厳しい残暑が続いている。この時期、怖いのが脱水だ。
長年、熱中症研究を続けてきた東洋大学教授の加藤和則さんは「汗をかいた覚えがなくても体内の水分は静かに減っていく。自覚のないまま脱水の一歩手前まで進んでしまう人には、食生活の共通点がある」という――。
※本稿は、加藤和則『血管細胞を強くすれば熱中症は予防できる 熱中症やヒートショックに強い身体に変える3つの成分』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■汗をかかなくても、水は失われている
熱中症対策として最もよく知られているのが水分補給です。ただ、「実際にどれだけ失われているのか」を正しく見積もっている人は、それほど多くありません。
運動をせず、汗をほとんどかいていない日でも、人間の身体からは1日にペットボトル4本分(2リットル)の水分が失われています。その多くは、尿や汗から失われますが、意外な経路の一つが「吐く息」です。
眼鏡のレンズに息を吹きかけると、白く曇ります。あれは呼気にかなりの量の水分が含まれている証拠です。私たちは一日中、気づかないうちに息とともに水を捨て続けているのです。
しかも、この損失量は呼吸の仕方によって変わります。緊張していたり、リラックスできていなかったりすると、呼吸数が増え、呼吸そのものも浅くなります。
すると、呼気から出ていく水分は増えていきます。逆に、できるだけゆっくりと深い呼吸をするほうが、水分の損失は少なくなるのです。
■鼻は「水分の回収装置」である
ここで重要になるのが、「鼻呼吸」と「口呼吸」の違いです。
鼻の内部、鼻腔は非常に複雑な形をしています。この構造には、通過する空気を適度に加湿し、加温する機能があります。乾いた冷たい空気がそのまま肺に届かないよう、鼻が下ごしらえをしてくれているわけです。
注目すべきは、その先です。加湿された空気が肺に入り、呼気として戻ってくるとき、鼻腔の壁面が水蒸気の一部を吸収し、回収してくれます。つまり、鼻で呼吸している限り、吐いた分の水分がある程度「戻ってくる」しくみが働いているのです。
ところが口呼吸では、この回収機能が使えません。吸う空気の加湿も鼻ほど精巧ではなく、呼気に含まれた水分はほぼそのまま外へ出ていってしまいます。
スポーツ選手が口を大きく開けて激しく呼吸しているとき、水分の消費量が急激に増えるのはこのためです。

■犬が夏に舌を出す理由
この違いをわかりやすく示してくれるのが、犬です。
犬は全身を濃い体毛に覆われているうえ、人間と違って汗腺が少なく、汗をかきにくい動物です。そのため、口の中の唾液を気化させることで体温調節を行っています。これをパンティングといい、夏の暑い日に、口を開けて舌を出し、荒い息づかいをしているのはそのためです。
ただし、この方法には代償があります。呼気から水分が抜けやすくなるので、体温を下げようとするほど脱水も進んでしまうのです。口で呼吸して身体を冷やすという行為が、そのまま水分の持ち出しになる。これは、人間の口呼吸にもそのまま当てはまる話です。
■腹式呼吸は水を節約する
さらに、呼吸筋――とくに横隔膜の使い方も、水分の損失と無縁ではありません。
横隔膜を主役とした「腹式呼吸」では、肺全体が効率よく膨らみ、1回の換気量が大きくなります。1回で多くの空気を出し入れできれば、同じ量の酸素を取り込むために必要な呼吸の回数は減ります。呼吸の回数が減れば、そのぶん呼気から逃げる水分も減り、唾液からの気化も抑えられます。

