■警告は「20年前」からすでにあった
毎週月曜日にレギュラー出演しているテレビ朝日「大下容子ワイド!スクランブル」。8月31日の番組では、正午から放送される深掘りニュース特集のテーマが、前日の日曜日夕方、当初予定されていたロシア・ウクライナ情勢から、ネパールと中国を襲った大惨事へ急遽変更された。ニュースの切り替えと同時に、ゲスト専門家としてアルピニストの野口健さんが出演されることも伝えられた。
今回の大惨事との関連から、あらためて野口さんの活動と発信を調べてみた。すると、すぐに分かったことがある。
野口さんは、今回の災害が起きてから警告を発し始めたのではない。長年にわたって繰り返しネパールとヒマラヤを訪れ、同じ山、同じ氷河、同じ村、そして同じシェルパの人々を見続けてきた。その過程で、雪が雨に変わり、氷河が後退し、氷河湖が拡大し、雪崩や洪水、土石流が人々の生活を脅かしていく現実を目の当たりにしていた。そして、その危険性を約20年前から国内外へ訴え続けていたのである。
■年に2回、同じ山を見続けてきた
番組が始まる前には、野口さんから直接お話を伺う機会も得た。
野口さんは、少なくとも年に2回はエベレストをはじめとするネパール・ヒマラヤの山岳地帯を訪れているという。同じ場所へ繰り返し足を運ぶからこそ、単発の訪問や一枚の写真からは分からない変化に気づくことができる。氷河の形、雪の降り方、雨の降る標高、山肌の状態、川の流れ、現地の人々の言葉。その一つ一つを、野口さんは登山家として自らの身体で感じ取ってきた。
研究者が衛星や観測機器によって地球の変化を測定する存在だとすれば、野口さんは、自らの足で同じ場所を歩き続けることでヒマラヤの変化を記録してきた「人間の定点観測装置」だったといえる。
番組前と番組中に野口さんからお伺いしたお話のなかで衝撃的だったのは、以下のような内容だった。
かつて氷に覆われ、氷壁として登った場所を数年後に再訪すると、氷が融け、岩肌の露出した崖のような姿に変わっていたというのである。
その舞台の一つは、標高6189メートルのアイランドピークである。野口さんは19歳だった1993年にこの山へ初登頂し、その後も繰り返し登ってきた。2009年の登山記録には、山頂直下の氷壁を一手一手登ったと記されている。しかし、2023年に娘の絵子さんと再び登った際には、氷が大幅に融け、岩壁が露出し、激しい落石が発生していた。
■山はもう、以前と同じ山ではない
氷河融解とは、白い氷が静かに少なくなっていくだけの現象ではない。氷に覆われていた岩盤がむき出しになり、落石が起き、登山ルートが失われ、やがて斜面そのものの安定性が崩れていく。野口さんが見た「氷壁が崖に変わる」という光景は、今回の氷河・岩石崩落へとつながる変化を、一枚の映像のように象徴している。
地図上では、同じ場所に同じ山が存在している。しかし、実際の山は、すでに以前と同じ山ではない。まさに、地球の安全地図が書き換わっているのである。
番組で私は、今回の災害について次のようにコメントした。
気候の急激な変化を受けて、地球そのものが変化している。地球の安全地図が書き換わり始めている。だからこそ、これまでの安全を前提に築いてきた私たちの文明や都市、インフラ、国土を、変化する地球を前提として再設計しなければならない。すでに手遅れかもしれない。
今回の大惨事は、単に一つの氷河が崩れたという出来事ではない。人類が築いてきた文明の配置そのものが、変化する地球と整合しなくなり始めていることを示す警鐘なのである。
■崩落した氷河で仲間の登山隊が全滅した
野口さんの警告の原点は、抽象的な地球温暖化論ではない。実際の登山中に経験した異変と、身近な仲間やシェルパの人々が被った災害である。
2004年には、山の上部から崩落した氷河が、安全と考えられていたベースキャンプへ土石流のように押し寄せ、仲間の登山隊が全滅した。2005年にも雪崩で仲間を失った。
氷河は静かに溶けて小さくなるだけではない。不安定になった氷河や岩盤は、ある瞬間に崩落し、巨大な運動エネルギーを持って人間を襲う。今回起きたことの原型を、野口さんは20年以上前に、仲間の死を通して経験していたことになる。
2006年5月には、標高約5000メートルで、本来なら雪になるはずの降水が雨になった。
一度の異常気象だけで気候変動との因果関係を証明することはできない。しかし、同じ山域を何度も歩いてきた登山家が、従来とは違う雪、雨、氷、気温の状態を身体で感じ取っていたことは、重要な現場のシグナルである。
■「決壊したら死ぬしかない」
