今年6月、日経平均株価が7万円を突破した。さらなる上昇は見込めるのか。
フランスに本社を構える独立系運用会社・コムジェストで日本株を担当するリチャード・ケイさんは「今後、一気に“売り”へと反転する可能性は十分考えられる。そこで注目すべきは、発言権を強めている外国人投資家の要求の中身だ」という――。(第2回)
本稿は、リチャード・ケイ『日本株を買う外国人 外国株を買う日本人』(星海社新書)の一部を再編集したものです。
■株価上昇の「本当の理由」
2026年6月には日経平均株価は7万円を超えました。バブル時の高値を突破し4万円に到達したのが2024年3月、その後、1年半余り経った2025年10月に5万円の大台にのり、現在の水準へと上昇してきました。「日本株=価格が下がり続ける資産」というかつての認識が転換されつつあることは、『日本株を買う外国人 外国株を買う日本人』(星海社新書)で述べた通りです。国内上場企業の持続的な業績成長がこの株価を支えていることは否定しませんが、それ以外の「外部要因」も追い風となっていることにはよく留意しておく必要があります。
その要因とは、1つ目が「中国への投資マネーの再配分先(身代わり)としての日本」、2つ目が「割高な米国株式からの資金逃避」、そして3つ目が「歴史的な円安」。この3つの要因が絡み合い、外国人投資家が日本株を「買い増す」強力なインセンティブになってきた構造を認識しておくべきでしょう。なぜなら、これらの要因どれか一つでも崩れ、場合によっては複数の追い風が止んでしまった場合、株式市場の変調は避けられないと考えられるからです。
日本株の外国人投資家の持ち株比率の上昇に注目してきましたが、この流れが今後、一気に「売り」へと反転する可能性も十分考えられるということです。そこで一番に注目しておきたいのが、持ち株比率の大きさを背景にして発言権を強めている外国人投資家の上場企業に対する要求の中身です。
この数年、アクティビストと呼ばれる投資家がその存在感を年々高めている事実は、読者のみなさまもご存じのことでしょう。彼らは、「株主資本の効率化」や「ROE改善」を旗印にして、バランスシートの圧縮、つまり、増配や自己株買い等の株主還元の強化を要求することが通常です。
■筆者が懸念する「株主還元の圧」
もちろん、これらの要求の中にはうなずける事案が一部にあることも確かです。しかし、すべての企業にその理屈が当てはまるわけではありません。私が強く危惧しているのは、本来であればイノベーション、市場開拓のために投資すべき企業にまで、一律に株主還元のプレッシャーが強くなっているのではないか、という点です。
外国人投資家の多くは日本の上場企業から増配や自己株買いで回収した資金を、再び他の日本企業に投資するのでしょうか。仮に別の他の日本企業に投資するにしても、上場企業の株式を市場(流通市場)で取得するのであれば、それは資金の流れから見れば「再投資」ではありません。市場にすでにある株式を、今の株主から買い取っているだけに過ぎないからです。
増配や自己株買いに回される資金、つまり、株主還元にあてられる資金は、本来であれば企業が持続的に成長し、競争力を維持・強化するための原資です。すなわち、私たちが最も重視する『非財務資産』を充実させるために使われるべき貴重なエネルギーなのです。いまやアクティビストだけでなく、東証等の市場当局までもが、ROEやPBR等の表面的な数値を材料にして、株主還元の強化へのプレッシャーを強めているように感じます。
■表面的な「数値改善」がもたらす危機
しかし、「株主還元でもたらされた資金を、投資家側がその後どう使うのか、どこに再投資するのか」という問いが、常にセットで議論されるべきだと考えています。
ROEやPBRは、あくまで過去の結果を切り取った数値に過ぎません。その数値を机上でいじって大きくすることが、果たして日本企業の真の価値創造やイノベーションを加速させることになるのか、私たちは今一度、よくよく考えてみるべきです。
企業が事業活動から手にした100億円を、商品、サービスのさらなる改善、新しい価値創造のための設備や研究開発(『非財務資産』)に投じるか。それとも、株主還元として市場に返してしまうのか。動く金額そのものは同じ100億円であったとしても、それが日本経済の未来に与えるインパクトの質は、根本から異なるはずです。こうした本質的な論点を、東証や証券当局はどこまで意識しているのでしょうか。正直なところ私は大きな疑問を抱いています。
このまま表面的な数値改善の同調圧力に流され続ければ、外国人投資家による現在の日本株ブームが去ったとき、日本の上場企業の基礎体力、『非財務資産』はすっかり削ぎ落とされ、ボロボロに損なわれているかもしれない。私たちは今、それほどの強い危機感さえ持っておくべきなのです。
■暴落時にインデックス運用は「無力」
実際に日本株の株価下落が始まった時、いわゆるエージェント(代理人)たちは買い向かえるでしょうか。答えは極めて否定的です。プリンシパル(主人)の意向に背けない立場であり、自らの判断や行動の理由を、短い時間軸、かつ、冷徹な数値での説明を求められ続ける彼らに、そのような果敢な決断を期待するのは酷というものでしょう。

