動量や自己評価が下がっていきます。
これを防ぐには、全員に役割期待を明示し、評価や承認が特定の個人に依存せず循環する状態を作ることが重要です。具体的には、上司から部下への一方向の評価だけでなく、メンバー同士でも成果や工夫を言語化して共有する仕組みを設ける。日常的な接触や小さな進捗承認を通じて、「見られている」「期待されている」という感覚を継続的に伝える設計に切り替えていきましょう。
■「第三者の声」を届けると人は変わる
あわせて意識したいのが、ポジティブ情報をチームに行き渡らせる仕組みです。顧客からの感謝の声、他部署からの好評価、成功事例といったポジティブ情報は、放っておくと当事者の中だけに留まり、チーム全体の評価感覚にまで広がりません。
定例ミーティングで「先週うれしかったお客様の声」を共有する、社内チャットに専用チャンネルを作るなど、評価が自然に流通する経路を作っておく。これだけで、ピグマリオン効果はチーム全体に広がっていきます。
そしてもうひとつ、見落とされがちなのが「第三者の視点を取り入れる工夫」です。上司一人からの評価では、どうしても主観や好みが入り込みやすくなります。
「他部署の○○さんが、あなたのプレゼンを高く評価していたよ」と他者の言葉を借りて伝える、複数の関係者から短いコメントを集めて共有するなど、本人以外の視点を介在させると、評価の客観性が増し、本人の納得感も高まります。
期待は、伝え手の数だけ強さを増していくのです。
■期待を「仕組み化」してやる気を生み出す
【POINT1】全員に「期待されている役割」を明示する
個々の強みや役割を言語化し、「何を期待しているか」を具体的に伝える。特定メンバーへの偏りを防ぎ、全員が「自分は対象内だ」と感じられる状態を作ることが、チーム全体のピグマリオン効果を引き出す土台になる。
【POINT2】評価・承認をチーム内で循環させる
上司だけでなく、メンバー同士でも成果や工夫を言語化して共有する場を設ける。承認が一方向ではなく循環する構造になることで、「見られている」「期待されている」感覚がチームのあらゆる方向に広がっていく。
【POINT3】メンバーとの接触回数を増やす
こまめな声かけは「あなたのことを見ている(期待している)」というメッセージの継続になる。1on1や日常的な声かけの頻度を上げ、小さな前進を継続的に承認する。1回あたりの長さよりも、頻度のほうが期待のシグナルとしては効く。
■「やる気スイッチ」は本人以外でも押せる
期待を上げる=甘やかすことではありません。成果を出してほしいからこそ、「できていない点」よりも「できている前提」「任せたい理由」を明確に伝える。そうした小さな期待の積み重ねが、チーム内の空気を変え、コミュニケーションの質を変え、結果として本人の行動を変えていくのです。
メンバーのやる気スイッチは、必ずしも本人の心の中だけにあるわけではありません。
周囲が「期待」というスイッチを正しく押し、ポジティブな評価が循環する環境を整えれば、個人のモチベーションは自然と引き出されます。
やる気がない(またはないように見える)メンバーのやる気スイッチを押すのは、当人だけとは限りません。周囲からの働きかけで当人のモチベーションが上がれば、それがやる気スイッチを押す力になるはずです。思い込みが現実を作るからこそ、まずはリーダーやチームメンバーが、相手の可能性を信じることから始めていきましょう。
職場の人間関係を円滑にする第一歩は、相手を変えようとする前に、「自分たちはどんな期待を、どんな形で伝えているのか」を見直すことかもしれません。

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橋本 之克(はしもと・ゆきかつ)

マーケティング&ブランディングディレクター

昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。東京工業大学工学部社会工学科卒業後、大手広告代理店を経て1995年、日本総合研究所入社。1998年、アサツーディ・ケイ入社後、戦略プランナーとして金融・不動産・環境エネルギー業界等多様な業界で顧客獲得業務を実施。2019年、独立。現在は行動経済学を活用したマーケティングやブランディング戦略のコンサルタント、企業研修や講演の講師、著述家として活動中。著書に『9割の人間は行動経済学のカモである 非合理な心をつかみ、合理的に顧客を動かす』『9割の損は行動経済学でサケられる 非合理な行動を避け、幸福な人間に変わる』(ともに経済界)、『世界最前線の研究でわかる! スゴい! 行動経済学』(総合法令出版)、『モノは感情に売れ!』(PHP研究所)などがある。

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(マーケティング&ブランディングディレクター 橋本 之克)
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