2007年には、エベレスト街道上部のイムジャ氷河湖を視察した。かつて氷河だった場所に巨大な湖が形成され、拡大していた。地元のシェルパたちは、野口さんに「氷河湖が決壊したら、私たちは死ぬしかない」と訴えた。
同じ年、クンデ村では約60年ぶりとされる土石流が発生した。野口さんが翌年再訪すると、畑は土砂に埋まり、住民は「もうここでは農業ができない」と途方に暮れていた。
野口さんが見てきたのは、氷河が何メートル後退したかという数値だけではない。
雪が雨に変わる。氷河が湖に変わる。山が崩れる。
自然環境の変化が、人間社会の存立条件を一つずつ奪っていく過程を見続けてきたのである。
■警告を政策と行動へつなげようとした
野口さんは、登山家として感じた異変を、個人的な印象のまま語ることに終始しなかった。
自ら氷河湖を視察し、ICIMOD(国際総合山岳開発センター)や日本の研究者から科学的知見を学び、政治や国際社会へ届けようとした。
2007年の第1回アジア・太平洋水サミットでは、ヒマラヤの氷河融解と氷河湖決壊を正式議題にするよう働きかけた。ネパール、ブータン、インド、バングラデシュの首脳や閣僚との面会も重ね、氷河問題を一国の環境問題ではなく、上流から下流までを貫く「水の安全保障」として訴えた。
2008年には福田康夫首相、鴨下一郎環境相と会談し、北海道洞爺湖サミットでヒマラヤ氷河の問題を取り上げるよう求めた。
その主張は、温室効果ガスを削減するだけでは、すでに迫っている危険には間に合わないというものだった。氷河湖の水位低下、監視装置、早期警報、避難体制、砂防・土木専門家の派遣など、具体的な適応策を進める必要があると訴えたのである。
2013年の第2回アジア・太平洋水サミットでも、野口さんは「問題提起はもうそろそろにして、次は具体的なアクションに移る段階ではないか」と発信した。
危険は、すでに知られていた。
問題は、警告を観測、警報、避難、土地利用、国際協力へ変換する速度が、自然環境の変化に追いつかなかったことにある。
■警告が現実になったターメ村
2024年8月、エベレスト街道のターメ村が氷河湖決壊洪水に襲われた。
後の調査では、上流の岩石崩落が氷河湖へ落下して波を起こし、それが天然のダムを侵食し、2つの氷河湖が連鎖的に決壊した複合災害だったと分析されている。
野口さんは発生直後に現地へ入り、大量の泥、砂、巨石、巨木に埋め尽くされた村を歩いた。学校は破壊され、住宅が失われ、水力発電所の被災で停電と通信途絶が起きていた。
ターメ村は、2015年のネパール大地震でも壊滅的な被害を受けた村だった。長い時間をかけてようやく復興した村が、今度は氷河湖決壊洪水によって再び破壊された。
失われたのは、建物だけではない。回復しかけていた住民の希望、共同体、そして故郷への信頼まで傷つけられた。
野口さんは、その光景を前に「諦めたら終わる」と記した。
この言葉は、ターメ村だけではなく、警告を聞きながら行動を先送りしてきた人類全体に向けられた言葉でもある。
■微分で見れば、変化は加速していた
今回の災害を一つの「点」として見てはならない。必要なのは、世界を変化のグラフとして読む微積分思考である。
ある時点の気温や氷河面積は「現在地」にすぎない。本当に見るべきなのは、それがどの方向へ、どの速度で変化しているかである。
野口さんが観察してきた現象を時間軸に並べれば、その方向は明らかだ。
高標高で雪が雨に変わる。氷河が後退する。氷河湖が拡大する。永久凍土と岩盤が不安定になる。雪崩、崩落、洪水、土石流が起きる。従来安全と考えられた場所まで被災する。
さらに重要なのは、変化の速度自体が速くなっていることである。
そして今回、危険の大きさだけでなく、危険の形まで変わった。
従来は主に巨大な氷河湖の決壊が警戒されてきた。しかし今回は、標高約5200メートル地点から氷河と岩石そのものが崩落し、およそ1200メートルを高速で落下した。山肌と河床を削り、氷、水、泥、巨石を巻き込んで巨大な土石流へ変化し、遠く離れた国境施設や集落まで破壊した。
従来の災害分類やハザードマップだけでは捉えきれない、雪氷圏の複合災害が現れたのである。
■何十年分の変化が可視化されたに過ぎない
今回の直接原因は、巨大な氷河・岩石崩落である。特定の斜面崩壊に気候変動がどの程度寄与したかについては、今後の詳細な検証が必要であり、単一の災害を直ちに気候変動だけで説明してはならない。
しかし、ヒマラヤ全域で進む気温上昇、氷河後退、融解水の増加、永久凍土の劣化が、氷河・岩盤斜面を不安定化させる背景条件になっていることは、科学者が強く警告している。
毎年の気温上昇は小さな数字に見える。しかし、その熱は大気、海洋、氷河、永久凍土、岩盤に蓄積される。