さらにここで指摘しておきたいのが、機関投資家、個人投資家ともに主流となっているインデックス運用に、こうしたケアを期待しうるか、という本質的な問いです。インデックス運用を機械的に実践しているのも、またエージェントです。プリンシパルが彼らに求めるのは、ベンチマークであるインデックスに連動することです。そこには、自らの意志で投資先の構成を変更する自由はありません。当然のことながら、指数に含まれている限り、どれほどその企業の『非財務資産』がひどく毀損され、経営の意志が腐敗しようとも、彼らはその株式を機械的に持ち続けなければなりません。
つまり、彼らは株式売却という明確な行動をもって「ノー」を伝える自由を持たない投資家と言えます。さらに大きな問題の一つが、仮に現場のエージェントが危機感を抱き、投資先企業の経営陣と対話を試みようとしても、アセットオーナー側(プリンシパル「主人」)がそれを好意的に受け入れない可能性がある、というものです。プリンシパルからすれば、対話に費やす時間やコストは委託の範囲外となりやすく、それよりも「取引コストを1円でも下げ、指数との連動性を高めること」だけを求める傾向があるからです。
■企業を救うのは「意志ある個人投資家」
だからこそ、日本株が容赦なく売られる局面において、本当の意味で買い向かうことができるのは、個別の企業をしっかりと丹念に観察を続けてきた「意志あるプリンシパル」だけなのです。そして、そうしたプリンシパルとなれる最も大きな可能性を秘めている存在こそが、ほかならぬ個人投資家のみなさまです。なぜなら、自身の判断や行動の理由を誰かに対して説明する必要が無い究極の自由を持っているからです。
ここで、個人投資家だからこそ実践できるケアを考えてみましょう。
私の言うケアとは、必ずしも経営陣と直接対面することだけを指すのではありません。むしろ、その企業の『非財務資産』――たとえば、商品への並外れたこだわりや地域社会への貢献、あるいは経営者の誠実な姿勢、あるいは現場で働く人たちの生き生きとした笑顔――を日々の暮らしの中で注意深く観察することです。そうして事業への理解を深め、短期的な株価の変動に惑わされずに「この企業は私たちの社会に必要なのだ」と信じて株式を保有し続けること。その静かな意志の積み重ねこそが、企業にとって最も力強いケアになるのです。
■「国家戦略を持つ外国資本」の恐怖
GPIFも、形式上はプリンシパル(アセットオーナー)と位置づけられます。しかし、その資金の源泉をたどれば、地道に年金を納付している国民一人一人にほかなりません。もし日本株の急落局面において、GPIFが基本ポートフォリオ(資産のうち日本株の比率は最大25%)を維持するために果敢にナンピン買い(買い向かうこと)を試みたとして、世論やメディアからの厳しい視線を前にそれを貫徹できるでしょうか。国民から「NO」を突きつけられ、慎重にならざるを得ない姿が想像されます。
そして、もう一つ私たちが想定しておくべき、さらに悲観的なシナリオがあります。それは、安値で放置された日本株を、凄まじい勢いで大きく買い越していく、明瞭な国家戦略と意志を持つ、「外国資本」の存在です。本来、誰にも説明する必要が無いプリンシパルとしての強みを持っている個人投資家が、「外国株の方が儲かるから」と外国資産の取得に躍起になる一方で、より身近に存在している日本企業を丁寧に観察することは拒み、忌避し続ける。より冷徹で明瞭な意志を持つ外国資本が日本株を大々的に買い集めていく。
このシナリオは、果たして荒唐無稽な絵空事と言い切れるでしょうか。
ノルウェーには自国の富を永続させるための明確な国としての意志、そして、戦略がありました。ノルウェーだけでなく、たとえば中国も国益を見据えた明確な国家戦略を実践しているのを日々感じます。
■目に見えない「日本の宝」が奪われる
日本企業が目先のプレッシャーに負けて株主還元をむやみに増やし、基礎体力を削りながらも、現場が血の滲むような努力で磨き上げてきた技術や市場、日本企業が何十年もの時間をかけて築き上げてきた唯一無二の『非財務資産』を、日本の投資家がリスクを取って支えようとしなければ、どうなるのか。「意志ある外国資本」が、それらをごっそりと、信じられない安値ですくい取っていくこともありえるでしょう。
彼らにとって魅力的なのは、目に見える工場の設備や特許の書類だけではありません。その根底にある、日本人が歴史の中で培ってきた『現場の暗黙知』や『顧客との絶対的な信頼関係』、そして『次世代の人材を育てる文化』といった、一朝一夕にはけっしてつくることができない、同じものを再現するのが極めて困難な、本質的な『非財務資産』です。それらが他国の「国家戦略」という意志のネットワークに組み込まれたとき、私たちは、自分たちのこれまでの生活やインフラを支えてきた基盤の主導権を手渡すことになるかもしれません。このバッドシナリオの実現可能性は、プリンシパルである個人、みなさま一人一人の眼差し次第で大きく左右されるのです。
個人投資家が「外国株の方が儲かるから」と、自国企業を観察もせずに通り過ぎるのも、もちろん個人の自由です。しかし、その無関心な選択の結果、私たちの暮らしを根底で支える企業の主導権が一体誰の手にわたるのか、私たちは一歩立ち止まって想像してみるべきではないでしょうか。
このシナリオの結末に、私たちは、ほんとうに、未来の世代への責任を持てるのでしょうか。


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リチャード・ケイ
コムジェスト アナリスト兼ポートフォリオ・マネジャー

2009年にアナリスト兼ポートフォリオ・マネジャーとしてコムジェスト(パリに本社を置く資産運用会社)入社。日本株式について豊富な経験を持つ。1994年日本興業銀行にてハイテク株のアナリストとしてキャリアをスタート。メリルリンチ証券を経て、2005年ウエリントン・マネジメント・カンパニー(米国・ボストン)で日本株ファンドのポートフォリオ・マネジャー。オックスフォード大学を卒業。東洋学を専攻。

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(コムジェスト アナリスト兼ポートフォリオ・マネジャー リチャード・ケイ)
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