引退後は、自ら仕事を生み出し、日本初の独立リーグ「四国アイランドリーグ」を創設。現在は沖縄で、次世代の才能を育てるスポーツアカデミーの設立に奔走している。
70歳を目前にしたいまも新たな挑戦を続ける一方で、その道のりには経営者としての現実や家族への責任もある。なぜ石毛は、そうまでして新たな仕事を生み出し、人のために動き続けるのか。その原動力と、これからの人生を見据えた胸中に迫った。
経験してきたことしか話せない
石毛の原動力の裏には、野球界への恩返しと、次世代の才能を育てたいという思い、そして経営者としての現実との葛藤があった。「自分は、経験してきたことしか話せないんです。作文ができるタイプではないので」
石毛は、自身の講演会などでリーダー論や組織論、教育論について語る機会が多い。しかし、本人に「リーダー論を語りたい」「組織論を教えたい」という意識があるわけではない。
「経験してきたことは伝える。それに対して、中間管理職の立場なのか、経営者の立場なのか、それによって受け止め方が違ってくると思うのですが、ある人はリーダー論として受け止めるかもしれませんし、ある人は組織論として受け止めるのかもしれません。あと、人を育成するためには、思いや熱、素直さが必要だと思います」
「1分間スピーチ」が土台になっていた
プロ野球界を中心に数多くの人と接し、組織を率いてきた石毛が、人を成長させるために大切だと考えるものだ。中学、高校、大学の野球部でキャプテンを務め、プロ入り後は黄金期の西武ライオンズでチームリーダーを担った。「元々リーダーとしての素地があったのか、それとも長い年月の中で培われたものなのかはわかりません。
あと、スポーツアカデミー設立に関する事業を進める中で、さまざまな企業に行く機会がありますが、その度に事業を説明するためのプレゼンテーションをしていくわけです。そういったものでも鍛えられているのかもしれません」
四国アイランドリーグを立ち上げた背景
石毛には、ほかのプロ野球OBとは一味違う部分がある。「おそらく一般的な野球人は、野球が好きで、プロ野球選手になりたくてなり、引退したら指導者や評論家として、球団やメディアから声がかかるのを待っていたりすると思いますが、私は待つ人間ではありません。仕事がなければ、自分で仕事を作るというスタンスです」
石毛が作ってきた代表的なものが四国アイランドリーグだ。その創設にあたっては、アメリカへの野球コーチ留学や同国のインデペンデント・リーグ(独立リーグ)を視察したことがきっかけになったという。
「メジャーリーグやマイナーリーグに所属せず、独自に運営されているインデペンデント・リーグに、夢を捨てずに野球に打ち込む多くの若者がいたんです。日本の社会にも失業者が増えていましたし、タイミングとしては今かなという思いがありました。
あと、野球界にはお世話になりましたからね。それこそ感謝の念を持って、野球界の若者たちの受け皿を作りたいなと思ったんです」
現在は沖縄で挑戦を続けている
そして今、石毛が目を向けているのが沖縄だ。現在、石毛が代表を務めるアジアスポーツアカデミー株式会社のメンバーは、監査役を含めて5人ほど。そこで、スポーツアカデミーの設立に向けて動いている。目指しているのは、単なる野球選手の育成施設ではない。「野球界だけではなく、今後ますます日本が少子化を迎えていく中で、日本のスポーツ競技人口も減っていくじゃないですか。そういう状況で『やっぱり野球だ』『やるならサッカーだ』『これからはバスケットボールだ』などと子供を奪い合っている時代じゃないよなって。子どもたちが、自分に本当に向いている競技を選べる環境を作りたいんです。
ひょっとしたら、親から『ゴルフをやれ』『テニスをやれ』と言われてやっていた子供に、本来は違った才能があるのかもしれません。それをちゃんと見極めて、虎の穴(厳しい訓練を課す場)で教え込み、才能を開花させて世界に羽ばたいてほしいという思いがあるんです。スポーツだけではなく、勉強も大切です。スポーツの才能を伸ばすだけではなく、文武両道で一人の人間として成長するための環境を作れればと考えています。
しかし、なぜ石毛は、これほどまでに他人のために動こうとするのか。その原点は、現役引退直後にまでさかのぼる。
「スポーツバイオメカニクスの第一人者と言われる、筑波大学の阿江通良(あえ みちよし)さんに会いに行ったんです。究極のバッティングフォームを作ってほしいと相談したら、『無理だ』『作るのであれば、データが欲しい』と言われたんです。いろいろな有力バッターのデータを集めて持って行きましたが、それでも難しかった。
作りたかったのは、自分のための究極のフォームではなく、子どもたちがバッティングで迷わないための教科書になるようなフォームでした。センター返し、ピッチャー返しって言うけど、それをするためのフォームはこれだっていうものを示してほしいと。その教科書があれば、それほど迷うことはなくなるでしょうし、子供たちのためだけではなく、親のためにもなると思っていました」
想定より収入が少ない事態に、妻は…
常に、自分の先にいる誰かのために何かを残そうとしてきた。そんな石毛を見て、妻からはこんなことを言われるという。「うちの女房には、『あんたって本当にじっとしてないよね。なんでそうやって人のために汗をかけるの?』って言われるのですが、『わからんのよなー』って」
人のために動き続けることは、当然ながら、家族や自分自身の生活にも影響する。
「最近、顧問税理士と話していたのですが、想定していたよりも収入が少なくて……。女房からは『家族は顧みないし、うちのお金を使うし』『沖縄もいいけど、家庭もあるんだからね』などと、いろいろ言われています。そうだよな……と思いましたし、そのためにも経営をしっかりしていかなければいけません」
これまで『やりたいこと』『人のためにできること』を優先して走ってきた石毛だが、70歳という年齢を迎え、これから先の人生についても考えるようになった。スポーツアカデミー設立のために沖縄へ通っていますが、もしダメであれば断念します。家族が生活できなくなったら、元も子もないですから。あと10年、20年、生きていくためのお金を作っていかなければいけませんし」
歳を重ねていけば、これまでのように仕事が舞い込んでくるとは限らない。
「もう70歳になって、そうそう仕事は来なくなるでしょうし、どうやって生活費を稼いでいくかが課題です」
泥くさい営業にも全く抵抗がない
だからこそ、今は挑戦だけではなく、経営という現実にも向き合っている。「今日こんな格好(スーツ)をしているのは、出資していただいている企業に顔を出して来たんです。いろいろな企業へ出向いて挨拶をしたり、頭を下げたり。常に動いています」
野球界の頂点まで登り詰め、日本一を何度も経験した男は、引退してからも誰かが用意した道を歩くことを選ばなかった。仕事がなければ、自分で作る。後輩や子どもたちのために必要だと思えば、自ら動く。
いまは、家族と自分のこれからの生活を守るためにも、経営者として頭を下げる。それは、現役時代に培ったリーダーシップとは少し違う、70歳になった石毛宏典の新たな戦いなのかもしれない。
<取材・文/浜田哲男>
【浜田哲男】
千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界を経て起業。「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ・ニュース系メディアで連載企画・編集・取材・執筆に携わる。X(旧Twitter):@buhinton
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