融解水が岩盤の亀裂に入り込み、凍結と融解を繰り返す。永久凍土が緩み、岩石をつなぎ止めていた力が失われる。氷河が後退し、斜面を支えていた力も弱くなる。
外見上は同じ山に見えても、内部では支持力が失われていく。
そして、ある臨界点を超えた瞬間、それまでの連続的な変化が、不連続な崩壊へ転じる。
コップから水をあふれさせるのは最後の一滴だが、原因は最後の一滴だけではない。それまで注がれてきたすべての水が、あふれる条件をつくっている。
今回の災害も、発生したその日に突然始まったのではない。その日は、長年蓄積してきた変化が臨界点を超え、一気に可視化された日なのである。
■地球の安全地図が書き換わっている
今回の災害から導かれる最も重大な結論は、地球の安全地図が変化しているということである。
人類はこれまで、過去の気温、降水量、河川水位、斜面崩壊、台風経路を基礎として、安全な場所と危険な場所を区別してきた。住宅、都市、道路、鉄道、発電所、港湾、学校、病院も、その前提に立って配置されている。
しかし、気候が変われば、過去の安全実績は将来の安全を保証しない。
これまで雪だったものが雨になる。凍っていた岩盤が緩む。存在しなかった氷河湖が生まれる。監視対象ではなかった小さな湖や斜面が崩れる。何十年も災害がなかった村が、一瞬で土石流にのみ込まれる。
安全な場所と危険な場所の境界線が動いているのである。
従来のハザードマップは、過去の災害を長期間にわたって積分した結果から作られている。しかし、気候変動によって自然環境の微分値、すなわち変化の速度と方向が変われば、過去の積分値だけを基礎にした安全地図は、現在の地球と合わなくなる。
「過去に起きなかった」という事実は、「これからも起きない」という証明にはならない。
■文明と国土を再設計する
地球の安全地図が変わっているならば、私たちは文明、都市、インフラ、産業、国土の設計を変えなければならない。
巨大な氷河湖だけでなく、小規模な氷河湖、氷河上部の岩壁、永久凍土、岩盤亀裂、河道閉塞の可能性まで、流域全体を一つのシステムとして監視する必要がある。
ハザードマップも、過去の危険区域を示す静的な地図から、気温上昇や地形変化によって危険地域がどう移動するかを示す「動的な安全地図」へ変えなければならない。
道路、橋、発電所、学校、病院、通信設備も、一つの谷や地域へ集中させるのではなく、代替経路、分散型電源、非常用通信を備え、一部が失われても全体が停止しない構造にする必要がある。
効率性だけを追求する文明から、壊れても機能を保てる文明への転換である。
場合によっては、これまで住み続けてきた場所からの移転も検討しなければならない。それは故郷、文化、共同体を失いかねない極めて重い決断である。だからこそ、補償、雇用、教育、文化の継承まで含めて設計する必要がある。
さらに、自然現象は国境を認識しない。ネパール側の氷河崩壊が中国側を襲った今回の災害が示すように、各国が衛星画像、危険斜面、氷河湖、河川水位を共有し、国境を越えた早期警戒体制を構築しなければならない。
■適応と同時に、気候変動へ本気で歯止めをかける
地球がすでに変わり始めているのであれば、気候変動対策は手遅れであり、あとは適応するしかないという考え方に陥ってはならない。
確かに、すでに蓄積された温暖化の影響を、すべて元へ戻すことはできない。地域によっては不可逆的な変化も始まっている可能性がある。
しかし、「一部は手遅れかもしれない」ということと、「今から何をしても無意味である」ということはまったく違う。
気候変動は、手遅れか否かというゼロか一かの問題ではない。
温暖化がさらに進めば、超えてしまう臨界点が増える。災害の規模は大きくなり、危険地域は広がっていく。逆に、気温上昇を少しでも抑えれば、超えずに済む臨界点がある。回避できる崩壊があり、守られる村と命がある。
必要なのは、適応か緩和かという二者択一ではない。
変わってしまった地球を前提に文明と国土を再設計する「適応」と、地球がさらに危険な状態へ向かう速度に歯止めをかける「緩和」を、同時に進めることである。
■警鐘を行動へ変える
人類は、危険を知らなかったわけではない。科学者も、野口さんも、現地住民も警告してきた。衛星も変化を捉えてきた。国際会議でも繰り返し議論されてきた。
それでも災害は起きた。
最大の問題は、自然環境の変化の速度に対して、政治、行政、国際協力、インフラ更新の速度が遅すぎることにある。
必要なのは、警告を知識のまま保存することではない。
この警鐘を、まず山岳環境の継続的な観測につなげなければならない。
観測によって捉えた変化を、実効性のある警報へ。