深く、ゆっくり、鼻で呼吸する。日々の呼吸を整えることは、特別な道具も費用もかからない、最もシンプルな熱中症予防の一つなのです。
■「隠れ脱水」という一歩手前の状態
こうして少しずつ水分が失われていった先にあるのが、「隠れ脱水」と呼ばれる状態です。
隠れ脱水とは、自分では感じていないけれど、一線を少し越えたら脱水になってしまうという、脱水の一歩手前の状態を指します。のどの渇きも自覚しておらず、体調に大きな異変も感じていない。それなのに、実は身体の水分バランスはすでに危険域に近づいている――そういった状態が「隠れ脱水」です。
自覚がないというのが、この状態のいちばん厄介なところです。「のどが渇いていないから大丈夫」という判断が、そのまま通用しません。
■そうめんばかりの夏が危ない
興味深いことに、隠れ脱水になりがちな人の食生活には、ある共通した特徴が見られました。夏場はそうめんばかり食べている、ということです。
そうめんは、つるっとしたのど越しもよく、冷たくておいしく食べられる、夏場には最適の食材です。しかし、栄養の構成を見てみると、そうめん自体は小麦の炭水化物とタンパク質が中心であり、つゆは塩分が主成分です。
それ以外の栄養素があまり含まれていません。
そのため、こうした食事が続くと血液の浸透圧のバランスが偏り、血液が濃くドロドロになる状態を招きやすくなってしまいます。暑さで水分が失われているところに、栄養の偏りが重なるわけです。
■めんつゆに、シークワーサーを一絞り
では、そうめんをやめるべきかというと、そういう話ではありません。日常的に食べているものに少し工夫を加えるほうが、はるかに現実的です。
例えば、夏場のそうめんのつゆに、シークワーサーをぎゅっと絞ってみてください。それだけでビタミンも取れますし、私たちが熱中症研究の中で見つけた有効成分の一つであるタンゲレチンも、ある程度は摂取できます。オーラプテンも、ユズの皮やカボスの皮をすりおろして加えることで、わずかですが取ることができます。柑橘の香りを楽しむことができて、そうめんそのものがよりおいしくなるという利点もあります。
めんつゆに中鎖脂肪酸のオイル(MCTオイル)を1滴か2滴落とす、という方法もあります。
もちろん、それだけでは成分の必要量には全然届きません。それでも、日常的に毎日食べるようなものに少し工夫を加えることで、少しずつ身体の中に有効成分を取り込んでいくのは、よい方法だと思います。

■飲み方にも順番がある
最後に、水分の取り方そのものについても触れておきます。
まず、水分が胃や腸から吸収され、血液に届くまでにはおよそ1時間かかります。350ミリリットルのペットボトルを一気に飲み干しても、そのすべてが吸収されるまでには1時間かかるということです。「のどが渇いたからペットボトルを1本一気に飲めば十分」と思っていると、実際の補給が大幅に遅れてしまいます。
一度に大量に飲むより、こまめに少量ずつ飲み続けることが重要です。のどが渇く前に、定期的に水分を口にする習慣をつけること。これが、脱水の予防には何より効果的です。
温度にも工夫の余地があります。冷やしすぎた水よりも、やや常温に近い水のほうが吸収はよくなります。薬を白湯で飲むことが推奨されているのと同じ理由で、冷えすぎると腸の細胞の活動が抑えられ、吸収が遅くなってしまうためです。
「暑ければお茶をがぶがぶ飲めばよい」という考え方も、あまりおすすめできません。お茶には塩分が含まれていないため、大量に飲むと水を大量に飲んだ場合と同様に一時的に血液が薄まってしまい、結果的に脱水を悪化させてしまうことがあります。

呼吸を整え、食事に一工夫を加え、飲み方の順番を守る。派手さはありませんが、この積み重ねこそが「隠れ脱水」から身を守る、いちばん確かな方法なのです。

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加藤 和則(かとう・かずのり)

東洋大学健康スポーツ科学部 教授

1963年、岩手県奥州市生まれ。東北大学大学院薬学研究科卒、薬学博士。薬剤師、公認スポーツファーマシスト。東洋大学健康スポーツ科学部教授、同大学院研究科長。順天堂大学医学部、UCサンディエゴ医学部、国立がん研究センター、札幌医科大学でがんと免疫に関する基礎と臨床研究に従事し、2011年から東洋大学に着任。東洋大学では、食品中の機能性成分に着目し、熱中症やアスリートコンディショニングに関わる研究を産官学連携で実施。順天堂大学大学院医学研究科客員教授を兼任。

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(東洋大学健康スポーツ科学部 教授 加藤 和則)
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