警報を、住民の命を守る避難計画へ。
さらに、防災インフラへの投資、危険度の変化を織り込んだ土地利用、そして新しい国土設計へと結びつけていく。
同時に、被害への適応だけで終わらせず、その根にある気候変動を抑えるため、温室効果ガスの削減を加速させる。
そして最後は、この人類への警鐘を、私たち一人ひとりの具体的な選択と行動へ変えなければならない。
警鐘を聞くだけでは、未来は変わらない。観測し、備え、国土をつくり直し、排出を減らす。その一つひとつを、いま行動に移せるかが問われている。
■私たちの世界観も崩れた
今回崩れたのは、氷河と岩盤だけではない。
「気候変動はゆっくり進む」
「過去に安全だった場所は、これからも安全である」
「遠い国の氷河融解は、日本には関係がない」
「災害は起きてから復旧すればよい」
という、私たちの直線的な世界観も崩れた。
微分で見れば、地球環境の変化はすでに加速していた。
積分で見れば、熱、岩盤の劣化、社会的な脆弱性、対策の遅れが長年にわたって蓄積していた。
そして臨界点を越えた瞬間、連続的な変化が不連続な破壊へと転じた。
気候の急激な変化を受けて、地球そのものが変化している。地球の安全地図が書き換わっている。
だからこそ、私たちは変化する地球を前提として、文明、都市、インフラ、産業、エネルギー、国土を再設計しなければならない。
すでに手遅れになった変化もあるかもしれない。しかし、手遅れだと思って行動を止めた瞬間に、まだ回避できたはずの次の被害まで確定してしまう。
野口さんが、破壊されたターメ村を前に発した「諦めたら終わる」という言葉は、一つの村だけに向けられたものではない。人類全体に向けられた言葉である。
ネパールから鳴り響いている警鐘を、また一つの悲惨なニュースとして終わらせてはならない。
手遅れかもしれない。
それでも、手遅れだと思ってはならない。
気候変動に本気で歯止めをかけ、変化する地球に合わせて文明と国土を再設計する。
その警鐘を今ここで行動へ変えられるかどうか。それこそが、今回のネパールの氷河崩壊から人類に突きつけられた、最も重大な問いなのではないだろうか。
■私たちは仕事を通じて何ができるか?
そして、この問いは、政府や国際機関だけに向けられたものではない。私たちそれぞれの企業や個人にもまた、自らの事業を通じて、この変化する地球と向き合うことが求められている。
私たちには何ができるだろうか。まずはネパール現地への支援が喫緊の課題であることは言うまでもない。そのうえで、今回の大惨事を遠い国で起きた災害として終わらせることなく、自社の技術、製品、サービス、投資、サプライチェーンを通じて、この問題に正面から向き合っていかなければならない。
私たちの事業は、変化する地球のなかで何を守ることができるのか。どのような危険を減らし、社会の強靱性をどのように高めることができるのか。そして、自社だからこそ生み出せる価値とは何か。
気候変動への対応は、企業に課された負担だけではない。社会の新たな課題を発見し、自社の存在意義を問い直し、次の技術、製品、サービス、事業を生み出す機会でもある。事業の成長と社会の安全を別々に考えるのではなく、社会をより安全で持続可能なものにすることを、自社の成長そのものへ結びつけていく必要がある。
ネパールから発せられた人類への警鐘を、私たちだからこそ生み出せる事業と価値、そして具体的な行動へ変えていきたい。それが、変化する地球とともに生きる、これからの企業に求められる重要な使命なのだと思う。
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田中 道昭(たなか・みちあき)
日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント
主な著作に『フィジカルAIの衝撃』『GAFA×BATH』など多数。現在はフィジカルAIをテーマとした授業・戦略コンサルティング・研修・講演にも注力している。本学でのフィジカルAI特別公開講演会(無料)が8月29日(日)13時より神保町キャンパスで開催される。詳細は以下の通り。技術経営(MOT)特別公演「フィジカルAIの衝撃」:MOT 日本工業大学 専門職大学院
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(日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)

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